五十二話 エインヘリャル聖騎士団㊄
エインヘリャル聖騎士団は雑魚だった。気負った所のある団長は、体裁だけを整え中身が伴わない自分達に、焦りを覚えるからであろう。
「じゃあ、次は僕が。……手合わせいいかな?」
真は、早々に彼女達に切り札を切らせる。まともな戦力は、彼一人だと判断した。
ルーガルーは、団長をチラリと見る。
「……ええ。では、ルーガルー、お願いするわ」
ヒルデが、硬い表情で言った。
余裕のない団長を他所に、失態を演じたフレイヤの方は悪びれる様子もない。
「あなた、すごいのね! ねぇ、どうすれば強くなれるの?」
フレイヤは、勝志の強さに素直に感心していた。
「まぁ、パンチを鍛えることだな! いや、お前はキックの方が良いかも。足を高く上げるとイイぜ!」
「キック? こう!? こうかしら!?」
超ミニスカのフレイヤは、勝志に誘導される。
「後は出たとこ勝負だ! 所でそれって……やっぱTバックなのか?」
「そうよ! 実は女子の下着はそれぞれの制服の差し色と同じなの。団長もね。……あっ、コレ、ナイショ」
勝志のセクハラに、フレイヤは裾を抑えながらも快然と答えた。どうやら二人は、中々、相性が良いようだ。
一方、互いに冷淡な態度を取り合う真とルーガルーは、階下に下り、それぞれの剣を構えた。
ルーガルーの剣は、やはり凝ったデザインをしている。弓形の刃を、三分の二程で切断したような形状の大剣で、峰に持ち手がある。細身の彼には大振りな武器に見え、尚且つ、気性に反し、攻撃的な印象を与えた。
「では、始め!」
ヒルデの合図と共に、真は大剣に臆する事なく斬り込んだ。それに対し、ルーガルーもしっかりと剣筋を見切り、扱いづらそうな大剣を華麗に操り応戦する。
勝志とフレイヤの戦いでは起こらなかった、幽玄者同士の近接戦を、周囲が固唾を飲んで見守った。ラーラは、二人が擦れ擦れで相手の切っ先を躱す度に、思わず怯む。
――なるほどね……!
真は理解した。正直、剣術自体は、荒削りの自分よりルーガルーの方が洗練されている。しかし、幽世での戦いは、常識が通用しない。
訓練だけを積んできた者と、死線を何度も潜り抜けた者では、格が違う。
「!」
ルーガルーが身を引いた。真が、回転しながらの連撃、横に滑るように躱してからの反撃など、神足を使った、幽世、特有の攻撃を繰り出してきたからだ。更に、それらに蹴りを混ぜ、攻撃の手も増やしてくる。
剣相手に足を出すなど、普通ではあり得ないが、幻獣がそうであるように、空蝉を使えば全身が武器になる。大剣を足蹴にされ、守勢に回ったルーガルーが、徐々に後退していく。
「やっぱ、この程度なのかな?」
真がルーガルーを壁際に追い込み、挑発した。
しかしルーガルーは、まるで、それで闘志に火が着いたかのように、動きが変わる。
ルーガルーは、真の縦切りをアクロバットな側宙で躱し、更に壁を蹴って反撃に転じた。
「!」
今度は真が身を引く。
ルーガルーの、教科書通りの洗練された剣術が、本性を表したかのように、野生美溢れるワイルドなものに変わった。大剣を、身体を回転させながら大胆に振り回し、同時に回し蹴りを組み合わせる隙の連続攻撃。先程の真の喧嘩殺法を、そっくりやり返しているかのようだった。
後退する真。しかし、相手の期待以上の戦闘力に、ボルテージは却って上がる。
「はあ!!」
両者の渾身の一撃が、聖堂の中央で激突した。凄まじ衝撃波に、女性陣がスカートを抑えて悲鳴を上げる。
ギリギリとした鍔迫り合いは、獣の取っ組み合いのような狂気を感じさせた。
「そ、そこまでよ! これ以上は、聖堂が壊れるわっ!」
うっかり周囲の女子と、同じ反応をしてしまったヒルデが、慌てて姿勢を正し、立ち合いを中断した。
真とルーガルーは、剣を引いた。オルディンがパチパチと、事務的な拍手をしている。
「分かりましたか? ヒルデ団長。これが白兎隊やプロヴィデンスが保有する力……。独立派が騎士団に求めるモノ……」
オルディンが言った。ルーガルー以外の団員は、皆、次元の違う戦いに萎縮している。
「見栄えが良いのは当然ですが、貴方方の実力が伴わなければ、我々は何時までもプロヴィデンスの言いなり。いざ民衆が独立を求めても、応える力がないと言わざるを得ない……」
オルディンの言葉の端には、随分な圧があった。流石にヒルデは反論できない。
「申し訳ありません……。全て私の至らなさ、力不足にあります……」
巧みなオルディンだが、国際連合からの独立を狙う彼にとって、国力の要となる騎士団の力不足は、相当気掛かりなのだろうと真は思った。聖堂での彼の狙いは自分達ではなく、騎士団にその事を自覚させる為だったようだ。
しかし真は、だからこそルーガルーを見た。先程の立ち合いの所為か、彼は仲間からも恐れられ、距離を置かれているようだった。
一匹狼のようなルーガルーは、明らかに他の団員とは違う、実力者だ。
彼なら十分、幻獣と渡り合える。
普通の人間など、いとも容易く始末できるくらいに―
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「真ー、待って!」
視察が終わり、ラーラはヴァルハラの外で真を追い掛ける。
「何?」
「今日はありがとう。さっきはすごかったね。ちょっとドキドキしたけど……」
お仕事なので仕方がなかったが、ラーラは真と話す機会が殆どなかった。真は、また何時、戦場に行くか分からない。ガリアにいる間に、もう少し、交流したかった。
「そうだ、また一緒にお食事でもしない? 勝志も一緒に……フォンもいるよ……!」
ラーラは思い切って誘ったが、真の返事はつれなかった。
「いい。今は任務があるし。……こんな事をしている場合じゃないんだ」
ラーラはがっかりした。
「そう……ごめん……」
「今日は一日、護衛をするよ。街に戻っても、やる事あるんでしょ?」
真がドライに言った。ラーラには、休みの日にやって置かなければならない公務が、まだ幾つかあった。
「うん……お願いします」
ラーラがしょんぼり言うと、真はさっさとジープへ向かってしまう。
「あっ、真!」
「何?」
「え、えーと……」
ラーラは咄嗟に呼び止めたが、言葉に詰まり仕様もない事を聞いた。
「その剣が、例の神代の文字が書いてあるのなんだね」
「ああ」
真は短く答えると、今度こそ立ち去った。
その後ろ姿は、立ち合いの時と同じく異次元にいるような印象をラーラに与え、彼女を益々、寂しくさせた。




