五十一話 エインヘリャル聖騎士団㊃
ラーラは「また会いに来るね」と言って、隔離施設のレムリンと別れた。本当は連れて帰りたそうであったが、そこは自分の立場を考え、わがままをぐっと堪える。
オルディンは次に、騎士団の訓練場に視察団を案内した。一行は、太い柱が等間隔に並ぶ広い聖堂にやって来た。
「元々、エウロパは、幽玄者をプロヴィデンス軍に所属させていました。しかし、これは重大な人材の流出と言われていた。……よって三年前、改めて、各国の才ある者を招集し、この騎士団が設立されたのです」
訓練場を見渡せる二階に一行を招き、オルディンが言った。
「しかし、指導者や訓練法もない中での結成。つまり彼女達は、まだまだ騎士として若いのです。白兎隊の方々には是非、御指南の方を……と私は考えています」
オルディンの片眼鏡に、真と勝志が映る。
最初の会談では、世論へのアピール。先程は、ある意味ラーラを懐柔する巧みさを見せた政治家の照準が、今度は自分達に向いている、と真は感じた。しかし、いよいよ騎士団そのものを見れると言う好奇心は、否が応にも高まる。
「騎士団は日々、厳しい鍛練を行い、軍との合同演習でも高成績を残しています。既に実戦に耐え得る能力が我々にはあります」
オルディンの低い評価に、団長のヒルデが思わず反応した。
堂内では、騎士団員達が団服と同じように装飾の付いた見栄え良い武器を手に、訓練をしている。巧みな武器の扱いと、洗練された剣術や槍術は美しく、ラーラが「すごいね……!」と感嘆の声を漏らした。
一方、オルディンが若いと評価した部分も、直ぐに露呈した。
「どうだ? おれのバルムンクの斬れ味は!」
若々しい団員が、仲間と立ち合いをしながら、柄に青い宝石が埋め込まれた自分の大剣を自慢している。
「あいつ、デカい剣使えば強ぇと思ってんだろーなー!」
それを見ていた勝志が、馬鹿にするように言った。聞こえたヒルデが、再び、ピクっと反応する。
しかし、勝志が侮るのも止むを得ないと、真は思った。体の良い騎士団だが、最近まで、幽世の才があっただけの一般人の集まり。中身は普通に見えたからだ。
団員の中には、空蝉や神速を使ってふざけたり、武器やファッションを自慢したり、スカートをめくり合っている女子もいる。勝志の情報は正しく、女性団員の下着は、高級そうなTバックだ。
ヒルデが大きな咳払いをして、そんな団員達の注意を引く。
「整列しなさい! 視察団がお見えです! 粗相がないように……!」
自分達は優れた騎士というプライドを持つ団長の建前、団員達は急いで整列し、姿勢を正す。しかし、端にいた若い女性団員が、確かに上階にウィンクをした。
「どうです? ヒルデ団長。そこまで言うのなら日頃の成果を白兎隊に測って頂くというのは……。実際に幻獣と戦っている彼らにね」
オルディンが、スケジュールにあるのであろう提案をした。
長身から見下ろす大臣から、プレッシャーを感じるヒルデだったが、意を決したようだ。
「分かりました、実力をお見せします。実戦形式で手合わせを……白兎隊のお二人、お願いできますか?」
ヒルデの申し出に、真は「いいですよ」と軽く応じた。
ノータイムで引き受ける真に、若干、気圧されながらも、ヒルデは部下達に伝える。
「白兎隊の方と立ち合い訓練をします。そうね……我こそはと言う者は―」
「団長、私がやります!」
先程、こっそりウィンクをしていた女の子が、一番に名乗り出た。長い琥珀色の髪を持つ彼女は、自信家といった印象を受ける。
ヒルデは、自分と違って着痩せしないバストも持つ歳下に対し、内心、不満と不安がありそうだったが、部下を信じ「分かったわ。ではフレイヤ、お相手を!」と託した。
「じゃあ、勝志……」
真は、何時ものように様子見として任せたが、勝志は女の子が相手と決まった時点で、既に柵を飛び越えて、聖堂に下りていた。
「よっしゃー、おれが相手だ!」
「武器は堂内にある物を自由に使って下さい」
武器立てに並ぶ剣や槍を示し、ヒルデが言った。
「私は弓矢を使うわ! これブリーシンガメンって言うのよ。宜しいかしら?」
フレイヤは、綺麗な彫刻が施された小型の弓を手に取って言った。
「いいぜ! おれはこれを使うから武器はいらねぇ」
勝志が両手の装備した超破壊の鉄拳部同士を、ガンガン叩いて言った。拳での戦闘術は、エインヘリャルにはないらしく、団員達が驚いている。
「あくまで訓練よ。互いに怪我をさせないように。……では、始め!」
準備ができた所で、ヒルデが立ち合い開始の合図をした。
早速フレイヤが、神足で宙に飛び上がる。
「行くわよ!」
団服のウルトラミニスカートの中が見えないよう、膝を折った体勢で、あっと言う間に上階よりも高く飛び上がった彼女は、ブリーシンガメンに矢を番える。
「えい!」
「おっと」
正確な狙いを勝志が避ける。フレイヤは、次々と矢を射ったが、勝志は右へ左へと動いて避け、次第に面倒くさくなったのか、パンチで叩き落とす。
「やるわね……これならどう!」
遠慮した攻撃を止め、フレイヤは幽世の力を強めた。目では追えない猛スピードの矢が、勝志に向かう。
しかし勝志は、それもあっさり拳で叩き落とした。
「!!?」
フレイヤと同様、見守る団員達も型破りな防御に驚いている。
しかし、真が視るに、彼女の矢は、隼人といった白兎隊の弓使いと比べて、破壊力が遥かに劣っている。
「こんなもんか? じゃあ、こっちからも行くぜー!」
底が知れた所で、勝志も宙に舞いフレイヤへ迫った。
「うっ!」
フレイヤは、勝志から逃げるように距離を取りつつ必死に矢を射るが、全て防がれ躱され、あっという間に接近を許す。
勝志の突き出した拳に、フレイヤは思わず目を瞑った。
「どうだ!」
勝志の拳は、フレイヤの顔の前で寸止めされていた。
ヒルデは、勝負有りと判断した。
「そ、そこまでよ!」
「ウソ……」
自信満々だったフレイヤは、ショックを受けたようだ。余りの事で、神足の操作も誤る。
「あっ! きゃあっ!!」
彼女は、不注意で先に着地した勝志の上に降下してしまった。勝志は、咄嗟にフレイヤを庇って下敷きになる。
「いったぁーい! ……ああ、ごめんなさいっ!!」
フレイヤは、勝志の顔面の上に股乗りになっていた。勝志の目に映る世界は、彼女のスカートの中だけになる。
フレイヤは、慌てて勝志の上から降りた。
「やだ、私ったら恥ずかしいっ! ……もうっ、完敗よ……!」
騎士団の隠しきれない体たらくに、団長のヒルデは頭を抱えた。




