五十話 エインヘリャル聖騎士団㊂
ヴァルハラの視察で、オルディンは是非ラーラに見て欲しい場所があると言い、施設に併設された大きな建物へ案内した。
兵士が入口を固めた、やや、物々しい雰囲気の建物内は、屋内でありながら草木が生い茂る、広い庭園のような場所だった。
中に入ると、別のエインヘリャル聖騎士団員が出迎える。水色の髪をした若い男だ。
水色の髪の男―ルーガルーに気付いたラーラはお辞儀をしたが、真と勝志は知らない人を装った。
「ここは、特異生物隔離施設。幻獣化が確認された生き物を保護、調査する施設です」
オルディンが説明した。
「エウロパで発見された突然変異種は、極秘裏に軍の管理下に置く為、全てではありませんが、ここに連れて来られるのです」
「幻獣化……。もしかして―……」
ラーラが驚く。その瞳は既に、ここにいるであろう者を広い庭園内に求め、彷徨う。
庭園には、保護された生き物達がいる。ごく普通の動物にしか見えない個体もいるが、中には、明らかに大型化していたり、手足や目の数が多かったり、或いは首を複数持つなど、異質な姿も見られた。
「お気を付けて。この区域の者達は比較的穏やかですが、彼らは鋭い感覚と感性を持っています。くれぐれも、敵意を向けないように」
庭園内を歩み始めたラーラに、オルディンが忠告した。最後の言葉は、真と勝志に対しての発言でもあり、二人は半幻獣達を刺激しないよう、入口付近でラーラを見守った。
「……レムリン?」
茂みの側までやって来て、ラーラが問い掛けた。
施設の生き物の大半は、ラーラが近付くと逃げていったが、反対に、据わった瞳で此方を観察している者もいた。
「レムリン。ここにいるの?」
ラーラは、もう一度名前を読んだ。草むらの中を一匹の生き物が、確かに此方に向かって距離を詰めて来る気配を感じる。
やがて、その気配を感じる草むらがカサカサと揺れ、問い掛けるような鳴き声がした。
「リーリ……?」
「レムリン!」
ラーラが呼ぶと、草むらからコウモリのように耳の大きな、ネコ科の生き物が一匹飛び出し、駆け寄ってきた。
ラーラは膝を突き、生き物を抱き止めた。
「ああ、レムリン!!」
「リーリ! リーン!」
軍に連れていかれたレムリンは、最後に見た時より毛色が黒ずみ、デビルの様な印象が高まっていた。しかし、ラーラに抱かれるレムリンは、飼い主と再開したペットのように、体を擦り付け喜んでいる。
「レムリン、会いたかったよぉ……!」
「リーン!!」
「あいつ……。良かったな、ラーラ!」
遠巻きに見守る勝志が、嬉しそうに言った。
真は、ルーガルーやオルディンの言う「保護」という言葉を、丸っ切り信じていなかったが、大人しいレムリンは、この施設でどうにか無事に暮らしているようだ。
「元気だった? ごめんね。わたし……急に会えなくなっちゃって……。パパが心配しなくても大丈夫だって言ってたけど……それでも、ずっと不安で……」
ラーラは、別れた時の豹変したレムリンを思い出す度に、自分の事など、忘れられてしまったのではないか? 恨んでいるのではないか? と思っていたが、レムリンはちゃんと覚えていて、ラーラを恋しがっていたのだ。
無事に再会できたラーラとレムリンは、涙ぐみながら喜び合う。
「ルーガルー。面倒を見てくれてありがとうね」
ラーラは、安全の為、近場に控えていたルーガルーにお礼を言った。
ここの生物達は、ルーガルーに慣れているのか、彼の肩には金色の鳥が留まっていた。
「いえ、僕は何も。この場を設けたのはオルディン氏です」
ルーガルーが事務的に言ったが、彼の計らいもあるとラーラは分かっていた。
「リンリン!」
「なあに? レムリン。遊びたいの?」
オルディンにもお礼を伝えたラーラは、暫く、レムリンとの時間を貰えた。
レムリンと戯れるラーラは、ヴァルハラに来て、ずっと取っていた他所行きの姿ではなく、普段の無垢な姿に戻っていた。




