四十九話 エインヘリャル聖騎士団㊁
真と勝志はアベルの指示で、エインヘリャル聖騎士団本部、ヴァルハラの視察にやって来た。今、隊士達が行っている、探りの一環である。
真は、今度こそ敵情視察になる可能性を考慮し、叢雲を、勝志には超・破壊を装備させてきた。ラーラの護衛という名文がある以上、問題にはならない。
「今日はよろしく……お願いします!」
二人に気付いたラーラが、何時ものように、きゃぴきゃぴ駆け寄ろうとしたが、これが公務である事を思い出し、澄ました態度を取り繕った。
「おう、ラーラ、元気だな。おれ達がいれば安全だぜ!」
護衛の勝志が、自信を持って言った。
ラーラは、コルセットにフリフリした超ミニスカートが付いた、フィギュアスケートの衣装のようなドレスを着ていた。パンツも上質な生地に見え、お嬢様らしさと可愛さを兼ね備えた、ラーラらしい出立ちだった。
「真も、よろしくね!」
「うん。じゃ、行こう」
やや、熱っぽく挨拶したラーラを、真は建物内へ促した。
「でっけえ建物だなぁ。何人くらいいるんだ?」
トネリコの木を象ったシンボルマークが至る所にある建物に入り、勝志が言った。「団員は八十人くらいだよ」とラーラが答える。
「ようこそ、ヴァルハラへ。グレイス嬢、白兎隊の代表方」
中央階段の前で、ラーラの会談相手、オルディンが出迎えた。
「こんにちは、オルディン大臣。本日はお招き頂き、ありがとうございます」
ラーラがカーテシーで挨拶する。
国際連合独立派の議員、オルディン・ハングドマンは、今、ガリアで一番勢いがある政治家だ。政治家には不釣り合いな程、背が高い男で、握手の際、ラーラはかなり腕を上げた。まだ、三十代らしいが、白髪を長く伸ばし、片眼鏡を掛けた姿は老けて見え、それが成熟した印象を与える。
「世論の中には、エインヘリャルはガリア独立の布石、強行策だと言う者もいますが、それは違います。設立にはお父上であるゼフィール氏も大変貢献なされた。是非、本日は実際の組織運営を視察し、忌憚のない意見を述べてください」
「はい。騎士団の設立には父も大変喜んでいまして、活躍を期待しています」
「我らは自国防御が最優先と、常に知恵を出し合ってきました。派閥を超え、今後とも手を取り合っていきたいですね」
オルディンは政治家らしい美辞麗句を並べながら、ラーラを中へ案内した。
ラーラは、叩き込まれている社交辞令を存分に発揮し、オルディンに応じた。階段を上る際も、品よくスカートの裾に手を当て、例え、人が下に居ても、例え、覗くような輩が居ても、逆に端なく見えるような、極端な動作は取らない。
会談用に設けられた部屋に入ると、エインヘリャル聖騎士団の制服を着た女性が待っていた。
「紹介しましょう。彼女がエインヘリャル団長、ヒルデ・ヴァルキリーです」
「ヒルデです。会えて光栄です、グレイス嬢」
オルディンに紹介された団長ヒルデは、凛とした態度で名乗ったが「初めまして、ヒルデさん」と柔らかな笑顔で挨拶するラーラに比べると、若干、気を張っているように見えた。
「聖騎士団はガリアの幽玄者の先駆けであるクローリス氏に敬意を表し、その意思を継ぐ組織なのです」
「この制服も、お母様の物をリスペクトさせて頂いています」
オルディン、ヒルデが言った。
「エインヘリャルは、ガリア、エウロパは勿論、人類の平和の為に尽力していく所存です」
真と勝志が部屋の隅で、休めの姿勢で待機する中、会談は取り留めなく進んだ。
政治的意図としては、エインヘリャル聖騎士団は独立派とプロヴィデンス派、双方が望んだ組織であり、これは、国内に広がる対立の空気を緩和する為のパフォーマンス会談であった。
しかし、ラーラの存在は、想定以上の和やかな空気をヴァルハラに齎したようだ。これは、ラーラにこそ為せる業といえた。
部屋には、他の政治家や秘書、取材陣、衛兵などもいたが、ラーラは彼らに好意的に受け取られ、父親の代わりを立派に果たした。




