四十五話 護衛㊂
ラーラは、昼間は普段通り、私立の中学校へ登校する。護衛のフォンは、許可を得て学校の屋上で警備に当たった。
「異常なし。まぁ、こんな所で何か起こすなんて、ただの馬鹿ね」
学校には、ほぼ先生と生徒しかおらず、敷地内に入ろうとする者を直ぐに警戒できた。
双眼鏡を覗くフォンは、ラーラと同じ赤いリボンがトレードマークの制服を着ていた。初めフォンは、面白い半分で生徒として潜り込もうと思ったが、流石にラーラに止められた。
「どう? 似合うかしら☆」
「無理だよフォンっ。中学生には見えないよー」
制服姿を披露するフォンに対し、ラーラはそう言った。
「何よ? 私はまだ十九よ! もう、お歳って言いたいのかしら?」
「違うの! そんなにおっぱい大きい人いないんだってばっ」
拗ねるフォンに、ラーラはちょっと感情的になった。
確かに、目立たないようフォンに急遽用意された制服は、胸回りがキツく、胸元のボタンを全て外さなければ、とても着れなかった。
――やっぱり、お子ちゃまね。
お嬢様お坊ちゃま学校と言っても、家柄の良い子供も通うだけの、ごく普通の中学校だ。女子は、ラーラのようにスカートを校則より短くし、男子は、こっそり漫画本、エロ本を持ち込んでいるのを、フォンも確認している。
校庭では、運動着のシャツにブルマ姿のラーラが、体育の授業でハイジャンをしている。運動に幽世の力を使わないようにしているラーラは、バーを飛び越せず「きゃあ!」とマットに端ない格好でひっくり返った。
「あーあー、あの娘ったら。男子が見てるの分かってるくせに」
フォンは真から、極秘である、ラーラが幽玄者である事を知らされていた。それならば森羅で、男子のイヤらしい視線はもちろん、イヤらしい考えも、ある程度読み取れる。
フォンは、その事で常にストレスを抱えるが、ラーラは寛容なようだ。バーを戻すのを手伝ってくれた男子に、素直にお礼を言っている。
もっとも、殆どの女性幽玄者は、そんな事で怒っても仕方がないと言うが……。
「誰とでも仲良くなれる娘。隠し事もあって、広く浅い関係を築いているって所かしら」
フォンは、護衛対象ラーラを、そう評価した。
父親の立場がどうあれ、果たして、そんな娘に危害を加えようと思う輩がいるのだろうか?
それでもフォンは、ピュアなラーラを護る為、万が一に備えて警戒を続けた。
ルテティアの街の中心から郊外へ伸びる道の一つに、アベル達、移籍組はやって来た。
この道は、他と違う特別な何かがある訳ではなかったが、路肩の一角に規制線が貼られているだけで、異質な雰囲気を醸し出していた。
「……これも銃痕ではないな。幽玄者の犯行……。森羅でも、それ以上の事が分からないのが、何よりの証拠だ」
アベルは、規制線の中にあるコンクリート壁に、ひび一つなく綺麗に開けられた、コインサイズの穴を調べながら言った。
この場所は、ガリアの政治家エウロス氏の暗殺現場だった。氏は、この道を通り、自宅へ戻る途中の車内で殺害されている。
「運転手も銃声などはなかったと証言しています。車や遺体にあった痕跡も、非常に綺麗だったようです。警察の見解では、擦れ違う車からの犯行だろう……との事ですが」
提供された事件の資料に目を通しながら、シルフィーが言った。
既に現場からは、遺体と車は片付けられている。この場には残る証拠は、道路に面した壁に残された、この穴だけだ。
「使われた業は、恐らく……俺のジャッジメントレイと似たような業だな」
アベルが少ない証拠から、そう分析した。
これは完全に偶然であったが、幽玄者が似通った業を使用する事は間々あり、銃を使うアベル達や、刀を使う白兎隊など、武器や組織が同じならば、業も類似しやすい傾向にある。
しかし、非幽玄者を殺害するのに、業の使用は過剰殺傷力だ。つまり、より証拠を残さない為に使用されたと思われる。
「どうだ? アベル。お前の天才的頭脳で、パパっと解決してくれよ」
道端でヤンキー座りをしたディーンが言った。
一応、分かる事がないかと、幾つかの事件現場を視察したアベルに、ディーンも同行したが、殺害方法は何処も同じ=現場も似通っており、進展のない捜査に飽きていた。
「アンタも真面目に取り組みなさいよ」
「っだってよー。所詮は他所様の政治のいざこざだろ?」
「他所って……アンタ、生まれはエウロパって言ってなかったっけ?」
「覚えてねー、直ぐに引き抜かれたらな。オレ、エリートだし!」
怠慢を咎めるイフリータも、地味な捜査に今一つやる気がない。
アベルは溜息を付き、彼らに言った。
「幾ら上の命令でも、これは俺達の管轄外と分かれば、それをキッチリ報告に纏めて、命令を取り下げて貰う。順序を間違えるなよ」
「ヘイヘイ」
ディーンが「やれやれだぜ」といった仕草をした。
捜査が行き詰まりを見せた時、道路に止めてある軍車両に待機していたノームが、声を張り上げてアベル達を呼んだ。
「おい! 今連絡があって、エインヘリャルの連中が捜査協力に同意したそうだ!」
「分かった。直ぐに戻ると伝えてくれ!」
アベルが返答した。
「果たしてどんな連中なんだろうな。聖騎士とか言っちゃうこっちのエリートは……!」
漸く次に進めると、ディーンが嬉々として立ち上がった。
「分かっていると思いますが、あちらも幽玄者です。こちらが疑いを掛けている事を逆に悟られないよう、注意しましょう」
シルフィーが森羅を懸念して言った。
そんな彼女の、胸の膨らみの先端を、迷彩柄のブラジャー越しに指でトントンしながら、イフリータが言う。
「そう硬くなったりするから怪しまれるんでしょ? 胸張って行くわよ!」
「ちょっとっ、イフリータさんっ!」
不埒な行為に声を荒げるシルフィーと共に、一向は車両に乗り込む。
アベルは、もう一度、事件現場は振り返った。
亡くなったエウロス氏は、プロヴィデンス派の人物だったが、長い政治活動の中で、派閥を問わず広い人脈を形成していた、温厚な人物だったらしい。
彼のような人物が、このような形でいなくなれば、対立していた者達の溝は更に深まるだろう。
アベルが指揮する白兎隊も、未だ自分達と既存の隊士との間に溝がある。
間を取り持ってくれる存在の重要性を、アベルは感じた。




