四十四話 護衛㊁
「はぁーい♡」
ラーラは侍女から、スケジュールにあった人物到着の知らせを受け、玄関ホールを急いだ。
「こんにちは!」と出迎えた玄関先には、赤み掛かった長い黒髪をツインテールにしたHな体型の女性が、腰に手を当てて待っていた。
「あんたがラーラ・グレイス? まったく、何で私がお嬢様の面倒見なきゃいけないのよ……」
ラーラを見るなり、ツインテ女性が不満そうに言った。
グレイス家に仕える者達は、その物言いと、へそだしキャミソールに下着並に布が小さいキュロットという、いかがわしい服装を見て唖然としていたが、ラーラは自分の護衛を務める事となった女性を、もの珍しいそうに眺めた。
「あなたが昴、美……風?」
「フォンよ!」
きょとんとしているラーラに対し、フォンはむすっとして言った。
華国の対幻獣戦闘組織、清林組に所属するフォンは、エネアドとの戦いで負傷者を出した白兎隊の援軍要請を受け、ガリアにやってきていた。
清林組は、白兎隊とは旧知の仲だ。前回の恩もあり、直ぐに派兵に応じたが、残念ながら人数は三名に留まった。それは、一度は追い返した幻獣軍アスラの君主ヴリトラが、再び不穏な動きを見せていたからだった。
それでも、僅かな派兵メンバーに主戦力であるフォンが選ばれたのは、白兎隊と特に親密な間柄と知られているからだが、本人は認めていない。
「なのにどうして知らないお嬢様のボディガードやる事になるのかしら」
この任は、お嬢様とどういう間柄かフォンは知らないが、真と勝志から任された。
白兎隊の任務変更もあり、派兵メンバーは柔軟に動けるよう、ガリアの軍港で予備戦力として待機している。この任が本隊とは別行動である事に加え、お嬢様から逐一、離れず行動するには、女性の方が都合が良いという話だった。
「此方がお嬢様のお部屋になります」
執事に屋敷を案内されたフォンは、護衛として共に過ごす事になるであろう、ラーラの部屋へやってきた。
「じゃ、後いいわ。必要なら呼ぶから」
「はい。では、よろしくお願いします」
フォンは執事を煙たそうに廊下に残し、ラーラと部屋に入った。
天井の高い、広々としたお嬢様らしい豪華な部屋は、外壁が大きなガラス張りになっていて、美しい庭園が見渡せた。内装は、女の子らしいレース飾りをあしらえた、白地で落ち着いた雰囲気だ。
「ふーん、悪くないわね」
フォンが言った。多分、誰でも一度は、こんな豪邸に住んでみたいと思うだろう。
文句を言いつつも、フォンがこの任務を引き受けたのは、野蛮な幻獣や、汗臭い男達から離れ、優雅な邸宅で仕事ができるというメリットを考えたからだ。
「取り敢えず、部屋に不審なものがないか調べさせて貰うわ」
「うん、いいよ。でも、わたしの部屋、この家の人以外入らないから、なにもないと思うけど」
「それでも一応よ」
ラーラがちょっと不思議そうに聞いたが、フォンはそう答えた。
フォンは、ソファ、机、飾り棚、ベッド、バスルームなどがある室内をざっと調べ、衣装部屋へと入る。
此方ではかなり入念な調べをし、ハンガーに掛かるラーラのドレス、ワンピースをチェックし、ドレッサーの引き出しを開け、ネックレスや宝石を幾つも取り出す。
「流石、お嬢様ねー。充実してるわー。でも、ちょっと子供っぽいかしら」
そう言いつつ、フォンは姿見を見ながらドレスを次々と自分に合わせた。終いにはタンスの類いは全て開け、ミニスカや、水着、更に、下着をチェックする。
「あぁっ、そこはだめっ!」
ラーラは、慌てて引き出しを押さえた。
「お嬢様ー。安全の為、全てに目を通さないとー」
「なにもないよぉ! そこはだめなの!」
「―まっ、おかしなものはないわ」
書庫は全く調べず、ソファに掛けたフォンが、しらばっくれた態度で評価した。
「ただ、この部屋ちょっとオープンすぎるわね。敷地の外からは見えないみたいだけど……」
フォンが、庭からもこっちが丸見えになる、ガラス張りを見ながら言った。
「まっ、私がいる以上、誰も手出しできないけど」
ラーラは今更、不審物のチェックではなかった事に気付いたが、フォンの女性らしい好奇心に、ラーラの方も同性の彼女に興味が沸いた。
「ねぇ、フォンは幽玄者なんだよね!」
「何よ。疑ってるの?」
「うんん。ただ、女の子の幽玄者と話すの初めて! 普段はどんなことをしてるの? 幻獣と戦うの……怖くない?」
「どうって……やる事は男と変わらないわよ」
フォンは「この娘ちょっと面倒くさい」といった顔をして足を組む。
小さなキュロットからハミ出でない事から、フォンは明らかにパンツを履いていない。部屋にはラーラしかいない為、問題ないが、ヒラヒラした裾と足の付け根に、危険な隙間が生まれていた。
「戦場に行けばオシャレしたり、お風呂に入ったりできないから大変だね」
「そうね。泥だらけになったり、怪我したり……ホントいい事ないわよ。まぁ、怪我したら意地でも空蝉で治すけど」
「やっぱり、そうなんだ……」
ラーラは戦士としてのフォンを、素直に尊敬した。
「まっ、あんたの護衛は、その辺補償されそうだけど。……所で、私のベッドどこよ? ちゃんとふかふかなの用意しときなさい。それと、私、あんたから離れられないんだから、タオル、シャンプー、色々増やしといて」
「あっ、うん。じゃ、セバスに用意してもらうね」
「あと、お茶、おやつ……! ティータイムよ。何で持ってこないのよ? お嬢様の家でしょ? 早く頼んで」
わがままな態度を取り出したフォンは、持って来た自分の荷物から扇子を取り出し、ピシピシ、ラーラに要求した。
「お、お嬢様はわたしなのにー」
ラーラはフォンに使われ、執事セバスチャンを呼び出し、必要なものを手配する。
「それでいいわー」
要求を通したフォンが、満足そうに扇子をパタパタする。
ラーラは、明らかに人の家で羽を伸ばそうとしている女性に、これから手を焼く羽目になった。




