四十三話 護衛㊀
真のような負傷者を除いた白兎隊は、エウロパ防衛の為、ガリアの軍港に駐留していたが、新たな任務を与えられ、此方もルテティアに戻っていた。
「バビロンでの戦闘はどうなってんだ? 俺達は行かなくていいのか?」
「ヘリオポリスであれだけの被害を受けたんだから、本国に幽玄者はいない筈……。援軍を必要としていると思うんですけど……」
北上し、エウロパを攻める姿勢を見せるエネアド軍を警戒している間に、死祖幻獣軍の別部隊が、リビュアからエウロパ方面に向かったという情報を白兎隊は得ていた。そちらへ出陣する用意をしていた為、ベンとりぼんは戸惑う。
「行かなくても大丈夫って事か?」
「そ、それとも……」
「切り捨てられたか」
「!?」
皆が胸の内にしまっている事を、十兵衛がボソリと言い、寒気が走った。
リビュアからエウロパの間にある海路の防衛はプロヴィデンス軍が引き受けている。負け戦に拘らず、彼らも切り替えが必要だった。
「ゼフィール氏を通し、上から政治家暗殺事件の捜査を依頼されている」
新たな任務を、副長アベルが話した。
白兎隊ら遠征部隊がリビュアに行った後、エウロパ内では、プロヴィデンス派の政治家が暗殺される事件が多発していた。
ガリアは、直近の選挙でプロヴィデンス派が大敗し、議席を多く失っている。派閥を代表するゼフィールは大臣を降り、更に、この事件で重役達を失って弱り目に祟り目だった。
「何でオレらが警察みてーな事すんだよ。豆鉄砲とナマクラで幻獣とやり合ってる前線の兵が泣いてるぜ」
ガイが何時もようにアベルに反発したが、確かに、対幻獣戦闘組織がやる仕事ではなく、他の隊士達も任務に懐疑的だった。
「当然、警察も捜査しているがお手上げらしい。一連の事件で分かっているのは、犯行を行った者が、恐らく幽玄者だという事だ」
「!?」
「本当ですか?」
幽玄者の関与というアベルの言葉に、隊士達は驚き、りぼんは聞き返した。
「……例えそうでも、やっぱオレらの仕事じゃねぇな」
珍しい事件だが、それでもガイの言う通り、畑違いではあった。
「そうだとしても、これはプロヴィデンスから強く要請された任務だ。俺達で確実に犯人を見付け出す!」
「お偉いさんは、これ以上エウロパでの人気を下げたくねぇ訳だ。それにテメーらは、名ばかりで、そっちのモンだしなぁ」
アベルに食って掛かるように、ガイが言った。
国際連合離脱まで、エウロパでは議題に上がっている。世界戦力を統一したいプロヴィデンスは、この逆風ともいえる事件をどうにかしたいようだ。
「幽玄者が犯人って……わたし達はずっと留守でしたよ? プロヴィデンス軍の人達もです!」
頭を切り替えて、りぼんが話を整理しながら言った。
「野良幽玄者ってモンは、どれだけいるんだろうな。だとしても態々、政治家を?」
ベンが言ったが、皆の胸中には既に、ある組織への疑惑が浮び上がった。
言いにくい事を、再び、十兵衛が口にした。
「エインヘリャルか……」
真と勝志は、別件でゼフィールに呼び出されていた。
ゼフィールは大臣職を降りたが、依然として一定の地位を保っており、白兎隊との調整役を担っていた。
「なんだか、やだなー」
相手が大臣だろうと王様だろうと太々しい筈の勝志が、呼び出された部屋でゼフィールを待つ間、居心地が悪そうに言った。
真には、居心地の悪さの正体が分かっている。
ゼフィールはラーラの父親だ。二人は幼馴染のカレンの父親に嫌われていたので(漁船に悪戯をしたりするので当然だが)女の子の父親は、娘に近寄る男を毛嫌いするものだと信じている。
「けど、何の用だろう?」
仲間内に復帰しようとした真は、出鼻を挫かれた格好になった。
まさか娘に悪影響を与える輩を、叱りつける為に呼び出すとは思えないが、権力を行使して、態々、自分達二人を指名してきたのだ、ラーラ絡みの用件であるのは間違いないだろう。
真は、ラーラを遠ざけようとした事で、何かやらかしたのかと考えたが、間もなく部屋にやって来たゼフィールの用件は、全く違った。
「態々すまないな真君、勝志君。まぁ掛けてくれ」
ゼフィールは元々、年相応に老けているが、数ヶ月見ない間に、更に老け込んだように見えた。
「君達の事はラーラからよく聞いている。何時もあの子と親しくしてくれて感謝しているよ。……そこでだ、あの子の護衛を二人に……いや、どちらか片方でも構わない。引き受けて貰えないだろうか?」
「護衛……ですか?」
真が聞いた。
「ああ。例の暗殺事件では、政治家の家族にも被害者が出ているんだ。脅しのつもりだろうが、残念ながらラーラが狙われる可能性も十分にあり得る」
兵士百人にも勝る幽玄者を、娘のボディガードに付けようとするゼフィールは、若干、権力濫用ではあったが、そこは娘を思う父といった所だろう。
「それなら、ゼフィールさんにも護衛が必要では?」
真が冷静に考えて言った。
父親を大切に思っているラーラの事を思うと、ゼフィールにも護衛がいた方がいい。それに、プロヴィデンス派の代表であるゼフィールは、特に危険な立場にある筈だ。
「私はいい。元々、腕の立つ護衛は付けている上に、行く所は警備が厳重な場所ばかりだ。知っていると思うが、ラーラはじっとしていない子でね。あー、秘密もあって、普通の護衛では心許ない」
ゼフィールが苦笑いをしながら言った。ラーラが幽玄者である事を知っている二人だからこその抜擢らしい。
真は考えた。
戦いの事ばかり考える今の自分は、到底、ラーラを守る任に適さないだろう。机の上の皿にあったビスケットを摘む勝志も、護衛という役目には、到底、向いていない。
真はゼフィールに提案した。
「僕らより、適任者がいます」




