四十話 眼差しの先㊂
作中では、生花のお見舞いは問題ない事になっています。
真の身体は、驚くべき回復力を見せていた。
ラウインの攻撃から生き伸びたこと事態、周囲からは驚かれたが、与えられた事象も空蝉が跳ね除け、骨にひび一つない状態まで再生していた。
真は、自分には意図して引き出せない力がまだ眠っている。そんな気がした。
――だけど、それを求めてどこへ行く?
ラウインとの戦いは、真の完敗だった。
真は、自らが立つ、危うい土台を粉々に破壊され、奈落の中で模索した。
長い入院で、真の個室は、ラーラが持ってきたお見舞いのお花で溢れていた。時々、様子を見に来る隊士からは「花屋」などと揶揄される程だ。
「リンドウはここに飾るね。ダリアは日に当たる所のがいいかな。……真?」
今日も懲りずにお花を持ってきたラーラは、最近、考え事ばかりしている様子の真を心配していた。
すっかり怪我が良くなった真の役に立つ機会も減り、少し寂しい気持ちもあるラーラは、思い切って言ってみた。
「真……。なにか、わたしにできる事はない? わたし、な、なんでもするよ!」
「……え?」
真は、張り切るポーズを取るラーラに「何もないよ」と言おうと思ったが、ふと、思い出した事があり、尋ねる事にした。
「……ラーラは考古学を習っているんだよね?」
「うん! 本を読むのが好きで、本に書かれている物や場所を見に行ってみたいなって! でも、学者になるには色々と大変な事があって―」
「調べて欲しい事がある」
真が遮り、ベッド脇の棚から、紙とペンを取り出そうとした。もう介助はいらないにも関わらず、ラーラが代わりに取って渡す。
「ヘリオポリスの近くに変な地下遺跡があったんだ。そこには知らない文字や、変わった壁画が書かれていて……。何故だか知らないけど、僕の持っている剣にも同じ文字が刻まれているんだ」
真は遺跡に書かれていた文字を、うろ覚えだったが数文字、更に刃に浮かぶ叢雲之太刀と読める事だけ知っている文字を、紙に書いてラーラに見せた。
「これがエジプトの地下に? でも、ヒエログリフじゃないみたいだね」
伊達に勉強してる訳ではないラーラは、直ぐにこれが、古代エジプトの文字ではないと判断した。
「何時の何処のものなのか……珍しいものなのか……剣とどう関係あるのか……。何でもいいや。分かった事があれば教えて」
「うん、任せて! 直ぐに調べてくるね!」
真に頼られたラーラは、心底、嬉しそうだった。
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調査を頼まれたラーラは、早速、普段よく利用する図書館にやってきた。
調べものをするなら、ここが一番いい。この図書館は、古い聖堂の中にあり、ガリアにある、有りと有らゆる書物が置かれているからだ。
「象形文字みたいだけど、楔形文字とも似てるし……そんな事ある?」
ラーラは謎の文字に関係がありそうな本を片っ端から調べたが、ヒントが少ない事もあり、中々、それらしい物が見付からなかった。
「やっぱり、クレセント文明を調べなきゃだめかなぁ……」
ラーラは少々、困った問題に直面した。
天井に届く程、背の高い本棚が、所狭しと並ぶ館内は、本を借りに来た人や、勉強をしている学生が沢山いる。
そんな中、柔和な笑みを湛えた司祭が、数人の女子学生と話している。司祭は、この図書館の責任者で、端正な顔立ち故、女子に人気があった。
ラーラは、勉強を教えて貰う口実で会いに来たであろう女性生徒が帰るのを待ってから、司祭に話し掛けた。
「ユングヴィ司祭、こんにちは!」
「おや、ラーラ君ではないですか。こんにちは。さては、私にご用意かな?」
司祭―ユングヴィは、ラーラを見てにっこりした。
「はい、ちょっと調べものをしていて。……古代の文字の事を。……こんなのなんだけど」
ラーラはユングヴィに、真が渡した紙を見せた。
「ふむふむ、なるほど。……これをどこで?」
「えっと、本で……っ。えっと、なんの本だったかなぁ……」
ラーラは、真の事は話さず、目を泳がせた。
ユングヴィは、手を口元に当て、少し考えてから話す。
「これは、神代の文字ですね。太古の昔、海に沈んだ大陸で使われていた世界で一番古い文字。……と言われています」
「神代の文字……。あ、あの……クレセント文明とは関係ありますか?」
ラーラの質問に対し、ユングヴィから笑顔が一瞬消えたが、直ぐに、元の柔和な表情に戻る。
「ラーラ君、ラーラ君。賢い君なら知ってると思いますが、クレセント文明について深く調べる事は、国際法で禁止されています」
「は、はいっ」
ユングヴィは小さな子供に言い聞かせるように、中腰になって顔を近付ける。表情は益々、笑顔になったが、ラーラ反対に緊張した。
「興味を持つのは分かります。だから、そういう人達が危ない目にあわないよう、その手の事が書かれた物は図書館の地下の……一般の方が入れない場所に保管してあるんです」
ユングヴィは一瞬、階下へ続く階段がある扉をチラりと見た。
「もし、知ってしまえば……例え、ラーラ君とて異端者とされ……二度とお外を歩けなくなってしまいますよ」
ユングヴィは、殊更、にっこりした。
「わー、分かりましたー」
ラーラは、ぎこちない笑顔を作って承知した。
忠告を終えたユングヴィは、満足そうに去って行く。
「……」
ラーラは悩んだ。
幽世の力をこっそり使ってきたラーラだが、侵入、窃盗といった、あからさまな違法行為に使った事はない。
――見付からなければ……大丈夫!
しかし、ラーラは真の役に立ちたかった。
その想いが、彼女に唐草模様の風呂敷を被る決意を固めさせた。




