三十八話 眼差しの先㊀
プロヴィデンスの軍事戦略―宣教を遂行する為にリビュアに侵攻した人類勢力。エネアド軍は、それを打ち破った後、砂漠の奥地にあるオアシスまで引き上げ、そこに駐留した。
戦闘に見事、勝利したエネアド軍だが、負傷した幻獣は多かった。オアシスでは、そんな幻獣達が各々、瞑想をしたり、腹を出して寝たり、水に入ったりして回復に努めている。しかし、中には特訓や喧嘩をしている者もいて、ヒトが見る事のない自由な姿を見せている。
エネアドの王ラウインも、真との戦いの後、味方に合流し、今はオアシスの辺りにゆったりと座っていた。戦闘中に見せた身体の変化は、どうやら元に戻っているようだ。
ラウインは、港に撤退した人類がまだリビュアに留まるつもりなら、味方の回復しだい、完全なる掃討戦を行うつもりだった。
「まぁ、勝負は見えている。折角、ぼくが援軍を連れて来たのに……。これでは指導者の立場が無いね」
オアシスに屯する幻獣達を眺めながら、ラウインの傍らにいる死祖幻獣軍の指導者ネスが言った。
味方とはいえ、この場所にヒトがいるのは異色な事であったが、エネアドの幻獣達は気にしていないようだ。もっとも、今は、例え普通のニンゲンが通り掛かっても、腹を満たした猛獣のように、獲物に興味を示さないだろう。
「流石は、死祖幻獣軍きっての戦力だ」
以前は、鬼のお面を付けていたネスだったが、今回は古代エジプトの王のミイラが被っていた、黄金のマスクをしている。
マスクが砂漠に降り注ぐ陽光をギラギラ反射し、異様な存在感を放つ一方、彼自身は陽の光を受けないのか足下に影がない。
「お前が戦場に立ってどうする。混乱を招くだけだ。……そもそも、まだ表舞台に立つ気はないのだろう?」
ラウインが言った。
「まぁね。でも、連れて来た軍勢はこのままクレセント侵攻に使う。きみは、このまま北上してエウロパに睨みを効かせてくれ」
「……エウロパはどうする?」
「ぼくらが手を下す必要はないよ。空いている六幻卿の席も埋めておかなきゃいけないからね……」
ネスが含みを持たせて言った。
「間もなく、天界から使者が舞い降りる。悪しき者共に裁きを下す、死神が……!」
ネスの言葉に、ラウインはやや眉を顰める。
「人類を偽りの摂理から解き放つ日は近い……!」
ネスは、ラウインの戦勝を讃えた後、オアシスの側で待機していた二人の部下と合流した。引き連れてきた幻獣の援軍は、更に、数キロ離れた場所に待機させている。
オアシスと比べると殺風景の場所を寂しく思ったのか、ネスは付近の砂場に片手を翳した。すると、忽ち砂が掻き集められ、人が入るには十分な大きさの、砂の城が作られる。
ネスは、部下と共に中へ入り、奥に作った玉座に飛び乗った。
「はぁー、暑つい! 暑つい! 戦い終わってたんなら速くどっか移動しよーよぉ!」
日陰に入るなり、部下の一人が言った。
二人の部下は、ネスと同じようにローブを纏いフードを目深に被っており、やはり、素顔を晒さない。
砂漠の暑さに苦言する部下は、小柄な少年ネスと同じ位の背丈をしていが、どうやら、少女か小柄な女性らしい。彼女が涼を取ろうと、ローブの胸元をパタパタすると、貧相な胸が危うく見え掛けた。
「早くあたしらもエウロパに行こーよ。狼君一人じゃ、上手くやれてんのが心配だし」
「ウェヌ。きみには援軍を率いてクレセントに行ってもらいたんだけど」
マイペースそうなウェヌにネスが言った。幻獣を相手にする時に比べると、かなり軽い物言いだ。
「えー!? そこって、こことあんまり変わらないんでしょ、気温! 大体、指揮なんてやった事ないよー! あんたがやりなさいよー!」
「ぼくは、遺跡巡りをしたら中央に帰るよ。指導者だからね」
「はあー?」
あからさまに不満がるウェヌをネスは遇らう。
「一月で始末を付けてね」
「……ぅぬぬ」
納得いかない様子のウェヌだったが、オアシスの水辺で銃創を癒してプルプル身体を振っている猫科幻獣を見て「あたしも水浴びでもしよっかなー」と言い、気まぐれに水辺へ向かった。
「……」
一方、もう一人の部下は、暑さに苦言を言う事もなく寡黙なようだ。ただ、此方の体格は、ネスやウェヌの背丈を遥かに上回り、横幅にいたっては倍以上もある、とんでもない大男だった。
「ムシャ。エウロパにはきみに行ってもらいたい。ぼくの一番の懸念材料が、そこにまだ残っている。だからこそ、この役目はきみに頼む」
ネスは、大男ムシャに対しては軽さが消えた。
ムシャは、フードの下から覗く鋭い瞳をギロりと向け「任せろ」とだけ言い、そのまま砂の城から出て行った。
「ぼくはまだ侮っていないよ。白兎隊……!」




