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三十六話 古よりの願い㊃

 ガリア国の首都ルテティア。ゼフィール・グレイスは自宅に帰宅し、疲れた表情でソファに座った。


 「……ふぅ」


 「パパ、大丈夫? セバスももう休んで」


 時間は深夜を回っていたが、娘のラーラは帰りが遅い父親を待っていたようだ。ピッチャーが乗ったトレーを執事から受け取ると、彼女が代わりに給仕をした。

 ラーラの服は、珍しく膝丈まであるスカートだ。ただ、これは苦言を言う父親に遠慮したからではなく、単にネグリジェの際は下着を着ないので、長いのを選んでいるだけだった。


 「また、独立派の糾弾を躱さなければ……いや、大丈夫さ」


 ゼフィールが考え事をしながら答え、受け取った水を飲んだ。

 政治家の父親の帰りが遅いのはよくある事だが、戦争が始まってからはそれも増え、ラーラは父の労をねぎらった。


 「最近、疲れてるみたい……。パパももうお歳なんだから、あまり無理をしちゃだめだよ」


 ラーラは、幻獣レムリンの出来事の以来、すっかり気落ちしてしまっていた。しかし、父親が連日政務に追われているのを見て、再び、献身的にサポートしようとした。


 「ラーラ、今は頑張らなくてはならない時だ。ひょっとしたら、パパはお仕事がなくなるかもしれない」


 ゼフィールは笑ってそう言ったが、先程から冗談一つ言えていない事に気付き、流石に疲労している事を自覚した。

 ガリア国では、議会議員の選挙が迫っていた。しかし、ゼフィールのようなプロヴィデンス派の人間には、雲行きが怪しくなっている。

 ガリアは、プロヴィデンス、国際連合との関係を重視する派閥と、国の伝統や、エウロパの他の国々との連携を重視する派閥が存在する。その中で、近年力を付けているのが、国際連合からの脱退を掲げる独立派であった。

 プロヴィデンスの本部があるユートピアは、アクアトレイの東にあり、離れた西のエウロパ諸国では元々、独立思想が強く、特にエウロパ北部の国々はその傾向が非常に強い。しかし、幻獣戦争が始まり、人類の団結が唱えられると、その運動は一旦、鳴りを潜めた。しかし、十四年前の戦闘停止もあって、今は再び勢いを増している。

 ガリアでも、独立派代表オルディンを始めとした若い議員を中心に、人材と資金を国際連合に費やすより、自分達の力で自国を守ろうする思想が高まっていた。再び戦争が始まったが、成果が芳しくないプロヴィデンスへの期待は下がっている。その結果が、エウロパ独自の対幻獣戦闘組織エインヘリャル聖騎士団、結成にも繋がった。


 「わたしはパパともっと一緒にいられるなら、お仕事を辞めちゃってもいいよ」


 ラーラが子供っぽい発言をした。純粋に父親を愛するがゆえの言葉だ。

 ゼフィールは、娘の折角の気持ちに応えるように言う。


 「はははっ、そうか……! そうなったら、また旅行にでも行くか」


 「うん。パパはどこへ行きたい? わたしはね、大和(やまと)に行ってみたいの!」


 「ああ、例の彼ら……白兎(びゃくと)隊のか……」


 嬉しそうに旅行先を希望するラーラ対し、ゼフィールは顔を強張らせた。

 正確な情報が入るまで、ゼフィールはラーラには言わないつもりだが、白兎隊を含むエウロパ遠征部隊は、エジプトで幻獣軍エネアドに敗退してしまった。部隊が全滅した訳ではないが、ラーラが親しくなった隊士がどうなったのかも不明である。

 議員を怒鳴り散らしても、前線の事は今のゼフィールにはどうしようもなかった。

 しかし、国際連合から脱退してしまえば、益々、戦力は低下する。借り物の白兎隊も、大和に返さなければならないのだ。


 ――まだ、プロヴィデンスの力がなくては、この国を守れない……!


 全く、何時から自分はそんな真面目な人間になったのだと、ゼフィールは思った。一体、誰の影響だろうか。


 「パパ?」


 ラーラが、また深刻そうな表情で考え事を始めた父親を心配し、声を掛けた。


 「ああ。すまんすまん」


 ゼフィールは慌てて誤魔化した。

 心配そうに此方の顔を覗き見る娘は、あどけない表情をしていたが、ゆったりとした寝巻きの上からでも、母親譲りの女性的な体型がよく分かる。


 「ラーラは……益々、ママに似てきたな」


 「本当? よく言われるけど、どの辺り? まだ、ママの方が大きいよ」


 「殆ど全部だよ。もう遅いからラーラは先に休みなさい」


 母親に似ていると言われる事が嬉しいらしいラーラは、立ち上がって両手を広げ、照れながらおませな体を父親に見せる。

 ゼフィールは、今でも愛おしく思う妻の姿に良く似た娘を見ると、疲労が和らぐ気がした。


 ――――――――――――――――――――――


 朝日が昇り、砂漠の乾いた大地を照らし出す。

 ヘリオポリス基地に近い港に停泊する戦艦の一室で休息していたりぼんは、無線の連絡を受けて飛び起きた。


 「すぐに行きます!」


 応えるや否や、ふんどし姿に着物を羽織ったあられもない格好のまま部屋を出る。道中、擦れ違った兵士達が、目を丸くしつつも食い入るように見てくるので、流石に甲板へ出る前には袖を通して帯を締めた。


 「二人はどこ?」


 甲板には人集りができていた。背の低いりぼんは、兵士達を押し退けて前へ出る。

 港の西側を指差して、りぼんに場所を示してくれた兵士がいたが、その時にはもう、りぼんは港へ向かって歩く人影を捉えていた。


 「勝志(かつし)っ!?」


 朝日に照らされたツンツンした白髪の持ち主は、間違いなく勝志だ。背中に死人のように動かない人物を背負っているようだが、恐らく(しん)に違いない。

 りぼんは思わず、口に手を当てた。

 既に、二人の救助に港から車両が向かっている。急いでりぼんも、医療品を持って神足(シンソク)で迎えに出た。


 「わたしも行きます!」

 

 りぼんは港に着いた後も、二人の帰還を信じながら見張りと偵察の任を務めた。

 散々、オーバーワークをして叱られ、休むように言われたが、こんな時だけ一人部屋を与えられても嬉しくない。


 「勝志っ!!……真!?」


 「おーーーーい」


 此方へ向かうりぼんと車両に気付いた勝志が、大きく手を振っている。背中の真は相変わらず身動き一つしないが、勝志のその軽い調子が無事を知らせていた。


 「よかった……っ!」


 感極まっているりぼんと、救助隊が乗る車両が、朝日が昇る港から迎える。


 「腹減った……」


 ヘロヘロの勝志は、ボロボロの真を連れ、無事、戦場から帰還してみせた。

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