三十五話 古よりの願い㊂
地下遺跡は思いの外、広大で、壁画の部屋を出ると、巨大な通路が左右に伸びていた。
暗闇の中、真と勝志は森羅で周囲を把握していたが、それでも近場の情報しか得られない。今もこの遺跡内に、もし古代人が住んで居たとしても、余程、接近しない限り気付けないだろう。
――ここも幽世の空間……。
真は、勝志の補助を受けながら歩き、通路に足を踏み入れた。
砂丘の戦場がどうなったのか、二人は把握できていない。真が持っていた無線は、ラウインにやられた衝撃で破損してしまった(勝志は無くしたり、壊してしまうので、初めから持っていない)。仮に使えても、この空間ではウヴァルの砂嵐の中と同様、電波が繋がらないだろう。
しかし、味方が敗退したのは間違いないと、真は推測した。
例え、エネアド軍に善戦できても、あのラウインには誰も敵わないだろう。そうなれば、残存部隊は港に撤退する筈だ。真が再起を図るにも、二人は港まで自力で移動する必要があった。
真は、壁画の部屋に差していた西日から、港の方角を割り出し、通路を左へ進む事にした。
「壁も天井もずっと同じような造りだな。また出口があるけど、どうする?」
勝志が、通路から別室に続いていると思われる入り口を、石壁の高い位置に見付けて言った。
ぐったりしている真は、頭を上げる気力もないらしく、俯いたまま頭を振る。
――万が一、敵と鉢合わせないように、可能な限りこの空間を移動しよう……。
広大な通路は、左右に時々ある出入り口を含めて、幻獣が十分に移動できる広さがあり、右側に僅かなカーブを描きながら、何処まで続いているかのようだった。
真は、この形状に覚えがあった。
ウィーグルの背に乗って移動したカーネル海の海底洞窟だ。あの洞窟も幽世の空間で、輪を描くような通路の所々に、出入り口が設けられていた。
こんな空間が、世界中の至る所にあるのだろうか?
もしそうなら、全て古代人が造った物なのだろうか?
何の為に?
だが、本当に同じ物なら、外周の出入り口は外に繋がっているに違いない……。
真は、そう考えた。
「……真、大丈夫か?」
勝志が聞いた。真の意識が、次第に遠ざかっている。
「腹減ったか? おれは減ったぜ」
「……」
「みんなはどうなったかな? 心配だぜ」
「……」
「なにか食べるか? なにもねーけど」
真は答えなかったが、勝志は一人、思った事を口にし続けた。
満身創痍にも関わらず、真は歩いた距離から地上での自分達の位置を推測し、より、港に近い場所に出ようとしていた。
見付けた出口を通るべきか、その都度、勝志は真に確認していたが、いよいよ真の反応が薄くなっていく。
「……わかった。次の次の出口から出るぜ。そっから先は、おれがどうにかしてやる!」
勝志が真の最後の指示に、そう言って返した。
二人は数々の冒険を共したが、こんな事は初めてだった。
真は冒険で失敗る事があっても、必ず自力で解決し、帰還してみせた。勝志がロクな装備も持たず準備していなくても、真に付いて行けば、何時もどうにかなったものだ。
「よっと!」
勝志は、完全に歩けなく真を背負い、通路を進んだ。
やがて勝志は、真の投げやりな指示通りの出口から、巨大な通路を後にした。
真の予測通り、先の空間は外へ繋がる出口に繋がっていて、二人は切り立った崖の割れ目から、地上に帰還する。
ここは、まだ砂漠の中だったが、夜風に乗って潮の香りが漂ってくる。
間違いなく、海は直ぐそこだ。
「待ってろよ、真。おれが必ず安全な場所まで連れて帰ってやるからな……!」




