三十四話 古よりの願い㊁
「……ぷはっ」
流砂の下には、数十メートル程の高さがある古い石造りの部屋があった。この部屋の天井にある亀裂から砂が入り込み、それが上で流砂を生み出しているようだ。
真と勝志は、そんな砂で敷き詰められた部屋の床に、時折、固まって落ちてくる砂と共にダイブしてきていた。
「くそっ。ふざけてる……!」
真は、落下の衝撃が影響したのか、意識を取り戻した。
しかし、覚醒を後悔する程の苦痛を全身から感じた。どうにか、身体を起こそうとしたが、とても自力で動ける状態ではない。
「折れていない骨あれば奇跡だ……」
真が苦し紛れに言ったが、それを聞いた勝志は、真が無事だった事に喜んだ。
「真! 良かったぜ。流石のおれでもだめかと思ったんだ!」
「……ここは…………何処?」
「わかんねぇけど地下だ。戦場からはかなり離れてる筈だから逆に安全かもしれないぜ。待ってろ、おれが医者に連れてってやる」
勝志は、苦しそうな真を見て言い、介助しようとした。
「にしては暗れーな。……ああ、地下だからか。出口はあるのか? この壁壊すか。なんか字みてーのが書いてあるけど」
真は、勝志の言葉を聞き、彼が調べている壁伝いを見ようと痛む首を動かした。
確かに、下の方は砂に埋もれて、所々、ひび割れていが、石の壁には文字が掘ってある。
「昔……この辺にあった古代の王国のものかな? バビロンの遺跡にあった文字にも似ている……」
真は、何処からか差し込む西日に照らされた壁の文字を見て言った。
バビロン国周辺の国々には、プロヴィデンスによって立ち入り、調査が禁止されている遺跡群が多く、これもその一つだろうか。半世紀エネアドの支配下にある為、保護できず、砂の下となったのかも知れない。それとも、一度も発掘されていない、考古学的、大発見の遺跡か……。
「ちょっと違うな。この文字は寧ろ……。そう言えば叢雲は……?」
真は、ラウインにやられた時、持っていた筈の宝剣が、手元にない事に気付いた。
勝志が動けない真に代わって周辺を探すと、砂に埋もれ掛けていた叢雲を無事に発見した。どうやら、共に吹き飛び、流砂に飲まれていたようだ。
「これに浮かぶ文字に似ている……」
真は、勝志から受け取った叢雲の刃の表面を見ながら言った。
今は石ように静まり帰っている叢雲は、共にラウインの拳を受けた筈だが、相変わらず主人より頑丈なようだ。
「こっちには絵も描いてあるぜ。志のがうまいな。でも、やっぱ壊しちゃ怒られるかもしれねー」
勝志の言う通り、別の壁には壁画も刻まれていた。
真は好奇心で痛みを押さえ込み、勝志に肩を借りて壁画に近付く。
「幻獣だ。あれ? この絵って昔に描かたんだよな?」
勝志が壁画を見て言った。
確かに、壁画の中には幻獣と思われる存在もある。一見、古代人の予言のようだが、こういった壁画に幻獣がいるのは珍しくない。幻獣とは、本来はヒトが想像した架空の生き物を指す。
「どんな希望を抱いたんだが……」
真が呆れたように言った。
現実では有り得なくなったが、ここに描かれている壁画の中では、幻獣達を人々が崇めているように見えた。
しかし、その中でやや異なる印象の壁画あった。
「天使かなぁ?」
勝志が一つの壁画に描かれた、翼のある人間を見て言った。壁画の人物が女性ではない為、天使な気がしないようだ。
その人間は、天から降臨したのか、人々の中から天に羽ばたいているのかは分からなかったが、幻獣と同様の、特別な存在として描かれているようだ。
「文字が読めば何か分かりそうだけど……。痛……」
真が崩れるように再び倒れた。どうやら好奇心にも限界があるようだ。
勝志が助け起こそうとしたが、真は冷や汗を掻き、相当、熱があるようだ。
「だめだ、真、行こうぜ! あっちから出れそうだ!」
勝志が壁画の壁伝いの先に、別室に続くと思われる出口を見付けた。半分程、砂に埋もれているが、元から広い出入り口だったらしく、十分に通れそうだ。
神足を使えば上に戻る事も出来そうだったが、今の真の状態では危険だと判断し、勝志は奥へ進む事にした。
「……」
重体の真は、勝志に肩を借りて出口へ向かう。
砕かれた岩山の残骸が、いよいよ部屋に落ちてきた。暫くすれば、この部屋は完全に砂の下に埋もれるだろう。
真と勝志は、謎の文字や壁画を、神妙な気持ちで見ながら、部屋を後にした。




