三十二話 神獣㊃
叢雲が稲光りのような閃光を放ち、ラウインに振り下ろされた。
しかし―
「!!??」
真の必殺業は、ラウインを寸断できなかった。それどころか、斬り傷一つ付けられず、鬣に阻まれるように首筋で受け止められている。
「何……!? なんで……っ!!」
絶大な威力を誇る天墜刃は、確かに発揮された。タイミングも完璧だった筈だ。しかし、ダメージ一つないのは流石におかしい。
真は尚も剣を押し込もうとしたが、鋼線のように硬い鬣の一本も斬れなかった。
「―ヴリトラは、兎を狩る程度の事では本気を出さない。……奴は己が愉しむ事を優先するあまり、戦いで力を抜く癖がある」
ラウインが反対に真に顔を近付けながら、剣を押し返す。
ラウインは戦いの通じ、森羅で真という存在を、正確に知り得ているようだ。
「彼奴に傷を与えたからと言って、六幻卿の領域に上がれたと思っているのなら大間違いだ、小僧!」
真は、ラウインが防御業を使ったのかと疑ったが、それは事実を受け入れられない故の愚かな発想だった。
ラウインは真をそのまま押し込み、岩山の側面に押し潰す。
「ぐあっ!!」
ガラガラと抉れ崩落する岩塊と共に、真も砂地へと墜落した。
「……ぜぇ……ぜぇ」
「小僧。何故、お前の剣が……お前の業が……俺に通用しないのか教えてやろう」
ラウインは、やや離れた砂地に着地した。
「お前は俺やウィーグルという、他者の存在に捉われているからだ。怒りや憎しみは、確かに力を与えてくれる。だが、それは己を奮い立たせ、行動を起こす原動力になるまでに過ぎん。それ以上の力はくれぬ……!」
「……!」
「真の強者は孤高でなくてはならない。仇を。復讐を。勝ちたい。超えたい。……違う!」
ラウインは言った。
「何者にも干渉されず、何者に捉われない。それこそが神すらも支配できない境地! 俺はそこへ辿り着く為、この戦争と世界の行く末を見届ける……!」
「……何を……!? お前が……っ」
真は、実力も考え方も、まるで違う相手の言葉に困惑していた。
必殺の天墜刃も通用せず、最早、逆転は不可能だ。
敵わない強敵を前に、真は万策尽きた。
「小僧。最後にそんな領域の一端を、お前に見せてやる……」
ラウインが、情を感じない声で真に言った。
「孤高を目指す幻獣が得られる真の姿。ヒトが決して歩む事ができない、七つ目の道の頂き……!」
ラウインの瞳が輝く。
「昇華―極点!!」
その瞬間、周囲の空気が、猛烈な存在感を放つラウインの側に存在できなくなり、追し出され、砂を巻き込んで吹き飛んだ。
直後、ラウインの姿に変化が現れる。
筋肉が膨れ上がるように身体そのものが巨大化し、鋭い牙と鬣が更に伸び、肩や腰、尾の先から鎌のような刃物が突き出した。
そして、全身にピラミッドを思わせる幾何学的な模様の筋が現れ、そこから、まるで、ラウインの内部に輝く恒星があるかのように、強烈な光が漏れ出す。
「……!!?」
真は呆気に捉われたように、その姿を見て立ち含んだ。
森羅を持ってしても、強力になったラウインを正確に感知できなくなり、その輪郭が蜃気楼のようにぼやけ、大きさすら曖昧になった。
「行くぞ……小僧! 幻獣に捉われた憐れなる者……。ウィーグルの忘れ形見……!」
ラウインが真に向かって来る。
真は、未知の世界に挑もうとする己が本能のままに、叢雲を構えて飛び掛かった。
絶対絶命の真だったが、距離感すら掴めない相手の突進に対し、正確に踏み込み、完璧なタイミングで天墜刃を振っていた。
しかし、土壇場の勝負強さも虚しく、叢雲から放たれた閃光は、恒星のようなラウインの光で淡く掻き消える。
ラウインの拳を受けてブラックアウトした真は、吹き飛ばされ、背後の岩山を貫通してもその勢いは留まらず、切り立つ幾つもの山々を貫きながら彼方へと飛んで行く。
「小僧! もし、お前に高みを目指す意志と信念があるのなら、俺の事象を跳ね除け、生き延び、再び、俺の前に立ってみせろ!!」




