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十一話 覚醒

 (しん)勝志(かつし)は、島の街並みが見渡せる高台を急いで登った。ラーラがその後から、パンツが見えないようにミニスカートを庇いながら付いて行く。

 港に続く道から、軍の車列が勢いよく街中に入って行くのが見えた。鳴り続けるサイレンの音と共に、緊急事態を知らせる音声が聞こえる。


 「アキナ(とう)全域に緊急警報! 西海岸に幻獣が上陸! 島内の住民は速やかにシェルターに避難して下さい!」


 「幻獣……!?」


 勝志が驚く。

 真は、やはりと思い、幻獣が現れた海岸の方向を見る。軍の車両が向かっているのを確認できたが、建物が邪魔で、現場の状況はよく分からなかった。

 しかし、ここから海岸まで、然程距離はない。


 「勝志! 君はラーラとシェルターへ行け!」


 「えっ、なに? 真は?」


 勝志が聞き返したが、真は構わず高台を駆け降りていた。ラーラが「真、危ないよ!」と声を掛けたが、その頃には元の道に戻り、街へと走っている。


 「しぇるたぁって……何処にあんだ?」


 勝志が戸惑った。

 アキナ島は、幻獣戦争の頃、島内の至る所にシェルターが作られた。それらは、戦後使用されていなかったが、不足の事態の為に整備されている。

 

 「こっち!」


 ラーラが勝志の手を取り、真の向かった道と別の道へ向かう。ラーラは、走りながら真が去って行った街中を見たが、既に、その姿は見えなくなっていた。


 真は海岸に向かって街中を走った。

 先程まで閑散としていたショッピング街は、シェルターに向かう人や、パニックになっている人で、まるで様子が変わっている。軍車両が道を塞ぎ、軍人達が、どうにか住民をシェルターに誘導しようとしていた。

 彼らに邪魔されないよう、真が裏通りに入った時だった。銃声が鳴り、その直後、爆発音が轟いた。悲鳴や「何事だ!?」といった、人々の叫び声が上がる。

 

 「えぇい!」


 真は状況を確認する為、裏通りの家の壁をよじ登った。上着から、新しく調達しておいたロープを取り出し、それを引っ掛けて、素早く高い屋根に登ると、轟音がした方向に煙が上っているのが見えた。

 丁度、リズ(ねぇ)のアパートの近くに、ひしゃげた車両が一台横倒しになっている。その横には血を流した兵士が倒れていた。

 やがて、真の目に、その惨劇を生み出した生き物の姿が映る。

 幻獣が街に侵入していた。


 ラーラは勝志を連れて、街外れにあるシェルターに急いだ。

 途中、風で麦わら帽子が飛んでいってしまったが、勝志の手を引き、父に渡す花束も大事に抱えたままなので諦めた。同時に、めくれるスカートを押さえる事も出来なくなっていたが、それも気にしている場合ではない。

 シェルターの場所を、ラーラは何となくしか知らなかったが、ある程度近くまで来ると、島民達が同じ方向へ向かうので安心した。

 勝志が、真は大丈夫だろうかと思った時、手を繋いでいたラーラの足が、再び止まる。

 

 「どうした!?」


 「こっちはだめ!」


 ラーラがそう言った瞬間、前方にある海へ続く水路から、何か長い物が飛び出して、先の道路を砕いた。シェルターに向かっていた人々が、悲鳴を上げて散り散りになる。

 水飛沫を上げて、長い脚を複数もつ巨大なイカのような幻獣が水路から姿を現した。その姿に、ラーラは空想の物語に出てくるクラーケンを連想した。

 慌てて逃げる女性が転び、クラーケンはそちらに意識を向けたようだった。ラーラが直ぐに駆け付けて助け起し、女性は再び走り出したが、代わりにクラーケンがラーラの方へ向かって来た。


 「おら!」


 勝志は、咄嗟に落ちていた石を掴んで、思いっ切りクラーケンに投げ付けた。しかし、幻獣は投石を全く気にせず、触手をラーラに伸ばす。

 勝志は、ラーラに飛び込むようにして、その攻撃を躱させた。クラーケンの触手が地面を抉り、ラーラが持っていた花束がバラバラになって吹き飛んだ。

 幻獣の力に、勝志が唖然としている間に、二本目の触手が襲い掛かる。

 

 「勝志っ!」


 その時、ラーラが再び勝志の手を取り、華奢な腕からは想像できない力で引っ張った。勝志の身体がふわっと宙に浮き、クラーケンの触手を躱す。

 

 「えっ!?」


 勝志が驚いた声を出す。クラーケンも驚いたに違いない、十本あるであろう軟体な脚を、更に繰り出してきたからだ。

 しかし、ラーラはその複雑な攻撃も、ギリギリで掻い潜る。勝志の身体は、まるで重量が無いかのように、その動きに追従した。

 ウィーグルの背に乗って飛んだ時の感覚に似ている、と勝志は思ったが、直後にラーラが「あっ」と言い、限界を迎えて転倒する。同時に勝志の身体も重量が戻り、地面に突っ伏した。

 

 「早く逃げるんだ!」

 

 「一斉射撃、撃てー!」


 勝志が振り返ると、軍が救援に現れ、クラーケンに銃撃を加えている。

 しかし、このイカのような幻獣の皮膚は、硬いのか柔らかいのか不明だが、銃弾ですら、勝志が投げた石と同じように、気にも留めていない。

  

 「まじか……!?」


 勝志が幻獣の防御力に改めて驚いていると、今度はクラーケンが墨を吐き出した。それは、海の中ではないにも関わらず霧散し、あっという間に周囲を覆い尽くす。

 

 「うわっ……」

 

 「み、見えない……ぐぁああ!!」


 視界を奪われ、混乱していた兵士達の声が、悲鳴に変わる。

 勝志には何が起こっているのか分からなかったが、それはクラーケンに叩きのめされた兵士達の断末魔だった。そして、その脅威が、闇の中で勝志とラーラにも迫る。


 「危ない!」


 突然、ラーラが勝志を驚くべき力で突き放す。勝志は地面を転がり、墨の煙幕が届いていない場所で起き上がった。

 程なくして煙幕が消えていった。視界が晴れると、勝志の背筋が凍った。クラーケンの触手がラーラ捕らえ、今に絞め殺そうとしていた為だ。

 

 「ラーラっ!」

 

 「うぅ……あっ……!」


 ラーラは、ミニスカートが触手にめくり上げられてしまい、リボンの付いた可愛らしいパンツが、丸見えになってしまっていた。どうにかパンツを隠そうとしていたが、直ぐにそんな余裕も無くなる。

 

 「きゃ……ぁあああああああああああああ!!!」


 触手が締め付け、ラーラが悲鳴を上げる。勝志は最悪の事態が起こってしまったと感じた。


 「ああああああああああああぁ……あっ……!!」

 

 ラーラが大きく痙攣し、ぐったりし始める。しかし、驚くべき事に、ラーラの身体は、幻獣の超常的なパワーに持ち堪えているようだった。


 「ラーラ……っ!」


 勝志が声を掛ける。

 クラーケンは、更なる力を加えて彼女に止めを刺そうとした。

 その時―

 

 「!?」


 突如、天から光の槍が降り、地に突き刺さる。

 槍は、ラーラを捕らえていた触手を斬り裂き、彼女を解放した。


 街に侵入した幻獣の一体が、建物や車両を叩き壊し、銃で応戦する軍隊を物ともせず、暴れ回る。真は屋根から屋根へ飛び移り、暴れる幻獣の真上付近に辿り着いた。

 幻獣は、巨大なトカゲのような見た目で、背中にトゲがいくつも生えていた。周囲に瓦礫と死体を散乱させ、火災の煙と土埃の中に立つ姿は、まるで怪獣映画のようだ。

 トカゲ幻獣は、軍隊が張ったバリケードを易々と突破し、逃げ遅れた一般市民に襲い掛かろうとしている。真は、咄嗟に低い屋根から飛び移り、倒れている兵士が落とした銃を拾うと、幻獣に向かって発砲した。

 銃の訓練を受けた事のない真の射撃は、正確ではなかったが、乱射した数発が幻獣の身体を捉えた。幻獣の骨張った身体は、傷一つ付かなかったが、此方に気を引く事はできたようだ。

 

 「掛かってこいよ!」


 真が幻獣を挑発する。その声が聞こえたかどうかは分からなかったが、幻獣は真の方を大きな目で睨み付け、真っ直ぐ突進してきた。

 それを見た真は、素早く建物の間に飛び込んだ。幻獣が入り込めない、小さな通路だ。

 

 ――ここなら手が出せない筈!


 真が勝ち誇って振り返る。

 幻獣は、確かに一旦は立ち往生したかに見えた。しかし、その身体が予備動作なく加速すると、容赦なく通路に突っ込んできた。

 当ての外れた真は、慌てて反対側へと走った。幻獣は、小道で流石にスピードが緩んだが、両側の建物を抉りながら突き進んで来る。瓦礫と共に真が通路から吹き飛び、広い通りに転がった。

 

 「ぐっ……!」


 辛くも逃れた真の目の前に、兵士が落とした物であろうサーベルがあった。

 広くなった建物の間から幻獣が飛び出す。真は飛び込むようにサーベルを掴むと、背後に迫った幻獣の頭に突き立てた。

 ガキンッと音がしたが、文字通り全く歯が立たなかった。それどころか幻獣は、サーベルに構わず顔を近付け、真に鋭い牙を剥いた。

 

 「ガァアア!」

 

 獲物の前で興奮した幻獣が、荒い息と共に意味の分からない声を発する。


 「くそっ……こんなヤツに!」


 真は、幻獣の進化の度合いは、知能がどれだけ発達しているかで決まる事を、集めた資料から知っていた。

 真は仰向けに倒され、突き立てたサーベルも徐々に押し込まれる。腕の包帯が解け、開いたままの傷から血が滴った。


 ――やはり、人間の力では幻獣には敵わない……っ。

 

 真は思う。

 こんな様ではウィーグルを探す事も、仇を取る事もできない。所詮、棲む世界が違う幻獣に、自分はどうする事もできない。

 だが、どうしても諦められない。

 幻獣の剥き出しの牙が、真の喉元に迫る。真は、怒りと恐怖、そして無念と執念が入り混じった、複雑な感情に駆られた。

 真は自分が死んだと思った。でなければ、こんな複雑な気持ちにはならないだろう。

 気付くと地面に押し付けられている感触も、押し付ける幻獣の重さも感じない。代わりに、周りのある物が、いやに正確に感じ取れる。

 砕かれた建物や瓦礫、抉れた地面、巻き上げられた砂、解けた包帯。……どれも些細な物だ。

 そう思うと、目の前の幻獣も、特別な物ではない気がしてきた。

 真は、今にも自分を喰らわんとする敵を、改めて見据える。突き付けたサーベルを押し込むと、弾丸すら通さなかった筈の幻獣の皮膚に、サーベルの刃が、今度は抵抗なく入り込んだ。

 

 「ギャアアア!」

 

 幻獣は、巨大な体に対しては、軽傷に見える刺し傷で悶えた。真は、そのまま幻獣を振り払うように立ち上がる。

 幻獣は後退りして真から遠ざかった。今度は明らかに、あちらが恐怖を感じている。

 何時の間にか、ラウイン・レグルスにやられた腕の出血が治まっている。

 真は、遂に幻獣に立ち向かう術を得た。

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