二十八話 太陽の地㊃
視界と森羅が効かない砂嵐の中を、真と勝志は、敵将ラウイン目指して進んで行く。
「地面から離れるな。身を低くして、確実に西へ進むんだ!」
真は、この手の状況に経験があった。深い霧に覆われた黄竜山を登った時だ。
あの時は地形を判断し、上へ上へと進んで山を登り切った。今度は砂丘を下り、岩山のだらけの地帯を目指せばいい。
最も、それはラウインが岩山の上から動いていない場合に限られたが、真には宿敵が、未だその場に留まっているという確信があった。
「屋根裏から更衣室を目指した時を思い出すぜ!」
こんな状況でも、何時も通りの勝志が言った。
二人は微かではあるが、近くに幻獣の気配を感じる時があった。しかし、その場合は素早く接触を避けるように距離を取る。
だが、それにも限界があり、此方の気配に気付いた幻獣が現れた。
「くっ!」
真の身体を氣弾が掠めた。
幸い、敵も此方を正確に捉えられていなかった為、直撃を免れたが、次々と飛んでくる氣弾が行く手を阻んだ。
「あいつだ! おれの頭を撃ったフンコロガシ! お陰でばかになっちまったじゃねーか!」
飛んできた氣弾を無敵拳で防いだ勝志が、敵の正体に気付いた。巨大なスカラベのような昆虫型幻獣ケプリの姿が、砂嵐の中に朧げに見える。
真は、この期に及んでラウイン以外の幻獣などどうでもよく、勝志に叫んだ。
「ここは任せる!」
真は、素早く砂嵐に紛れるように奥へと去った。勝志とて、修羅場は何度も潜っているので、幻獣一体くらいなら任せられる。
真が再び森羅で捉えられない距離に消えた為か、ケプリは勝志の逃走を妨害するかのように、その周囲を走り回る。
「へへん! どっからでも来やがれ!」
しかし、ケプリの狙いは違った。
昆虫幻獣は突如、ジャンプすると、勝志頭上を取った。その脚には、走りながらチャージした巨大な氣弾が抱えられている。
「で、でけぇ! うわああああ!」
拳の何倍も巨大になった氣弾は、流石に防ぎ切れない。
驚愕する勝志に巨大氣弾が落とされ、砂嵐の中に、更に膨大な砂埃が舞い上がった。
「くっ、見えない……っ! 奴らはどこに!?」
「ファイ様っ!」
「落ち着いて! 敵が前にいる事実は変わらない!」
動揺する部下達にファイが言った。
ファイは、幻獣がいると思われる正面に銃を撃ったが、手応えは得られない。味方も両隣りにいた数名のみしか確認できず、彼女は焦りを感じた。
しかし、巻き起こった時と同じように、戦場を覆う砂嵐は唐突に止んだ。
「!?」
――今だ! 攻撃開始!
幻獣アヌビスが、神託で味方に指示を出すと、エネアド軍が動いた。砂嵐に覆われる前と変わらない、綺麗な放射線状に配置されたままの幻獣達が、時間差攻撃を開始する。
「今度こそ来るよ! 迎撃用意―」
ファイは素早く味方に指示を出したが、自分達が思いの他、自軍から離れてしまっている事に気付いた。他にも砂嵐の中、不用意に動いた兵達が散り散りになっている。
「きゃぁあああああああああ!!!」
悲鳴が聞こえ彼女が振り返ると、両隣りにいた女性幽玄者が、平たい形をした蔓に絡め取られている。
露出した肌に食い込むように巻き付いた蔓は、とても自力では振り解けない。
「オシリスか! みんな、今助ける!!」
砂地に潜った植物幻獣の奇襲に捕まった部下を救おうと、ファイは蔓に銃口を向けた。
しかし、味方に当たるのを恐れて、中々、引き金を引けない。
「はっ!」
その間に、今度は地中から襲い掛かってきた鋏を、ファイは既の所で回避した。
化け蠍セルケトだ。陣形こそ一緒だが、敵の配置は基地での戦闘時と変わっている。
ファイは、鋏が掠めて乱れたパレオスカートを結びを解いて捨て、直ぐ様セルケトに銃弾を浴びせたが、硬い殻で覆われた背中で弾かれる。
ならばと、必殺の火球追葬で吹き飛ばそうと、生命エネルギーを溜めた。
「ぐっ!?」
しかし、その隙を突かれ、彼女の背中に敵の攻撃が当たった。
ファイが背を確認すると、それは十兵衛に切断された筈のセルケトの尾っぽだった。敵は、自分の一部だった尾を道連れにし、尚も武器として使っていた。
ファイは振り払うように銃剣を振って、尾っぽを切り捨てる。身体と繋がっている時程の脅威はない。
しかし、毒針に残っていた猛毒が全身を巡った。
「ぐっ……!」
空蝉が致死量を超える猛毒からファイを防御したが、動きの止まった彼女に、今度はオシリスの蔓が襲い掛かる。
複数本の蔓が、ファイの起伏に富んだ身体に絡み付き、彼女を宙に吊り上げる。
「し、しまった―」
そして、更なる蔓が乱舞して襲い掛かり、城壁を破壊する威力を持って彼女の全身を殴打する。
「うあああああああああああああああああ!!!」
破裂音のような乾いた鞭打ちの音と共に、ファイの悲鳴が戦場に響いた。
十二分にダメージを与えた時点で、オシリスは彼女を離した。勝負の行方を察したセルケトの姿は既に近くにはなく、二体は次なる獲物へと向かう。
「うっ……ぐっ……」
砂の上に突っ伏したファイは、どうにか這い擦って取り落とした銃剣を掴む。
大ダメージを負って幽世に居られなくなった彼女は、猛毒に対処できなくなり、意識が朦朧としてくる。
「…………っ……」
砂嵐が完全に消え去った事で視界が晴れ、青空が戻っている。宿敵のラウインも、岩山の上から動いておらず、戦況をじっと見守っていた。
「……ラウイン……っ!」
ファイは使命感から最後の力を振り絞り、宿敵を狙って銃剣を構える。
バビロン国で、故郷奪還を期待している人達の為にも、絶対に奴を倒さなければならない。
銃口を向けても、ラウインは此方など見ておらず、この大地―太陽の地の王として、そこに君臨し続けている。
事切れる寸前にファイは引き金を引いたが、放たれた弾丸は、ラウインの足下を虚しく穿っただけだった。
――――――――――――――――――――――
再び始まった戦闘は、エネアド軍の優位に進む。砂嵐の発生で、最も陣形が乱れたバビロン軍の隙を突き、甚大な被害を与える事に成功したのだ。
「……」
ラウインは立ち上がる。
最早、自分が戦闘に加わらずとも勝負は見えた。しかし、自分の首を狙う者が遥々やってきた場合は、大将自ら相手をする。それが、彼なりの戦いの作法でもあった。
ラウインが振り返ると、ウヴァルの砂嵐に紛れエネアドの陣を突破した一人の幽玄者が、岩山を登り背後に現れた。
砂に塗れた黒い髪をした幽玄者は、逆光の中、黄色の瞳を輝かせている。
その相貌は、完全にラウインしか映っていない。
「ラウイン!!」
真は戻ってきた。
一介の少年からすれば、別次元にいたに等しい相手の下へ、辿り着く術と、渡り合う力を身に付け。
リベンジャーとして―




