二十七話 太陽の地㊂
「来るぞ! ヤロー共、さっきのようにチョロくはいかなそうだぜ!」
ガイが再び、エネアド軍と白兵戦を開始しようと、二本の刀を構えたが、逸早く戦場の異変を察知した十兵衛が叫んだ。
「待て、左翼から何か来る!」
それは、黄土色をした突風にも見える、砂嵐だった。
猛烈な砂嵐は、あっという間に砂丘の斜面を覆い尽くし、突撃してくる敵の姿を隠して付近の味方の姿すら朧にした。
「撃ち方止め! 守りを固めろ! 前線に後退命令!」
砂丘上部にいる最高司令官が、砂嵐に巻き込まれた全部隊に素早く指示を出そうとしたが、直ぐにこの砂嵐が、自然現象で無い事が分かる。
「無線通信……全て、繋がりません!」
「何!? この距離でか!?」
長距離通信ならばさて置き、今は一定距離で通信部隊を控えさせている為、砂嵐だけで電波妨害が起こるのはあり得なかった。
しかし、実際に通信は繋がらない。加えて、砂嵐の影響は視界や電波だけに留まらなかった。
「くっ、森羅が効かない……!」
「クソッ、これに紛れて奇襲を仕掛けようって訳か! 望む所―」
「違う! 白兎隊、密集して守りを固めろ!」
十兵衛とガイが、敵の出方を伺っていると、直前に加勢に動いていたアベルが白兎隊本隊に合流し、味方に指示を出した。
「エネアドのウヴァルだ! ファイルの情報ではこの業は森羅を著しく弱める!」
アベルは砂嵐の効力から、これを発生させた幻獣の正体に気付いた。ラウインと共にカーネルにいると思われていた幻獣ウヴァルも、何時の間にか戦闘に加わっているようだ。
「隊列を乱すな! 敵の狙いはそれだ!」
左翼にいる真と勝志も、特殊な砂嵐の中で、敵を見失っていた。
敵に斬り込もうとしていた為、味方からも距離が離れ、付近にいる筈のバビロン軍の姿も見えない。
「わっ、口に入った、まじい! ぺっぺっ! 見えねぇ、天気予報見とけば良かったぜ」
勝志は事態を把握できていなかった。
一方、真は、この砂嵐を逆手に取れると判断した。
「チャンスだ……!」
森羅が効かないのは、何も自分達だけではない筈だ。
その証拠に、眼前に迫っていた敵が、何時まで経っても攻撃を仕掛けてこない。
「今なら敵陣を突破できる……!」
ラウインがあの岩山から動いていないのなら、敵陣さえ素通りできれば奇襲を掛けられる。
道中、偶然、鉢合わせる幻獣がいるかも知れないが、敵将の首を狙うには、潜在一隅の機会になり得た。
「行くのか? 真」
勝志が聞いた。無茶な冒険に出る前に、よくする確認だ。
「君は付いて来るかい?」
真も勝志に聞いた。
チャンスと言っても、あくまで戦闘を仕掛けられるという事だけだ。見事成し遂げても、敵陣の最も深くで、孤立無縁の戦いを強いられる無謀な手だった。
「食べ物も……女の子もいないけど」
真は、勝志が戦う理由を思い出して、付け足した。
「真は行くんだろ? なら、行くぜ! おれが戦う理由は他にもあるんだ!」
勝志がノータイムで答えた。
真は勝志の思考を理解できなかったが、頼もしさを感じる回答だった。
「よし! 地面を離れないで、ゆっくり進む! 目標はラウインだけだ!」
「分かったぜ!」
真には、宿敵に辿り着ける自信があった。
かつてラウインに付けられ、とっくに治った筈の腕の古傷が、チリチリと鈍い痛みを放っている。ラウインの起こした事象が、ラウインの前では全てだというように、抗えない影響力を与えていた。
その影響力が強まる方へ向かえばいい。
「人生は一度きりだけだ。……だったら、冒険しよう……!」
黄竜山を登った時、今は右手にある叢雲が、真に道を示していたように、今はラウインが、真に修羅の道を示しているかのようだった。
「待っていろ……。ラウイン……!!」




