二十六話 太陽の地㊁
追撃の移動は速やかに行われた。
戦車部隊を先頭に、装甲車、ジープに乗った兵士達が次々と砂丘を上がる。負傷兵は退避し、ヘリオポリス基地は事実上放棄された。
負傷者を出したバビロン軍の戦力を補う為、白兎隊の守る右翼から、ファイ達の守る左翼に、見知った仲の真と勝志が派遣された。
「頼もしいよ! やっぱうちに入ってくれればいいのに!」
「敵は砂丘の向こうで待ち構えています。今度こそ、打ちのめすチャンスです……!」
ファイを含む、ビキニ部隊に歓迎された真は、視線を逸らすように前を見て言った。
ファイも決戦を前に、味方を鼓舞する。
「みんな! 厳しい戦いになると思うけど、ここが父や母、祖父、祖母が帰りたかった、私達の国だよ! 行こう、我らの太陽を取り戻す為に!!」
砂丘上部に、戦車、装甲車がずらりと並び、城塞と遜色ない砲撃能力が備わった。どの部隊も、先程と変わらない戦闘ができる状況が整う。
「エネアドの様子は……」
エネアド軍は陣形を立て直し、砂丘下の岩山が点在する砂地に布陣していた。彼方も、先程の戦闘開始時と、殆ど変わらない様子を見せている。
ただ、一点を除き―
「……!?」
「アレは……!?」
兵士達が挙って敵軍中央に注目した。
そこには、たった一点でありながら、戦場に徹底的な差異を齎す存在の姿があった。
「ラウイン……レグルス……っ!」
「……ラウインだ……!!」
エネアド軍の中央後方、高い岩山の上に、獅子の姿をした大型の幻獣の姿があった。
ラウインは、丁度、西に沈む太陽の光を強く受け、金色の毛並みが眩く輝き、その雄々しい姿が、全ての兵士の目に猛烈に焼き付いた。
「し、司令官!」
「狼狽えるな! 敵が一体、増えただけにすぎん! 百の兵と幽玄者十人、奴に備え、待機!」
全軍が浮足だった。
目の前に現れた敵将は、幻獣戦争の最初の火蓋を切り、半世紀に渡り人類に牙を剥き続けている、伝説的な存在だ。六幻卿といわれる幻獣勢力最強の一角であり、単騎で戦場に及ぼす影響力も計り知れないものがある。
ラウインが戦場に現れるだけで、兵士達は動揺し、反対に幻獣達の士気は上がった。
「敵軍、動き出しましたっ!」
間を置かず、エネアド軍が動いた。先程と同じ、放射線状に部隊を広げながら進軍する、日輪の陣と呼ばれる陣形だ。
幽玄者の森羅を掻い潜り、自軍に合流した大将ラウインは、陣の後方から動かず、高い岩山にそのまま鎮座した。
「撃ち方用意! ……迎撃開始!!」
一方、人類側は、移動の混乱と動揺が相まって、攻撃開始に手間取った。敵が射程に入った時点での砲撃、射撃は、やや、まばらになる。
「チッ! ちょっと状況が変わっただけで、これかよ!」
ノームが味方の体たらくを見て憤り、幽玄者部隊の射撃を早めに開始しようとする。
「度胸が足りないのよ! シルフィー!」
「はい!」
浮足だった兵士達の弾幕を、容易に突破する幻獣達を迎撃する為、イフリータ、シルフィーが、ランチャー、拳銃をそれぞれ構えた。
「敵の勢いが削れていない! 俺も前に出る! ここは任せたぞ!」
「あいよ!」
アベルがディーンに告げた。
猛進する敵に対し、負担が増えるであろう前線の隊士達を救援する為、アベルは砂丘を下った。
――ラウイン……! 来ると思っていた……!
ヘリオポリスの兵士達の中で、敵将の登場に却って士気を高めた者達がいた。
真とバビロン軍の兵士達である。
真は、まるで再会を約束していた友人を出迎えるような気持ちで、宿敵の姿を見た。
燻っていた炎がついに燃え、灼熱の外気よりも、高い熱が、体の内側から放たれるようだった。
熱を帯びたように輝く叢雲を真は握り締め、向かって来る敵軍に突撃した。そして、同じように闘志を燃やしたバビロン軍が続く。
――収まらないんでね! ……あんたにやり返さないと!
しかし、そんな、真とバビロン軍の気勢を削ぐように、突然、戦場に巨大な砂嵐が発生した。




