二十三話 ヘリオポリスの戦い㊂
砂丘を下るエネアド軍の姿は、ヘリオポリス基地の各部から確認できた。
艶のある黒毛のジャッカル、アヌビス。化け蠍、セルケト。不死鳥、ベンヌ。ミイラのように見える植物幻獣、オシリスなど、軍のファイルに記録されている強力な幻獣達の姿もある。
「撃ち方、用意! 早まるな、敵が射程に入るまで引き付けろ!」
砲撃部隊の指揮官が、部下に指示を飛ばした。
全ての兵が、ここが戦闘を行う最前線の基地である事、敵が必ず現れる事、その為に城塞の強化と訓練を行ってきた事を理解していたが、いざ、百近い幻獣を目の当たりにすると、発せられる威圧感を誰もが感じ、震え、緊張し、砂漠の気候と相まって、喉がカラカラになった。
やがて、大砲や長距離砲の有効射程に、敵軍が入った。
「今だ! 砲撃開始!!」
指示が飛ぶや否や、震える手を動かしたくて堪らなかった兵達が一斉に砲撃、射撃を開始した。
砂漠の乾いた空気に、炸裂音が響き渡る。
「来たぞ! 散開し突撃!! 大地が誰のモノか、ニンゲン共に教えてやれ!」
城塞からの攻撃を感知したアヌビスが、素早く幻獣達に指示を出した。
ゆっくりとした足取りだった幻獣達が、機敏に動き出し、砂丘の中腹から全方向に、綺麗な放射線を描くように飛び出して行く。基地にいる人間から見ても、非常に統率の取れた動きに見えた。
「避けるまでもないわ!」
セルケトが叫んだ。
幻獣達は、砂丘の斜面に雨霰と降る爆弾、弾丸を、神足で素早く回避、または、彼女のように空蝉で防御しながら、怯む事なく基地へと向かって来る。
兵達は、嵐のような爆撃をものともしない幻獣達に、苦虫を噛み潰しながらも、一矢報いようと攻撃を加え続けた。
「まっ、仕方ねぇ……! 足の小指くらい痛めてくれりゃ充分だ!」
ガイが二本の炎龍刀を抜きながら、皮肉を言った。
部隊の最前線に配置された白兎隊は、遠距離攻撃を潜り抜け、基地内へ侵攻しようとするエネアドを迎え撃つ構えを取った。
「敵を退かせる事を意識しろ。城塞を背にして戦え!」
十兵衛も愛刀、太刀魚を携え、隊士達に指示を出す。
しかし、彼らと幻獣達が衝突する前に、城塞の屋上にいるプロヴィデンス軍からの移籍組、アベル、シルフィー、ディーン、イフリータ、ノームが行動を開始した。
「シルフィー! 敵正面、角度三十度を狙え!」
「はい!」
アベルの指示で、最初にシルフィーが、柔らかそうな太ももに付けたレッグホルスターから、拳銃を取り出して構えた。
その銃の射程距離には、敵がまだ入っていないように思われたが、シルフィーは構わず引き金を引く。
「シールドショット、行きます!」
シルフィーの銃からは、通常の弾ではなく、半透明の氣弾が放たれた。
五発放たれたそれは、散開した敵軍のほぼ中央へ向かう。そのまま基地との境辺りの上空で、敵に当たるかと思われたが、空気でできたような弾は、敵の眼前で形を変え、まるでビニール傘が開くように大きな薄い円形の膜になった。
「!?」
突然、目の前に設置された半透明の壁に、空中を飛んでいた数体の幻獣が衝突し、行く手を阻まれた。
これこそ、戦艦の訓練室で勝志が暴発させた弾を防いだ、シルフィーの業であった。
「よし、ディーン!」
「ショータイムだ! 任せとけ!」
続いて城塞の胸壁に格好付けながら飛び乗ったディーンが、二丁のショットガンを構えた。
ディーンは、無造作に引き金を引いて乱れ撃った。弾丸は、やや、在らぬ方へ飛び、シルフィーの作ったシールドの側面を抜けて行く。
「跳ねろ! スプラッシュバレット!!」
ディーンがショットガンを振ると、弾丸がそれに応えるように突如、軌道を変えた。
シールドに進行を妨害されていた幻獣達の側面から、弾丸が襲い掛かる。
「ぐあッ!」
「ッ……幽玄者の業だ! 回り込め!」
「させるか! イフリータ! ノーム!」
シールドを迂回しようとする幻獣達を見て、アベルが即座に次の指示を出す。
今度は、ロケットランチャーを肩に担いだイフリータと、背負い式のガトリングガンを装備したノームが前に出た。
「受けてみなさい! アタシのバズーカ!」
真紅の派手なブラとパンツ姿のイフリータが放ったロケット弾は、シールドを迂回しようとした幻獣に当たり、派手な爆破を起こす。
爆風は幻獣に挿したるダメージを与えられないが、同時に飛んだ破片が、イフリータによって道連れにされ、身体を引き裂く威力を発揮した。
「蜂の巣だ! 地獄へ送ってやるぜ!」
同様に、シールド同士の隙間を通り抜けようとした幻獣に向かって、ノームは重そうなガトリングガンを軽々、持って乱射した。
絶え間なく放たれる幽世の弾丸には、幻獣も堪らず、大ダメージを受けて落下する。
「いいぞ! 次、西南西、二十五度方向!」
「ラジャー!!」
アベルが次の敵部隊に狙いを定め、四人に指示を出した。
「アイツら……!」
「目立ちやがって!」
「……ブラジャー!?」
見事な連携で、敵を迎撃する余所者隊士達の活躍を見た既存隊士達は、決して褒め言葉は発しなかった。
しかし、彼らが実戦で通用する力量を持つ事は、認めざるを得なかった。




