十六話 ミッション㊀
リビュア東部にある巨大な山、月の山脈。名前の通り、山肌が月明かりを反射し、美しく輝いているこの山々は、ナイル川の源流であり、かつて、この地にいた人類には、神聖な地とされていた。
そんな人類を追い出し、この地に君臨した一体の幻獣、エネアドの王ラウインは、山脈の一角にある大きな一枚岩の前に座っている。一枚岩は、鏡のように輝いているがラウインの姿は映らず、別の洞窟のような場所が映し出されていた。
「プロヴィデンスが動き出した。此方の情報では一万の兵と幽玄者百人を派兵するそうだよ」
「構わん。物の数ではないわ。火の月までには俺も軍に合流できる」
「プロヴィデンスは、きみが中央にいる内にエネアドに打撃を与えたいんだろう……。愚か者が考えそうなことさ」
鏡岩の向こうにいる人物と、ラウインは話している。
白髪で、ローブの下に鼠色の見窄らしい服を着た少年だ。前髪が目元を覆い、顔は良く見えないが、手で膝を抱え、子供のような三角座りをしていた。
少年ネスとラウインの足元からは、六枚の翼が六方向に広がった形状のオーラが伸びている。アクアトレイ、幻獣が輿地と呼ぶこの世界には、稀にこうした幽世の空間があり、特殊な繋がりを持つ者同士の神託による意思疎通を可能とした。
「ぼくも援軍を率いてなるべく早くそちらへ行くよ。きみには死祖幻獣軍を興して貰った恩がある。指導者として、恩に報いないとね」
「あれはお前の成果で俺は助力しただけだ。戦力については問題ない。クレセントにいたシムルグの残党が傘下に入った。我が軍勢だけで追い返せる」
ネスの援助をラウインは断った。切り札は取っておく。そんな物言いだった。
「悪いね。これはきみの求める戦いではないだろうに……。ヴリトラに兵を与え、改めてアジアの攻略を指示した。これで人類が西側だけに戦力を集中する事はできない」
「何であれ、降りかかる火の粉は払う。……それに俺は戦いを避けている訳ではない。この世を更なる高みへと押し上げてみせると言うのなら、お前に道を切り開いてやろう……!」
「……楽しみだよぼくは。その道を歩く刻が―」
指導者ネスはそう言った。互いが神託を解き、鏡岩は元の素っ気ない鈍色の岩に戻った。
ラウインが立ち上がり、自軍の待つ遥か北を向いた。控えていたラクダの悪魔幻獣ウヴァルが、ラウインに聞く。
「子供の夢に……お前は何時まで付き合うつもりだ?」
ウヴァルは、霧散していく死祖幻獣軍の紋章を模っていたオーラを、何時までも目で追っている。
ラウインは言った。
「敵は同じだ……。無論、老いて死ぬまで……!」




