十五話 魔女の島㊄
ラーラを追って、真と勝志が、近場に軍車両が停められた対岸に辿り着いた頃には、軍用ボートが島から戻っていた。乗っている兵士に囲まれた小さな檻には、捕まったレムリンが入れられている。
「レ、レムリンっ!」
ラーラが、ボードから車両に運ばれようとしているレムリンに近付こうとしたが、待機していた兵士がラーラを引き止めた。
「危険です! 下がってください!」
「待って! その子は……危険じゃないの!」
警戒心の薄いレムリンは、ラーラと一緒にいた事もあって人に慣れてしまったらしく、あっさり捕まってしまったようだ。
しかし、流石に檻に入れられるのには抵抗したのか、引っ掻かれた兵士が腕を押さえている。今もレムリンは檻の中でシャーシャー唸り、全身の毛を針のように逆立ていた。
「レムリンっ!!」
ラーラが兵士を振り切り、檻に近付いてレムリンを呼んだが、レムリンは唸り声を上げ続けた。爪と牙を剥き出しにする姿は、本当に凶暴化してしまったかのようだ。
「酷いよ……っ! レムリンをどこへ連れて行くの!?」
涙目になるラーラを取り巻く兵士達は、宥める仕草をしたが、豹変しているレムリンを前に、余り同情はしていないようだった。
「言った筈です。貴方とその生き物は違う世界の存在……どちらかがどちらかを管理しなくては―」
「ルーガルー……」
「やがて、争いになる……!」
エインヘリャル聖騎士団のルーガルーが、ゆっくりとした足取りで真と勝志の後ろに現れた。彼も同情はしていないようで、ルールに準ずるといった冷淡な態度だ。
「ご安心下さい、ラーラ嬢。レムリン? ……なら、まだ幻獣化して間もない様子です。この生物は、エインヘリャル管理下の施設へ、我々が連れて行きます」
ルーガルーが言った。
しかし、気休めだ。そこへ行けば幻獣化が収まる訳ではなく、危険と判断されれば処分される可能性は十分にある。
「だ、だめ……!」
「連れて行け!」
ラーラの声を掻き消すように、ルーガルーが兵に指示を出した。
「だめ! 待って!! レムリンは危なくないのっ!!」
「そうだぞ! まだパンチもできねぇ!!」
ラーラに続き、勝志が抗議した。
しかし、ルーガルーが呆れた様子で言った。
「貴方は幻獣を始末するのが仕事でしょう? 監視、ご苦労でした。後は此方が引き受けます」
「カンシ? って何だ? ちげーよ! おれの仕事はそうかもしれねーけど、こいつはラーラが育てるんだ!」
勝志が、やや無茶苦茶な事を言った。
檻の中で唸り続けるレムリンが、ラーラから引き離され車両に乗せられる。唸り声が悲しい響きを帯びていた。
尚も引き下がらず車両に近付くラーラに、勝志も続こうとしたが、真が引き止めた。
「なにすんだよ!?」
真は何も言わず頭を振った。
ルーガルーと兵士達、そして、レムリンを乗せた車両が泥を跳ね飛ばしながら去っていく。
岸にはショック状態のラーラと、真と勝志だけが取り残された。
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雨粒がルテティアの街の、美しい石造りの建物を軽快に叩き始めた。真、勝志の故郷カーネルの、荒々しい雨に比べると、穏やかで品のある音を奏でている。
「うう……ぐすっ……」
真と勝志は、啜り泣くラーラを連れて、彼女の屋敷まで歩いた。ラーラの顔は、ぐしゃぐしゃに濡れ、涙と雨がごちゃ混ぜになっている。
「しっかりしろって……まだ、大丈夫だ。あっ、おれが取り返しに行ってやるよ」
こういう時、慰めて上げるべきだと真も思ったが、勝志の言葉が虚空に消えていくように、どんな言葉を掛けても虚しく思えて、結局、言葉が出なかった。
屋敷では、執事達がラーラの帰りを待っていた。その中には、昼間は不在の事が多い父親であるゼフィールの姿もあった。
「パパ……!」
ラーラが父親に縋る様に抱き付いた。真と勝志は、バツが悪そうにしながらも、ラーラを託せて安堵した。
ゼフィールは、優しそうに娘の頭を撫でていたが、真は、政治家特有の腹黒さを彼から感じ取った。娘の安全を考え、部隊を派遣したのは間違いなく彼だろう。
役割りのない真と勝志は、そっと、その場を離れようとした。
去っていく二人に気付いたラーラは「じゃあね、送ってくれてありがとう……」と精一杯の笑顔を作って言った。
真は、大使館へ戻る道中、憤りを感じる自分を、どうにか抑え付けた。
結局、あのルーガルーとかいうヤツの言う通り、幻獣は敵。レムリンは排除すべき存在である。それが正しい判断だからこそ、真はラーラに何もしてあげられなかった。
「親になってみればいい」などと言った癖に、白状に思えた。勝志のように何も考えず動ければ、どれだけ楽であろうか。
ラーラは、大きなショックを受けているが、時が経てばきっと立ち直れるだろう。
例え、レムリンが処分されても、芯の強いラーラなら、恨みや憎しみに駆られたりはしない。真とは違い……。
一方、真の頭には、一つの想像が浮かび、それが何時までも離れなかった。
レムリンが入れられていた檻よりも、ずっと大きな檻に入ったウィーグルが、兵士に囲まれて、車両に乗せられている。
仮に、その想像が現実で起こったら、自分は同じように手を出さず見送るのだろうか?
真はウィーグルの仇を撃つ為に、幽玄者になり、白兎隊士になったのだ。もし、ウィーグルが人間に殺されてしまったのなら、自分の恨む対象は幻獣ではなくなる。
そうなれば、今の自分の立場は、百八十度変わる事になるのではないか?
真は自分という存在が、非常に危うい土台の上にいる気がした。
大幅に遅刻した二人を、ガイを始めとする先輩隊士達が、ここぞとばかりにバッシングした。
雑然とした中で、真は、有りもしない事を考えるのをやめた。




