九話 入隊試験
真と勝志は、対幻獣戦闘組織―白兎隊の入隊試験を受ける事を希望した。
ウィーグルと交渉し、真と勝志の処遇を決める事となった白兎隊の男の名は、バン・ランジというらしい。サバサバとしたランジは、二人をグレイス邸の近くに設けられている、軍の野営地へと連れて行く。
真は、試験とはどんなものかと想像した。白兎隊という組織の名や、ランジの格好から「武道に通ずる能力を求められるのでは?」と予想する。
真と勝志は、チャンバラやケンカといった、ルールがないものは得意だったが、スポーツや武道など、決まり事があるものを苦手としていた。
小学生の頃、一度、武術の大会に出た二人だったが、反則技を使い(勝志はルールを理解していなかった)失格になった経験もある。
しかし、幻獣と戦うのにルールが必要だとは思えない。真は、組織が如何なる素養を求めているのか考えながら、ランジの後を歩いた。
野営地のテントの一つに近付くと、二人の男が待っていた。二人共、ランジと同じ羽織りを着ている。
「急いで来てみりゃ、入隊テストだぁ? あんたが冗談言うなんて、珍しいじゃねぇか!」
男の一人が言った。
緋色の髪をした、背が高くガッチリとした体型の男だ。羽織りの下の道着は袖がなく、イアリングや金属のアクセサリーを、首や腕にチャラチャラ付けている。上半身には刺青も確認でき、侠客、というよりはヤンキーのような印象を与えた。
「だが、さっぱり面白くねぇ。なぁ十兵衛」
「……ふん」
チャラチャラ男が同意を求めたが、十兵衛と呼ばれたもう一人男は、鼻を鳴らしただけで、何も言わなかった。
こちらの男も背が高かったが、細身の体型をしている。袴を履いた完全な和装で、身に付けている物も、左手首の数珠くらいである。僧ではないようだか、青みがかった黒髪と切れ長の目が、冷静な印象を与えた。
対照的な二人のようだが、どちも二十歳になるくらいの若者に見えた。
「俺は冗談が嫌いだ。ガイ、十兵衛、言った通り試験の相手をしてやってくれ」
「オイオイ、マジか?」
ランジの言葉を信じられないチャラ男―ガイが、ヤンキーのようなケンカ腰の姿勢で、真と勝志を値踏みした。
「あり得ねぇぜ、こんなガキ共」
素行の悪さなら負けない真と勝志の太々しい顔を見て、ガイが付け足した。
「無論、落としてくれて構わない。真、勝志、幻獣と戦うのは命懸けだ。試験はその覚悟を見極める為にある」
ランジの発言に、真は、この男の狙いに気付いた。
この堅物そうな男が、何の縁もない真と勝志に組織を紹介するなど「親切すぎる」と思っていたからだ。どちらかと言えば彼は、二人の事を迷惑がっている。
これは、諦めさせる為の試験。
真は、そう確信し「だったら好きにやらせてもらう」と心に決めた。
――それに確かめたい事もある……!
「試験は木刀での立ち合いだ。そうだな……擦りでもしたら合格でいい」
ランジがテントから持ってきた木刀を渡し、試験内容と舐めた合格条件を言う。
「オイオイ甘やかされてんなぁ、坊っちゃん達。それで合格出来なきゃ惨めだろ? 可愛そうだから、次いでに二人掛かりでいい事にしてやるよ。そう言う訳で十兵衛、テメェの出番はねぇ」
ガイが十兵衛から木刀を引っ手繰りながら、更に舐めた発言をした。
「立ち合い試験は一対一が決まりだ」
十兵衛という男が、ここで初めて口を挟んだ。
真は、この組織がどう幻獣と戦うのか想像出来なかったが、彼らが普段、訓練しているのであろう剣術で勝つのは厳しいと判断した。
「じゃ、こっちは勝志から」
真は木刀を勝志に渡した。先に勝志を挑戦させ、相手の出方を伺う作戦だった。
「よっしゃ、行くぜ! 擦れば勝ちなんだろ!?」
そんな真の意図も、舐められている事も知らず、勝志は意気揚々と木刀を掲げて、ガイと向かい合った。
「一本勝負だ、始め!」
ランジが立ち合い開始の合図をした。
「くらえ、エクスカリバーを! おらー!!」
始まるや否や、勝志が隙だらけの大振りで打ち掛かった。
「オイオイ」
ガイは呆れた様子を見せたが、勝志の隙は突かなかった。殆ど棒立ちのまま防御の構えを取る。
二本の木刀がぶつかり、乾いた音が鳴った。大人顔負けの怪力を持つ勝志の渾身の一撃だったが、ガイは、それを片手で持つ木刀で防いだ。
「あ、あれ? うおー!!」
これには勝志は勿論、真も驚いた。
勝志は、鍔迫り合いで押し込もうとするが、びくともせず、ランニングマシーンで走っているような状態になった。
「ハハハッ、それで全力か?」
勝志は何度も木刀を打ち込んだが、ガイは全て涼しい顔で受けている。
「やっぱガキは力がねぇな!」
そう言って押し返すと、勝志が持っていた木刀が、あっさり手から離れて飛んで行く。しかし、これは半ば、勝志が自ら手放した所為もあった。
「くそー、剣が駄目なら拳だ! おりゃー!!」
今度は勝志が拳で撃ち掛かった。完全に反則だが、相手はこの攻撃も空いている方の手で軽く受け止めてしまった。
「おいおい、頭おかしいんじゃねぇか?」
もっともなガイが、勝志の頭を木刀で叩く。
「いってーっ!!」
石頭の筈の勝志が、もんどり打った。
「そこまでだ。次、十兵衛、真の相手を」
ランジは勝負ありと判断した。「出直して来な」と言いガイが下がる。
真は勝志が落とした木刀を拾い、十兵衛の前に出る。十兵衛はガイとは違い、キッチリ真を見据え、油断なく構える。その姿は、何処か達人然とした雰囲気があった。
「始め!」
真は、とても付け入る隙が無いと判断し、慎重に横に動きながら様子を伺う。その間にも、十兵衛が構えを崩さないままゆっくりと間合いを詰めた。
じわじわと接近する十兵衛が、木刀の届く距離に入った。
瞬間、真は動いた。相手の目を狙った容赦のない突きを繰り出す。しかし、十兵衛は素早く反応し、その攻撃を防いだ。
この時、体制を崩されたフリをした真は、ルール無用の手段に出た。
着ていた上着を振り払って、相手に被せるように脱ぎ捨てる。そして、視界を奪った所に、渾身の一撃を叩き込んだ。
「……っ!」
鈍い音がし、真が木刀を取り落とした。
十兵衛は、真が木刀を振り下ろした時、その手首が下りる位置に、自分の木刀を滑り込ませ、真を自滅させていた。
「そこまでだ!」
「……ちぇ」
真は打ち付けた手首を庇いながら、苦々しげに相手を見た。しかし、十兵衛は真の上着を頭から被った滑稽な格好のまま、残心を取っていた。
「お前達は勢いや奇策で物事が好転すると思っている。だが、ここで通用しない事は何一つ、奴らに通用しないと思え!」
真が、冷静過ぎる相手から、上着を返してもらった後、ランジが言い捨てた。
「そういう訳だ。不合格、不合格!」
ガイと言う男が嘲るが、真は意地を張る気も起きなかった。チラリとランジを見たが、険しい表情のまま何も言わない。
――結局、門前払いを喰らっただけか……。
遅かれ早かれ、組織の存在を知れば真と勝志は入隊を希望してくる。それを見越してテストしたのであろう。
真は勝志に声を掛け、さっさとこの場を立ち去った。
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真と勝志は、今朝歩いた森まで戻り、そこの小川で打ち付けた患部を冷やした。
勝志は、たんこぶができた頭を川に突っ込みながら、さっきの立ち合いを反省している。
「しっかしすげぇ力だった。どうやりゃ勝てっかな……。そうだ足か? 足を狙うか?」
「今の僕らじゃ、逆立ちしても無理さ」
真が冷静に実力差を分析するが、足狙いの勝志は「逆立ちでも駄目かぁ」と勘違いしていた。
しかし、大事なのは勝敗では無い。
「幻獣と戦う専門家? ……あれでも不十分だね」
確かに立ち会った二人は、凄腕の持ち主だった。しかし、宙を自在に舞い、大木の重さをものともせず、地面を割る程のパワーを持つ幻獣と渡り合う。……となると話が違ってくる。
真は彼らが、幻獣と戦う特殊な手段を持っているに違いないと考え、それを確かめたいと思っていた。しかし、どんなに達人と言える領域に達しても、槍や刀で幻獣に挑むのは、命が幾らあっても足りないと感じていた。
「真、大丈夫か?」
「……ああ」
勝志が真の怪我を心配した。立ち合いのものではなく、ラウイン・レグルスから受けた傷だ。グレイス邸で治療は受けたが、再び血が滲み出ていた。
真は包帯を取り、患部を洗った。
数時間は経っている筈だが、未だに傷を受けた直後と同じ様に裂けていて、塞がる気配が無い。ウィーグルも怪我をしていたが、あの傷も治るのに時間が掛かっていた。
真は、果たして自分、或いは人類が、幻獣に対抗する術があるのだろうかと、悲観的な感情を抱いた。
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「しっかし、偉い見当違いだったなぁ。ランジさんよぉ」
真と勝志が去った後の軍の野営地で、ガイがランジを詰った。
「あれじゃ、猪にも敵わねぇだろ」
ガイと十兵衛は、幻獣軍のカーネル諸島侵攻の報せを受け、既に、ウィーグル・アルタイル討伐の任務で、アキナ島に入っていたランジに合流した白兎隊の隊士だった。今は他の隊士達と共に、アキナ島の守備を固めている。
そんな非常時に、新入隊士の試験など、どれ程の逸材が現れたのかと二人は思った。例えそうでも、こんな遠征先で試験など、基本はあり得ない。
「副長だからって、勝手は困りますぜ」
ガイが更に詰るが、ランジはテントの前にある岩に腰掛けたまま、深刻な表情している。
十兵衛が聞いた。
「幽世の才を認められるので?」
「……ああ」
一瞬、間を置きランジが答えた。
「まさか……!? 気付いたか?」
ガイが驚き、十兵衛を見る。十兵衛も「いや」と否定した。
「確認されたのですか?」
「いや、俺も見てはいない」
「じゃ、誰が見たんだよ」
歯切れの悪いランジに、ガイが苛立ったように聞いた。
ランジは険しい表情で二人を見て言った。
「幻獣だ」