表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある主人と従者の話  作者: りの
5/7

05.林間学校の幕開け

そうして迎えた林間学校。

八時に学校に集合……なのだが、


「おーい、六花。そろそろお屋敷出ないと……」


なぜか六花が自室から出てこない。

朝食をとって、「鞄持ってくる」と言って自室に戻って以降、六花は姿を見せていない。

僕は呼びかけながら、もう一度扉をノックする。


「おーい。六花?」


「……」


相変わらず返事は無い。

着々と集合時間が近づいている。

これ以上長引くと、間に合わなさそうだ。


(六花には申し訳ないけど……)


そう心の中で、あらかじめ謝罪をしてから、僕はドアノブに手をかけた。

その手に力を込め、扉を開ける。


「入るぞー」


六花の部屋に踏み入ると、可愛らしいベッドの上で、すぅーすぅー、と寝息をたてている六花の姿が目に入った。

彼女の頭の近くには学校の鞄が置いてある。

とにかく、だ。

起こさなければ、一生に一度の林間学校に遅れてしまう。

僕も、六花も。

僕は申し訳なく思いながらも、六花の体を優しくさする。


「ん……ぅん……」


聞こえてくる、妙に生々しい呻き声。

基本的に六花はオンオフの差が激しいお嬢様だ。

メリハリがついている、と言えば聞こえは良くなるか。

僕はもう一度、六花の体をゆする。


「おーい。おーい」


「ん……おはよう、優希」


「ん、おはよう。二度寝にしてはよく寝てたね」


「にど……あ!!!」


パッとベッドから勢いよく起き上がる六花。

どうやら今日が林間学校だということを思い出したみたいだ。

僕もベッドから起き上がる。


「じゃあ、行こうか」


「う、うん……って一緒に行っていいの?!」


確かに、いつもは時間をずらして屋敷を出ているが、


「今日は林間学校だし、たまたま遅刻しかけたって言えば不思議には思われない……はず」


「ま、まあそれもそうよね……」


「そんなに心配なら、僕があとで猛ダッシュして行こうか?」


「いや大丈夫よ?!そう、大丈夫……なはず」


「ならいいんだけどさ」


そう言って、僕はドアを開け、六花を先に部屋から退出させるのだった。




学校の前には四台のバスが停まっていた。

左からA組、B組、C組、D組のバスらしい。

ということで、僕と六花は左から二番目―――すなわちB組のバスに乗り込む。

もちろん少し時間をずらして。

六花がバスに乗り込んだ三十秒後くらいに僕が乗り込む予定だ。

なので駐車場から少々離れたところで、ぼーっと立っていると、


「おはようございます、優希くん」


横から優しい声が聞こえた。

昔から聞き慣れている声だ。

僕はその声の方を向き、


「おはよう、恵美」


挨拶を返した。

そこには、長く伸びた綺麗な銀髪、小動物のような小柄な体、そして天使のような微笑みを浮かべている、僕の幼なじみ―――西園寺恵美がいた。

恵美は僕や六花とは違うC組なのだが、出発までまだ時間があるので、話しかけてきたのだろう。


「林間学校楽しみですか?」


「それはまあな……楽しみだよ。一生に一度の大イベントだからな……って何でニヤニヤしてるんだ?」


僕がそう聞くと、恵美は相変わらず可愛く微笑みながら、


「だって、昔の優希くんはこういうときでも、笑顔の一つも零しませんでしたから……なんだかな、って」


いや、今も笑ってはいないからな?

でも。

空を見上げながら、僕は昔を懐かしむように言を零す。


「そういやそうだったな……」


「はい。昔の優希くんは働いている時はもちろん、私と遊ぶときでさえも笑いませんでしたから」


だから、今も笑ってはいないからな?


「なにを考えていたのか……それすら私には分かりませんでした」


「あのときは、悪かった。僕も……」


「知っていますから……ですから謝らないでください」


「知っていたのか。分かってくれていたのか……」


「ええ、分かっていました。優希くんがどれほど悲しんでいたのか、とか。全部事情も、優希くんの気持ちも分かっているつもりでした……なので」


「……ああ。もう冷たく接したりしない」


「ふふっ、前会ったときにそれは知っていますから」


恵美は笑った。

あんなに素っ気ない態度を示してしまっていた僕を、許してくれていた。

昔から許してくれていたのだ。

正直、僕はもう嫌われていたのかと思っていた。

だから二週間程前に久しぶりに会った際に、あんなに優しくしてくれたのが信じられなかった。


―――優希、最後のお願いです。


―――あなたの周りに居る人は、必ずあなたのことを分かってくれています。


―――だから、その人たちを大切にしなさい。分かってあげなさい。


途端、脳裏に懐かしい、けどもう聞くことの出来ない声が再生された。

眼前の恵美は何かを察したのか、一礼して、固まっている僕の前を去って行った。

今、この場においては、一番嬉しい行動をとってくれた。

僕は、その重々しい気持ちを入れ替えるように、深呼吸をする。

そしてバスに向かっていくのだった。




バスに乗り込むと、やけに騒々しかった。

その声は僕が姿を見せると、一層大きくなった。

その光景にぼーっとしていると、筒井が駆け寄ってきた。


「聞いたぞ、優希。お前、本当は橘と付き合っているんだってな?!」


「いや誰から聞いた。誰がそんなデマを流したんだよ……」


と僕が筒井に続いて通路を歩き始める。

ちなみにだが、バスの座席は班ごとに分かれており、僕たちの班は後ろ側をとることが出来た。

先ほどから通路を歩いていると、両側の座席からやけに視線を感じる。

本当にあんなデマを流したやつがいるんだな、と感心しながら僕は筒井に続いていく。

それらの視線を防ぐこと無く受けながら、僕は自分たちの班の席に着く。

一列四席なので、加藤と椿が仲良く(?)僕らの後ろに座ることになっている。

そして今も変わって無く、僕と筒井が右側、柊と楪が左側に座り、僕の後ろに加藤と椿が座るらしい。

僕が通路側に座ろうとしていると、


「お、優希君。おはよう」


「い、一君……おはよう……」


「おはよう、優希」


左側の席から柊が、僕が座る席の後ろから椿と加藤が、先に挨拶をくれた。

なので僕は挨拶を返す。


「皆、おはよう」


気のせいか、皆からやる気が感じられた。

のはともかく、僕は柊の隣が空いていることに気付く。

そんな僕の怪しげな動きに気付いたのか、一度僕の方に目を遣って、不安がかった声音で、


「ほのか?」


「ああ。楪が一番この林間学校を楽しみにしていたからな」


「ふーん……」


「……どうした?」


じーっとこちらを向いてくる柊に、思わずそう問いかけた。

すると、柊は微苦笑しながら、


「いーや、なんでも無いよお?」


「キャラがブレてるぞ、柊さん」


適当に言葉を返し、僕は顎に手を添えて思案する。


(別に楪がいなくても困ることは無いんだがな……)


我ながら、なかなか辛辣なことを思ってるな、と思う。

だが、そう思う反面。


「……あいつがいないと……なんか寂しいよな」


「お?そんなにほのかのこと、想ってくれてるの?私は嬉しいぞ、優希君」


「声に出てたか?」


「ん。でっかい独り言だったよ!」


なんでこいつはこんなにも喜んでいるんだ?

とふと腕時計に目を落とすと、あと数分で集合時間だった。

未だに笑顔を浮かべている柊に、僕は通路越しに話しかける。


「楪……来るといいな」


「来ると、じゃないんだぞ。ほれ」


その言葉の後に、柊はバスの先頭に指を指す。

そこに目を向けると、


「あ、危なかった~~。置いて行かれると思ったよ~~」


「おはようさん。なんとか間に合ったね」


クラスで一番遅くバスに乗り込んだというのに、呑気に通路を歩いてくる楪の姿があった。

先に柊が挨拶を交わす。

僕たちもそれに倣うように、順々に挨拶を交わしていく。


「おはよう。で、なんでこんなにギリギリだったんだ?」


「……優希、女子には聞いてはならないこともあるんだよ?」


「そうだぞ、優希」


「なんで筒井は分かったように言ってるんだよ……まあ聞かないことにする」


「まあ、本当は寝坊しただけだけどね」


「大丈夫だ、知ってたから」


てへぺろ、と可愛らしい仕草を見せる楪に、僕は分かりきっていたこと淡々と述べる。

朝からこんな感じで、姦しい車内のまま、バスは出発したのだった。




バスの中はいつもの授業風景からは、想像しがたいほど騒々しかった。

トランプなどの遊戯に勤しむ者もいれば、この非日常感に便乗するように談笑を交わす者達もいる。

僕たちは間違いなく後者の過ごし方をしている。

他愛の無い雑談だ。

いくら勤勉な生徒が集う学校と言っても、この生徒達もれっきとした高校生なんだな、と感じる。

そんなこんなで、一時間過ごしていると、


「あぁぁぁ~……んむぅ」


「ほのか、眠くなってきた?」


楪のあくびに、隣の柊が楪の肩を叩きながら聞いた。

ちなみに筒井に関しては、出発直後にすぐ寝てしまった。

なんやかんや一番騒ぎそうなやつが、一番初めに寝たのに驚いたのは別の話。


「ううん、大丈夫だよ……うぅ……」


「おいおい、そんなに眠いんなら早く寝ろ。到着までまだ結構あるし」


「お!優希君がほのかを甘やかしてる」


「え、そんなにおかしいことか?」


結構奢らされたりしてるんだけどな。

まあ、僕も楪も誰にも言ってないから、知らなくて当然なんだけども。


「おかしいというか……なんか珍しいなあ、って」


「そうか……って、楪寝たな」


「お、本当やね……」


柊のその言葉とともに、少し沈黙が続く。

もちろん、車内は相も変わらず姦しいんだけども。

先に沈黙を破ったのは、僕だった。


「なあ、柊」


「ん?」


「どうして関西弁もどきをやめたんだ?」


それはずっと気になっていたことだった。

初対面の時と、今の柊の口調は変わっている。

少しどころではない。

なので、こんな時だからこそ聞くことにしたのだ。

すると柊は座る体勢を変えて、


「それは、まあ……仮面や、仮面」


「仮面?ようはキャラ作りってことか?」


「ん。それもあるし、単に初めての言葉がそれっぽくなってしまったから……」


「取り返しがつかなくなった、と」


いや、なにやってるんだ、この子。


「で、本当の柊はどんな感じなんだ?」


「え?本当の私?」


「『うち』は何処行ったんだよ……そうそう、素の柊だよ」


これは僕の単なる好奇心の延長線上のものに過ぎない。

なので、答えなくてもいいのに。

柊は、教えてくれた。


「じゃあ……ごほん。初めまして、一優希君。私は柊小雪と言います。よろしくお願いします」


「お、おう。改めまして、よろしくな」


なんか変な会話だな、と思いつつ、僕はそう答えた。

でも―――


「その『ですます口調』、なんとか出来ないか?今までの柊の口調の方がいいと思うんだけど」


そう提案すると、柊は驚いた顔を見せて、


「そうですか……では」


まるで人が変わったように、柊の雰囲気が変わるのが分かった。

大人しい高校生から、常にはっちゃけてそうな高校生へと。

さっきまで、落ち着いていた口調から一変、元気な声で、


「じゃあ、これからもよろしくね!優希!」


「ああ、よろしく……いつの間にか『君』も取れているし」


「あ、いやだった?戻そうか?」


「いやそうじゃなくてな……」


変にギャルっぽいんだよな。

だが。


「いいや。僕のことは『優希』って呼んでくれ」


「わかった!じゃあ、さ……」


「?」


「私のことも名前で呼んでくれないからな?『小雪』って……」


躊躇う必要なんてない。


「ああ。そうさせてもらうよ、小雪」


そう呼ぶと、柊―――小雪は満面の笑みで、力強く首を縦に振るのだった。

前回の投稿から一ヶ月経ってました……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ