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ある主人と従者の話  作者: りの
3/7

03.ラノベに惹かれた少女

短め。あと更新遅いね。

楪ほのかと初めて会ったのは、転校初日だった。

そのときはまだ隣ではなかったが、他の生徒同様、転校生である僕に興味津々だったことを覚えている。

そして転校してきて三日目、席替えがあった。

結果は、窓際の列の一番後ろとなった。


「今日からよろしくね、優希!」


楪はその日にそう僕に言った。

とはいえ、特別起こった事もなく、一週間が過ぎた。

そんな四月の中旬を少し過ぎた日の放課後。

僕はいつも通り、六花と一緒に帰るために校門へ向かおうと、席を立つ。

鞄を持とうと体を低くした途端、頭上から声がした。


「ねえ、少し聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」


鞄を持ち上げ、声の主の方を見る。

隣人の楪だった。


「なんだ?聞きたいことって」


「え、ええと……」


楪の頬は少し紅くなっていた。

その理由は、直後の発言で分かった。


「優希って橘さんと付き合ってたり、する?」


「いや……なんでそう思ったんだ?」


「だって一緒に帰ってるんでしょう?見た子がいて……」


なるほど。

見られていたとは思わなかった。

一応常に警戒はしていたが、周りに人気はなかったとふんでいた。

戸惑っている僕をみて、楪が心配したような表情で覗き込んでくる。

上目遣いっぽくて、少し恥ずかしい。


「で、どうなの……?」


「付き合ってないけど?一緒に帰っていたのは、参考書を買うのに付き合っていただけだ」


「そ、そう……そうだったんだ……」


そう言葉をこぼして、ホッと胸をなで下ろす楪。


「なら……ちょっと付き合ってよ」


そして、僕にこうお願いしてきた。





「てことだから、先に帰っててください」


『……分かった。けど、夜ご飯までには帰ってきてね』


「承知しました。では」


そう告げて、電話を切る。

あの後僕は、楪によって本屋に連れてこられていた。

本屋は学校の最寄り駅の中にある。

最寄り駅―――夕ヶ丘駅は市内で大きな駅の一つだ。

利用客の七割は学生だとか何とか。

その本屋に着いた途端、僕はトイレに行くと言い残し、楪を本屋に待たせて六花に電話をしていた。

と本屋に戻ると、店前に楪が立っていた。


「待たせたな」


「待ってないよ!ほら、入ろ入ろ!」


「お、おう……」


なんでこんなにテンション高いのこの子。

楪は僕の手をつかみ、一緒に本屋に入る。

彼女が真っ先に向かったのは


「新刊出てるじゃん!」


ライトノベルコーナーだった。


「意外だな。楪ってライトノベルとか読むんだな」


「……今、ラノベ馬鹿にしました?」


怒気を孕んだ声を発し、僕を睨む楪。


「いや馬鹿にしてないぞ。むしろ感心してる」


「と言うと?」


「僕は本は必要以上に読まないからな。だから、趣味で本を読んでいる人は尊敬してる」


「ライトノベルでも?」


「ライトノベルでもだよ。というか、それじゃお前がラノベを馬鹿にしてない?」


そう言うと、楪はラノベを片手にそっぽを向いてしまった。

僕は内心反省しつつ、彼女の隣に立つ。

あまりラノベを読んだことが無かったために、表紙のイラストのクオリティに驚く。

そりゃ絵の専門家が描いているから、すごいのは承知の上だが。

ふと横を見ると、両手にラノベを持って悩んでいる楪の姿があった。


「……どうしたんだ?そんな悩んで」


「いや、どっちを買おうかなって……」


「ふたつとも買ったらダメなのか?」


うーん、と唸る楪。

どうやら僕の話は聞いていない様子だった。

僕は深い息をついて、楪の片手にあったラノベを取った。


「ちょ!私のラノベがあ!」


「買ってやる」


「……へ?いいの?」


目をキラキラと輝かせる楪。


「ああ。言っただろ?僕は君を尊敬している」


「だから買ってくれるの?流石に優しすぎない?」


「ご近所付き合いの一つとでも捉えておいてくれ。それに君といると楽しいしな」


今日この時間を一緒に過ごして分かった。

楪ほのかは僕と気が合うのだと。

物的証拠は無い。

だが、なんとなく分かった。


「そう……じゃあ今日は頼っちゃおうかな」


「今日だけじゃ無くていい。これからよろしくな」




本屋から出たあと、僕らは同じ駅内のカフェでくつろいでいた。

僕はアイスコーヒーを頼み、楪はカフェオレを頼んだ。

二人とも飲み物を飲みつつ、談笑を交わしていた。


「今日は本当にありがとうね。また付き合ってくれる?」


「いつでも誘ってくれ。いつも暇だしな」


「分かった!」


楪はパッと笑顔になると、こっちに真剣な眼差しを向けてくる。


「ところで優希って、何の本を読むの?」


「そうだな……教養として読むべき物は読んだぞ」


読んだ、というよりは読まされたと言った方が、ニュアンスとしては正しいか。

昔先輩の従者に教えられていたのを思い出す。

小学生の頃だったか。

小学校卒業時には、高校生の学習範囲まで既習していた。


「へえ……じゃあ羅生門とか人間失格とか?」


「そこら辺は読破したな。というか羅生門に関しては、去年国語で習わなかったか?」


「そういや習ったねえ。で、そのほかには?」


こいつ真面目に授業受けてるのか?


「あとはちょっと、推理小説をかじったくらいかな……」


とそこまで言って、ふと思ったことがあった。

僕は、そういえば、と区切って


「楪はどうしてライトノベルを読み始めたんだ?」


聞くと彼女は、うーんと唸ってから、語り始めた。


「私は、ラノベの主人公のようになりたい」


「ほう?」


「つまり、自分の人生に自信を持てるような……そんな人間になりたい。そう思ったんだよ」


要は、自分の人生を豊かにしたい、そんな感情に近いものに揺れ動かされた。

そんなところだろう。

楪の先の発言の裏側には、おそらく自分に自信が無かったのだろう。

むしろ自分に自信がある人の方が少ないだろう。


「で、そのためにライトノベルを読み始めたと?」


「ん。まあ、根本的な理由は自尊心がほしいだけなんだけどね」


「自尊心……?君には無いのか?」


ここまで付き合った感じ、楪ほのかに特別自尊心が欠如している、とは思わない。

そもそも自尊心というのは、自覚して持つものでも無いと思うが……

僕が聞くと、楪は軽く頷いた。


「私も自覚してないんだけど、よく言われるんだよね。ほのかには自尊心がないって」


「ラノベを読んで、その自尊心は獲得したか?」


「……今のところはしてない」


「君はそれを気にしているのか?僕だったら気にしないから聞くけど」


「してるから読もうと思ったんですよ」


「……なるほどな。でも、本を読み始めて変わったことはあるだろ?」


「それがないんだよね。強いて言うなら、ラノベが好きになったとか、かな」


「まあそうか。結構読んでるんだな」


「うん!読み漁っていったら、いつのまにか好きになってたんだよね」


笑顔で、楽しそうに話す楪。

そして彼女は店員を呼び、チョコレートケーキを頼んだ。

頼むとすぐに僕の方を見てきた。

なにか付いているかと思っていると、楪はニヤニヤして悪戯っぽく言ってきた。


「これも奢ってくれる?」


「嫌だけど。というかそんなにお金無いのか?」


そう聞くと、楪は頰を膨らませる。

結局、自分はこういうのに弱いのだろう。

主な理由としては、間違いなくあの可愛いお嬢様だと思うが。

僕は楪にバレない程度にため息をつき、


「……分かったよ。今日だけだからな」


「やったああああ!!!」


「うるせえよ。お金、出さないぞ」


そう軽く脅すと、楪は焦った顔をして、「ごめんってば」と何度も謝ってきた。

まあ本当に思っている訳ではないので、今回は大人しくおごってやるとしよう。

今回だけだ、今回だけ。


「というか、そもそもなんで僕は楪といるんだろ」


「あ、予定とかあった?」


「予定とかはないって教室で言った気が……」


「……暇なんだね」


クスクスと笑う楪。

暇で悪かったな、と内心思いつつ、首肯してしまう。

だが楪といるのは意外と心地よかったりする。


「まあ、なんだ……また誘ってくれ」


「お、優希照れてるね!やっぱり女子と一緒にいるのはドキドキする?」


「いやそれはない」


「早っっ?!」


六花と常に一緒にいるので、そういう状況には慣れてしまっている。


(なんか悪かったな)


楪が目の前でしょぼんとしているのを見て、心の中で申し訳なく思う。

そう、心の中だけでね!!

ぜっったい声には出さない。

出すと、楪が調子に乗るのが見えている。

その楪もやってきたチョコレートケーキで笑顔になる。

チョコレートケーキもチョコレートケーキで、とても美味しそうだ。


「いただきます!!」


「はいどうぞ」


そう言って、楪はフォークを握り頬張り始めた。

僕はその光景を目にして、余韻に浸っていた。

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