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ある主人と従者の話  作者: りの
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02.久しぶり

沈黙が包んでいた教室に、突然ドアが開く音が響いた。

僕が教室に入ると、四十人ほどの生徒の視線が僕に集中した。

僕は教壇に上がる。

そこで視線と視線が交錯する。

途端、ドアが閉まり上原が入ってくる。


「えーと、こちらが例の天才転校生だ。一、自己紹介を」


「はい」


隣の上原から、体を生徒たちの方へ九十度回転させる。

そこで僕は気付いた。

気付いてしまった。


一番前に座っていたのが、橘六花である事に。




「結局、同じクラスになったのか……」


自己紹介が終わり、転校生あるあるだと思われる質問攻めにあい、先生の話を聞いた後、そんな独り言をこぼしていた。

もうこれで今日の授業は終わりらしい。

自己紹介をして、話を聞いただけだが……

推測通り、座席は七人の席が六列あり、生徒は四十二人いた。

そして、僕は窓際から三列目の一番後ろになった。

黒板が見やすい中央なのは、個人的に嬉しかったりする。

頬杖をついていると、突然横から声をかけられた。


「独りか?」


「見ての通りだが……悪い、名前は?」


立っていたのは、黒髪の爽やかな雰囲気の生徒だった。

いわゆる、イケメン。うらやましい。

そのイケメン君は、右手を胸に当てて


「俺は加藤小波だ。少し話があるんだが、いいか?」


特に予定がある訳ではないので、首を縦に振る。

廊下に連れ出され、僕と加藤は向き合う。


「今から校舎を案内する。どうだ?」


「まあ、ありがたい」


頼む、と僕が言うと加藤は歩き出した。

その後ろ姿からも爽やかさが溢れている。

そんな背中を見ていると、加藤の声が聞こえる。


「一時間くらいクラスに居た感想は?」


「……少し落ち着きすぎじゃないか?もう少し賑やかな方が僕としては居やすい」


僕が答えると、加藤は笑い出した。


「それは俺も同じだ。でもガリ勉が多いクラスだからな。静かなのは当然っちゃ当然だな」


「賢いやつが多いのか」


「あ、そういや優希は期末満点のガリ勉だったな。嫉妬されて刺されるかもな」


「ガリ勉じゃないし、その行為は賢いやつはとらない」


「それもそうか」


一階にあるクラスから結構離れ、三年生がいる棟へ渡る。

学年ごとに棟が分かれており、学校の正面にあるのが、僕ら二年生の『二年棟』だ。

それに隣接しているのが『三年棟』だった。


その校舎裏に加藤は入っていく。


「どこに行くんだ?こんなところ……」


「着いたよ、優希。そして」


朝、十時過ぎ。

そんな明るい時間に、校舎裏にいたのは、いたのは。


「こちらが優希だよ、恵美」


綺麗な銀髪の、大人しそうな少女がいた。




二年生初めての放課後。

私―――橘六花は鞄から携帯を取り出し、優希に電話をかける。

耳に電話を当てながら、優希の席を見る。

そこには優希はいない。

先に帰ったのなら、メールくらい欲しいものだ。

さっきまで友達と話していたから、今優希がどこに居るのかすら分からない。

ちなみに学校では一言も交わしていない。

彼は主である私とは、学校で話さないようにするらしい。

おそらく、彼なりの配慮だろう。

一生に一度きりの高校生活。

そこに干渉しては迷惑だ、とか考えたのだろう。

それにしても、なかなか電話に出てくれない。


「あれ?いつもなら三秒以内に出るのに……」


私は電話を切り、優希にメールを打とうとする。

そのとき、教室の後ろの机のそばにある鞄が目に入った。


「……優希」


まだ、優希は学校に居る?

なら打つ文章は違うはずだ。

『学校に居るの?いるなら返事下さい。教室で待ってます』




その少女を一言で言うと、天使だった。

暗い校舎裏でも光って見える綺麗な白銀の髪、思わず撫でたくなる小柄な体。

とにかく可愛い。

そんな事を考えていると、その少女は加藤に軽く礼をした。


「ありがとうございます、小波くん。あとは、私一人で頑張ります」


「そうだよな。頑張れよ」


……頑張る?

加藤は少女に親指を立てたあと、じゃあな、と言い残して颯爽と立ち去った。

僕も無意識に軽く手を振った。

いや、いきなり初対面の女の子と二人にされるのは……


「あなたが一優希くんですか?」


急に、少女は僕に問いを放った。

加藤を見送った姿勢を崩し、少女の方へ体を向ける。


「そうだけど…初対面の僕に何か?」


すると少女は跳び上がったと思えば、僕の胸の中へ飛び込んできた。

僕の体は少女の細い腕に抱きつかれ、思わず倒れてしまう。

日が当たっていないからだろう、冷たい土の上に仰向けになる。


「ちょ、――ちょっっ!?」


唐突の出来事に、驚きの声が出てしまう。

それに呼応するかのように、少女は顔を上げた。


「優希、くん……ずっと、ずっと会いたかったのです……」


「……え?僕らは初対面じゃないのか?」


そうだ。

僕はこんな美少女と会った事なんて、ない。

だが、


「覚えていらっしゃらないのですか?私です、西園寺恵美ですっ!」


彼女が名乗った瞬間、鳥肌が立った。

理由は単純明快。


―――彼女は、僕の『元』幼なじみなのだから。


何故気付かなかったのか。

あんなにも深い関わりの人だったのに。

数秒前に言ったことを撤回したい。

西園寺、その名字には確かに覚えがあった。

だけど。

だけど、そんなことはどうでもいい。


「おまえが、恵美なのか……?」


「はい!昔、六花さまと優希くんと遊んだ、藤ノ宮輝政の娘の恵美です!」


その言葉を聞いた直後、僕は恵美を抱き返していた。

涙が恵美の頬を伝っていく。


「そうか、そうか……」


藤ノ宮。

その名字だと確かに分からないよな。

とにかく、今は再会できたことを心底喜ぶことにしよう。

そう決心して、数分僕と恵美は抱き合っていた。




僕と恵美は、渡り廊下の階段に腰掛けていた。

僕は缶コーヒーを一口飲み、隣でココアを飲んでいる恵美に話しかける。


「また恵美に会えて嬉しいよ。にしても同じ学校だったとはな」


「本当ですよ。一優希という名前を聞いて、ハッとなりました」


「なるほどな。それで加藤に頼んで僕を連れてきたと。それも告白すると伝えて、か」


「こ、告白っ?!そういう気持ちは……ないという訳ではありませんが」


「いや、あるのかもしれないのかよ」


この図星っぷりは昔から変わらない。

恵美は嘘をつけない奴だ。

故に、僕の中で信頼出来る部類にいる友人だ。

突っ込みを入れ、またコーヒーを口に含む。

視線の先に広がるグラウンドでは、サッカー部や陸上部が練習に励んでいる。


「そういえば、部活は何に?サッカー部に?」


「部活は……って、恵美は僕にそんな暇がないことくらい、知ってるだろ!」


「もちろんですよ。六花さまの執事さん」


恵美は僕をからかい、微笑みを浮かべた。

そしてまたココアを飲む。

それにしても、部活か。

一応、中学生の時はサッカー部にいた。

雄一郎さまの従者は僕だけではないので、今より忙しくなかった。

まあ、流石に雄一郎さまが寝たきりになってからは、忙しくなって部活をやめたが。

なのでサッカーをしていたのは、一年とちょっとというところか。

と、思い出に浸っていると、遠くから聞き慣れた声が届く。


「おーい、優希ー!」


声の持ち主が、遠くから叫びながら走ってくる。

六花は僕の前に立って息を整える。


「こんなところにいたんだ……」


「六花か」


はーはー、と息を整えている六花は俯いて、僕の方を見る。


「メールしたんだけど」


「悪い、見忘れてた。少し用事があったからな」


「用事?」


僕が恵美に親指を向ける。

六花が振り向き、まだ恵美と判断できていないからか、少し間が空く。

先に口を開いたのは恵美だった。


「お久しぶりです」


「うん、お久しぶり……って恵美っ?!」


「気付かなかったのか……知らなかったか?」


僕の問いかけに、六花は首を縦に振る。

どうやら一年間、恵美は六花と接触していなかったようだ。

確かに六花から、恵美について何も聞かされていない。

そもそも六花が知らなかったっぽいが。


「恵美ってこの学校だったの?久しぶりね!」


「はい、六花さま。お久しぶりです」


「いやいや、さまは要らないから」


「分かりました。六花、お久しぶりです」


違和感がすごいが、恵美は六花に笑顔でそう言った。

六花と僕、そして恵美は、幼い頃から一緒に遊んでいた仲だ。

だが、恵美の家が権力争いに巻き込まれた以降、連絡が取れていなかった。

なのでここで再会できたのは、奇跡と言っても良いだろう。

まあ、恵美も賢いから、進学校にいるのはおかしくはないが。

恵美の隣に座った六花が、恵美に提案する。


「ねえ、恵美。連絡交換しない?そっちでまた話しましょ。クラス違うんだし」


「そうですね。私もまた六花さm……六花に会いたいですし」


という会話を交わし、二人は連絡交換の作業に入った。

僕はコーヒーを飲み、その作業を傍で見ていた。




恵美は職員室に用事があると言い残し、僕と六花は教室に戻っていた。

学校が午前中で終わったからか、廊下は想像以上に静かだった。

途中で通り過ぎる教室も、もぬけの殻だった。

教室に着くと、そこには数人の生徒がいた。

十人に届いているか、いないかの人数。

その中には、加藤小波もいた。

加藤は席に戻ろうとした僕に、視線を向けた。

呼ばれているのか?

そう思い、席を立ち、加藤の方へ行く。

六花に少し待っててくれ、とジェスチャーを送って、加藤と向き合う形になる。


「恵美からの告白はどうだった?承諾したのか?」


「別に告白された訳じゃねえよ。ただ、違う意味での告白だったがな」


「違う……意味?」


そして僕は加藤に全てを話した。

とはいえ、橘家に仕えていることや、恵美のお家事情は話さなかった。

六花のお父さんから、あまり口外するな、と言われていることが理由だ。

それは恵美の家に関してもだ。

僕が話している途中、加藤は驚きっぱなしだった。


「なるほど……で、連絡先は交換したのか?」


「あ……」


六花は交換したが。


「忘れてた。というか隣のクラスなんだろ?また聞きに行きゃいいさ」


「まあそれもそうか」


加藤は、うんうん、と頷く。

それを見て、僕はずっと思っていたことを聞いた。


「ところで、加藤の後ろの方々は?」


「ああ、今優希のことを紹介していたんだ」


「紹介って……そもそも俺は自己紹介しただろ。あれ緊張したんだからな」


ガチガチにという訳では無かったが、確かにいつも以上に緊張していたことは事実だ。

加藤はそれを聞いて


「あれは傑作だったな」


と後ろの生徒たちと笑い合っている。


「ところで優希。この後遊ばないか?」


「悪いが、今日は人と会う約束があるんだ。それも……大切な、人だ」


加藤と愉快な仲間たちは呆けたあと、表情を一転させ明るくした。


「まさか……彼女?!」「まじか!」「転校初日にデートは尊敬ものだわ!」


……やはり誤解していたか。

そこら辺でやめてやれ。向こうの六花が照れてる、照れてる。


「デートじゃないが……それがあるから今回はパスで」


「了解了解!また行こうな!」


すれ違い様に僕の背中を叩き、加藤とその愉快な仲間たちは教室を出ていった。

僕も帰るとするか、と思い席に戻ると


「うぅ〜〜〜〜」


僕の主がうずくまっていた。





「なんで人と会うだけでデートって思うのかな!」


とプンプンしながら、六花は思春期の男子に対して半ば怒っていた。

その隣を僕は歩いている。

時刻は十一時を越えていた。

昼前になりかけていても、やはり風が少し吹いているためか、朝と同じく肌寒い。


「そんなことよりも、学校楽しかった?」


「ああ。少し静か過ぎる気もするが」


「あんな感じよ。言ったでしょ?成績が全ての学校なのよ」


「成績が、全てか……」


期末に体育が入っていたところを見ると、座学だけで決まる訳ではないらしい。

勉強で落とした時の、少しの足しになれば良いと考えれば優しい、のか?

学校の生徒のデータがどんな感じなのかは、無論知らない。

が、今後接触が無い訳ではないだろう。


「ま、全教科満点の化け物さんには関係ないかな?」


六花はニカッと笑いかけた。

そう。

満点故に、教師から目をつけられているのは有り得る。

その証拠に、職員室に入った時のあの視線の数。

ただの自意識過剰か?

だからといって、特に手は打とうとはしない。

学校での僕の目的は、六花を守ることだけ。

一度きりの高校生活?そんなものより、六花の方が大切だ。

だから僕は主に言った。


「当たり前だ」


「いい自信の持ち方だね!それにいい笑顔だ!!」


そう。

僕の高校生活はこんな感じでいい。




そんなこんなで、早一週間。

友人とまではいかなくても、数人の知人は出来た。

やはり、成績が物を言うこの学校での、『学年一位』という肩書きの影響力は強い。

その知人の一人が―――


「優希は何に出るの?」


隣の席の、楪ほのかだ。

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