3.幸福論
鍛錬が終わりアズールは帰宅した。それを見送りながら兄は言った。
「アデルよ、アズールは良い男だ。西方将軍の息子で、顔も良く、性格も良い。腕もたつ。……俺はな、お前に合うのではないかと思っているのだ」
なんて返すべきか分からなかった。一緒に鍛錬をしてみて、アズールは良い人だと思った。しかし今日出会ったばかりの人に、そういう感情は抱けなかった。
困った顔をして兄を見つめる。
「俺はお前に幸せになってもらいたい。残念なことに、この家にいる限りお前は不自由な生活を強いられる。――早く良いところに嫁に行くこと、それも一つの手だ」
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いや、こんな話をいきなりすまなかったな!」
そう言って兄は茶化すようにガハハハッっと豪快に笑った。
「俺はお前にこの家を出ていって欲しいわけではない。しかしお前は美しい、変な輩に目を付けられるとも限らん――特に陛下は好色だ。お前のことが目に留まりでもしたらと思うと、もう気が気ではない」
兄弟たちは私が何故母に疎まれているのかその理由を知らない。
王自身も私が自分の子であることを知らない。
「兄上は心配性ですよ。どのみち私は滅多に外出などしませんし、陛下の目に留まりようもないでしょう」
しかし――もし私が王の目に留まったら? それはそれでいいではないかと思う。
だって、そうすれば王に近づける。寝所にでも呼ばれれば二人っきり、殺し放題だ。
兄は本気で私の行く末を心配してくれている。幸せを願ってくれている。
しかし――きっと兄には分かるまい。誰にも分るまい。
私が本当に幸福を感じる時とは、流れる温かい血潮を浴びてあの首を掲げた時以外にないのだから。
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