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 「――よし、こっからは歩きだな」

 この時期の闇は皮膚に刺さるようだ。公園の駐車場に停めた車のライトが消えると、途端、三人を闇が包む。まるでその闇自体に熱を奪う力があるように、三人は身体を震わせた。

 「あぁ、クソ寒ィ!! クソッ、すげェ寒ィぞクソッ!!」

 「そんなボアついた服着てて文句垂れるなよ。俺なんてスウェットだけだぞ、俺なんて」

 「そりゃあトニーは筋肉着てんじゃん。さすがにコート着てても寒いわ。つかクラケン、外仕事なのに何で防寒対策出来てねーの?」

 「出来てっけど文句言いてェんだよオレは!! つか暗ェ! モンキー冷てェ!!」

 クラケンは怒鳴りながら手に持ったモンキーレンチをベルトに差し込んだ。

 彼らが車を停めたのは件のボーリング場の坂の上の公園。最初、ボーリング場に停めようとしたクラケンを、二人が「さすがにヤバイだろ」と押し留め、ここまで運転させたのであった。

 公園は噴水のある、中規模のものである。中には芝生と小さなアスレチックがあり、昼間は、この町では減りつつある小さな子を連れた家族が時々姿を見せる。無論、今はこの三人以外誰もいない。時折、名も知らぬ鳥の鳴き声のようなものが遠くから聞こえてくるのみである。

 この公園の前を通る大通り――それは”わくわく通り”という皮肉めいた名のついたものであり、やけに立派な整備された通りである。街路灯もLEDであり、歩道も大きく作られている。しかし、この通りを使う者など、この坂の上の公共施設である文化センターを利用する者に限られ、また、その文化センターもほぼ形骸化したものと成り下がり、つまりは――非常に、致命的に、寂れた場所である、ということである。

 その坂は周囲はとかく森に包まれ、何もない。寂れた坂下の住宅街に着くまで、ただ木々に包まれた坂があるのみである。遥か昔は、この道に公共施設を集め、一極集中化する計画があったが、今やその計画を覚えている者などいないだろう。

 それほど長くもなく短くもない坂を、三人がダラダラと白い息を吐きながら下る。月は彼らの頭上に煌々と輝き、三人は自分たちの影を追うように歩き続ける。その間、彼らは『工具で一番強い武器は何か?』という雑談で暇を潰した。

 「――着いたけど、見事なまでに潰れてンなぁ、おい」

 クラケンの言葉通り、彼らの目の前に現れたボーリング場は建物ながら、まるで”生気を感じない”ほどに荒廃していた。

 窓という窓は破られ、白い壁には下品な”アートもどき”が踊り、駐車場のコンクリートは無残にひび割れている。建物の屋上に取り付けられた巨大なピンの模型だけが、当時の栄華を示しており、その模型も白さがくすみ、汚れ、かつての過去を遠いものと自身に刻み付けているようであった。

 「つーかーー、ホームレスとかDQNのほうが怖いなー俺は。夜中に人に会うのって苦手なんだよね、俺」

 「夜中に人に会うのが得意ってヤツのほうが珍しいと思うんですけど……」

 「もうこの町にそんな若ェヤツいねェよ。オレらがここに居るだけでもこの地域の平均年齢爆下げじゃねェの? つか、居ても問題ねェよ。テメェの筋肉で制圧しろよ」

 そう言うとクラケンは”立ち入り禁止”の札がぶら下がったロープを潜り抜け、駐車場へと入っていく。その後をビンゴが、次にトニーが札を身体に擦りながら潜り、三人全員が駐車場へと集まった。

 「こっからじゃ暗くて事務所なんか見えねーなー。あーくそ、寒いし」

そう言うと、ビンゴはおもむろに腰に下げた鞄から角瓶のウイスキーを取り出し、ためらう事無くラッパ飲みをした。一口、二口、三口。喉を鳴らして飲む彼を二人はうんざりしたように見つめている。

 「糞アル中クソ大学生、手の震えは止まったかよ?」

 「なんつーか、それ治した方がいいぞ。キツイっす」

 二人の言葉を手で払いのけ、ビンゴはウイスキーを鞄へ戻した。

 「身体の中を清めてたんだよ、俺はこの日のために女も絶ってる。俺が霊的無緩衝地帯だ。歩く結界だ。服を着たハンムラビ法典だ」

 「はいはい、よく分かったからテメェは俺の後だ。トニー、一番ケツからこの服を着た童貞の事見張っとけよォ」

 「任された。ゾンビ映画なら真っ先に感染してしかも中途半端に強くなるこの童貞を見張っとけばいいんだな?」

 「あぁはいはい、俺はどうせ童貞――――!?」

 肩を竦めていたビンゴが言葉を失い、顔を強張らせた。尋常ではない表情。彼はゆっくりと腕を上げ、とある場所を指差す。その手を震えていたが、決して酒によるものではない。

 「あ……ああ……!?」

 彼の指した方向は件の事務所。彼に釣られて二人も血相を変えてそちらを見る、が。

 「――あっはい。お前らのアホ面見られて満足っすわ。行こうぜもう。つかこんなのに引っかかるなよ、ガキじゃねぇんだからさ」

 そう言って先に歩き出したビンゴに、またも二人はうんざりしたように見つめていた。



 ボーリング場は三人が思っているより広く、そして暗かった。窓が少なく、横に広いその構造が、光を強く拒んでいるようだった。クラケンは自身の車に載っていた懐中電灯を使っているが、他の二人は自身のスマートフォンによるライトのみである。

 彼らが割られた自動ドアからこの廃墟に入り込んだ。目の前にぼんやりと照らされたのはボーリングのレーン。しかしレーンは往年の輝きを失い、今や塵とゴミと得体の知れないモノで汚され、その役割を失っている。しかし、その中にはピンも散乱しており、辛うじて”ここはボーリング場である”と自己主張しているようだった。

 彼ら三人は会話もまばらにダラダラとゴミやガラスを踏みつけて歩くと、ボーリング場の受付が見えた。クラケンが照らしたその受付は薄汚れ、所々に何の用途か分からない紙片が散らばっており、塗装が剥げ掛けた『たのしいボーリング』という言葉にはわざわざ赤のスプレーで『地ゴク』と書き直されており、書いた本人の知識の程度をうかがい知れる。だがしかし、それが、”ここが廃墟であり危険な場所である”という事を暗に示しているようだった。

 何てことのない廃墟。人口が減り、誰も住む事がなくなった建物が氾濫するこの町で育った彼らからすれば廃墟など、子供の頃の遊び場でしかない。しかし、クラケンが照らす受付の奥――恐らく道具が置かれ、裏方の仕事を行う場所――が暗く、闇に染まっていた。それは彼の照らす光でも闇を一部切り取るのみで、飲み込むような暗さを湛えていた。

 その闇は周囲の闇とは違い、濃く、そして――禍々しかった。

 だがしかし、一つ問題があった。その禍々しさに気付くには、所謂”霊感”というものが必要であった。第六感と言い換えてもいい。僅かでもその素質があれば、現在その場所が掛け値なしの危険地帯、地獄の一丁目という事が脳髄に突き刺さる様に即座に理解できただろう。だがしかし。だがしかし―――

 「―――何つゥか、ガキの頃から変わらねェな」

 「せやな、町内会でここに連れて来られてガーター連発したのを思い出したわ」

 「あーー、あの。参加者全員分の菓子盗んで逃げたら軽トラで轢かれたアレな。俺、あの時以上に殺されるって思った事ないっす」

 「ありゃア、傑作だったな! 畦道まで逃げれば追って来れねェと思ったらあのクソ爺ども無理くり入ってきやがって…」

 ―――この三人は、全くと言っていいほどに、微塵も、霊感を備えていなかった。

 彼らはバカ話に花を咲かせ、躊躇いなく受付の奥へと歩を進める。過敏な者では精神に不調を来たすほどの憎悪。彼らはそれを微風ほどにも感じずに暗闇へ身を投じた。

 「おっと」

 声を挙げたのは最初に入ったクラケンだった。彼はとある一箇所を懐中電灯で照らし、立ち止まった。後から入ってきた二人も、

 「マジかよ…」

 「おぉーー」

 思わず感嘆の声を漏らす。部屋の中にはひっくり返った椅子、コンビニのゴミ、用途の分からない工具、転がっている段ボール。中にはここで焚き火をした跡まで残っていた。そして、一面の白い壁には――


 “私の右脚はここにあるよ”


――血のように赤い文字で、そう書かれていた。

 入り口で書かれたモノとは全く違う。まるで巨大な筆か何かで書かれたような、自己を主張する色合いと大きさ。文字の端々から垂れる赤い筋は、まるで傷口から垂れる血液のようにも見えた。

 「いやぁ、本当にあるとさすがに驚きますわ」

 思わず手に汗を握るビンゴ。彼は空いた手をコートに擦り、汗をぬぐった。

 ビンゴとクラケンが文字を照らす中、トニーはスマートフォンを振り回し、何かを探しえている。

 「何してンだ?」

 きょろきょろと辺りを見回しているトニーにビンゴを訝しげに訊ねる。

 「んーー、右脚ねーなーって」

 「いやいやいや、右脚あったら大問題ですやん」

 「それもそーか。つかここ少し暖かくね?」

 「いや、それはオメェの筋肉が勝手にパンプアップしてるだけじゃねェ?」

 「俺もちっと暖かいなぁ」

 「オメェは酒飲んだからだろカスが」

 「民主主義蔓延る、弱い者イジメを文化と呼ぶこの日本では今お前はマイノリティで虐められる側だぞ。悔しかったらクラケンも暖かくなるか、日本の構造変えてみろ」

 「はァ? 寒いだけで虐められンの?」

 「そういうトコあるよな。長いものには巻かれとけー……で、次どこ行くん?」

 お目当てのモノを見つけたが、残りの所在が分からない。思わずビンゴを見る二人。

 「さすがに場所までは……オチの頭の位置しか話では出てこないし。でも一階にあるのは間違いないぽだし虱潰しに見てくしかなくね?」

 「しょうがねェな。見て回るか」

 クラケンはそう言うと踵を返し、部屋から出て行く。それに続き、ビンゴ、トニーがついて行く。最後、トニーが部屋を出る瞬間。

 「――ん?」

 何かが、彼の伸びさらしの髪を引っ張った…ような気がした。思わず振り返るトニー。しかし、そこには何もなく、ただ、今自分たちが居た闇があるだけだった。

 「どうしたん、トニー?」

 「いや、風吹いた?」

 「お前が動けば風ぐらい起きるだろ、この筋肉発電所」

 先を行く二人も立ち止まり、ライトをトニーに向ける。二人に照らされた彼は髭を撫で回し、

 「……筋肉痛かな?」

 そう自身を納得させ、暗闇に背を向けた。


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