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1-1

HDDの肥やしになっていたので供養。会話の練習がしたくて当時書いた記憶があります。完成していないので、今回はできるだけ完走できるよう頑張ります。

 Q県P市。片田舎の寂れた町の片隅。秋も終わりかけ、日がつるべ落としのように落ち、壊れた電灯がチカチカと光る。家路を急ぐ車以外、動く者は見つけられず、僅かに差す山際の陽光がゆらゆらと頼りなさげに歩道を照らしていた。

 町の人口が年々減少し、県外に飛び出す若者の歯止めが利かず、ついには『超高齢化』を迎えたこの町の行き先を示すような暗さの中、煌々と光る建物――ファミレス。

 そのファミレスも、底抜けの明るさと反比例するかのように中にいる人間はまばらだった。恐らく、客よりも店員のほうが多いであろうその店の一角で、町の現状と真逆と言える精気に満ちた騒々しさがあった。

 「――つか肉が好きなのに魚は食わねぇじゃん、ビンゴって。それって真の肉好きって言わなくね? 魚も食ってこそ肉が好きって胸張って言えんじゃね?」

 目の前にいる人物に対して話し掛けているのにも関わらず、一際張った大きな声の主は、薄汚れた作業着を身に付けた青年だった。彼は坊主頭に、これまた薄汚れたタオルを巻き、片膝を立て、手にしたスプーンでコーンポタージュをかき混ぜている。スプーンを握るその指もまた、泥か油か分からない汚れが染みついていた。

 よくよく見るとタオルに半分隠れている耳には数個のピアスがつけられ、その汚れた出で立ち、また目つきの悪さも相まってひどく粗野なイメージを人に抱かせる。

 「いやいやいや、肉は肉だろ? 魚肉ソーセージってあるやん、つまりありゃ肉と魚肉を区別して言ってる訳だろ? 世間の”肉”っつーと豚肉牛肉鶏肉、つまり獣の肉なんよ。魚は肉じゃねー。あれは魚肉」

 ビンゴと呼ばれた青年は、粗野な男の前の席に座り、大袈裟な身振り手振りで返事を返す。彼の服装は今の季節感にあった相応のもので、上等そうなコートを椅子に掛けていた。髪は金に染められ、セーターの上からも分かる痩せぎす、身長も粗野な男に比べ一回り小さく、口調のせいか声色のせいか、どこか軽薄な印象を受ける。

 「まぁバーベキューで魚オンリーで焼かれたらかなりテンション下がるしな。クラケンだって親が『今夜はステーキよぉ~』って言ってんのに焼き鮭出たら殺したくなるだろ?」

 「さすがトニー、それよそれ!」

 金髪の青年――ビンゴが自身の横に座る大男を指差す。トニーと呼ばれたそれは、一人で二人分の座席の7割近くを占める身体の大きさだった。身長はビンゴより少しばかり大きい程度。しかし、着たスウェットがはち切れんばかりに体が膨らんでいた。一見するとただの肥満体にしか見えない。しかしそれは、分かる人が見れば分かる、筋肉の塊だった。

 トニーの声は低く、伸ばし放題でワカメのように眼前を覆う程の髪と無精髭で何処か水牛を思わせる。彼はテーブルに肘をつき、前屈みになってもそもそとコーンのついたアイスを口へ運ぶ。口周りの髭が溶けたアイスで汚れた。

 トニーの斜向かいの男、つまりクラケンはスプーンをカチャカチャと音を立て、更に強くかき混ぜ始めた。

 「いやバカお前、ステーキはステーキだろうがっ。ステーキで焼き鮭ってどこの世界線だよ。つかオレが言いてぇのは、肉好きを語るなら魚も平等に愛してこそじゃねぇの? 胸フェチ気取ってる奴が『いや、俺貧乳は受け付けないだよねぇー』とか言ってたらそれは胸フェチじゃなくてただの巨乳好きだろぉ? 何かムカつくだろ、そういう矛盾したヤツ。ビンゴは只の牛! 豚! 鶏の三つが好きなだけだっつーの」

 「んー、クラケンの言う事も一理あるなー」

 「トニーさんは分かってるねぇ」

 トニーの同意に、クラケンは満足げにスープを皿から直接飲み始める。喉を鳴らして飲む最中、片手に持ったスプーンからコーンポタージュの雫がテーブルに落ち、それを即座にビンゴがおしぼりでふき取った。

 「まぁお前らみたいな低学歴に俺のこの話が理解できなくてもしゃーないわな。唯一の大学生たるこの俺とぉ! ドカタとニートにゃあ話が合わなくてもしゃーない。残念やで、ほんま。ガキの頃、校庭でドッヂボールしてた頃はそんな事気にせず笑い合っていたって言うのに……」

 「いや、ジブン大学生でも童貞ですやん。知ってっかぁ? 田舎じゃ童貞はカースト最底辺のクソザコナメクジやぞ」

 「えぇ、マジ? それ今出す? マジ? クラケン鬼よな。まじ俺泣きそうだわ。あ、涙出てきた。ほらこれ、涙」

 「どー見ても目ヤニですほんとーにありがとうございました」

 「つか人がコンポタ飲んでる時に目ヤニ見せんなっつーの」

 「いや、それ元は俺んだから。俺のコンポタだから」

 三人は互いに罵声を浴びせ合っているが、笑みが零れ、互いに信頼しあっているように見えた。暗い町から、ファミレスではしゃぐ三人の姿は窓越しからでも明るく見えた。

 「――お待たせいたしました。ダブルカットステーキ、Aセットのお客様っ」

 店員が食事を運んできた事で三人の話はピタリと止まった。それぞれが自身のメニューを受け取ると、一心不乱にそれを口に運ぶ。

 クラケンはネギトロ丼と小うどんのセット。

 トニーはバニラアイスを追加で二つ。

 ビンゴはダブルカットステーキとライス。

 彼らが再び会話をし始めたのは、並んだ皿の中身が空になってからだった。

 「――つか、トニーってそんだけしか食わねぇけど腹へらねぇの?」

 「あー。あんま腹減らないってーか、食うと無駄に脂肪つくから食いたくないんだよ」

 「そもそも何この身体。戸愚呂弟かおめーは。何目指してん?」

 「んー、理想の自分? もう筋トレするために筋トレしてるから分かんねー。ベンチも135kg上げられるようになって、ジムのじいさんがビビッてた」

 トニーは腕を曲げ、力瘤を見せようとするが、スウェット上からはよく見て取れなかった。

 「いやそりゃビビりますわ。今体重何キロ? ちな俺は50ジャスト」

 「いまー、110? 115? ぐれーかなぁ」

 「はぁ!? オメェは愚地克己か!」

 「空手を終わらせた男やんか!! ほんま、ニートさせとくには勿体無い身体やで。クラケンとこで働いたら?」

 「いやー、俺公家の出だから」

 トニーはそう言いながらナプキンで口を拭うと、汚れたナプキンを几帳面に折り始めた。見る見るうちにナプキンは小さくなり、分厚くなっていく。

 「そういや、紙ってー、何回折ると月に届くんだっけ?」

 「あァ? 何それ?」

 「42回だっけ? どんな紙でも、42回折り曲げると月に届くんだよ。厚さが倍々になっていくから」

 「月届くわけねェじゃん。ジョー・ストマラーだって届かねェってつってるぜ?」

 「月に着いたらそこで暮らすんだよ俺。世のクソどもを見下ろしながら。星の影を上腕二頭筋に変えて」

 「そも、ストマラーのアレは届かない月だろうが手を伸ばす勇気とか挑戦する心を言ってるんやろ? ええやん、まさにこのトニーのトライにぴったりな言葉じゃね?」

 「家に篭ってるヤツが挑戦的な――」

 「あー」

 二人の伝説的なボーカリストについて議論をトニーが遮る。二人の注目が集まると、

 「いや、すまん。月面大作戦頓挫っす」

 そう言ってトニーは丸まった紙ナプキンをテーブルに投げ捨てた。ソレはもう、サイコロのように高さを持ち、三人の眼前を転がった。

 「何回折ったん?」

 「6回」

 「7分の1やんな。トニーの馬鹿力でもこれが限界かい」

 クラケンが転がったナプキンを抓むと自分の飲みかけのコップの中に沈めた。固まったナプキンは水分を吸収し、あっという間にふやけ、その形を失った。

 「俺にもう少しの力と金と勇気と顔の良さがあれば……」

 「それ殆どですやん。きみ、それ手に入れたらトニーじゃなくなるで?」

 「ってか、金はあるじゃねェか。うだるほどの金がよ」

 「いやー、あれ俺の金じゃねーし。しかも相続するの俺じゃなくなるかも知れねーし」

 「きみン家のお家騒動はまじヘヴィなんでやめてくれません?」

 「そんなことねーよー。規模が大きいだけで、クラケン家と変わらねーよ」

 「オレの事さらって巻き込むのやめてくンねェ!?」

食って掛かるクラケンにトニーが肩を竦める。ビンゴが二人を尻目に呆れたように笑った。

 「ははは、きみらのトコ生まれが悪いからね。やっぱり片親だとそうやって歪むのかな?」

すると、

 「うっせーぞ童貞」

 「童貞が人語話すな」

 途端に息の合った二人に逆襲され、「ぐっ!」とビンゴは口篭る。しかし、すぐに気を取り直し、すぐさま反論する。

 「いやいやいやいや童貞関係なくねッ!?」

 「親から童貞菌うつされてンぞ」

 「何だようつるって!?」

 「あー、童貞は病気だからな。海外の研究で男性の受刑者の100%が童貞、または元童貞だったらしい」

 「当たり前だろ!」

 「当たり前な事あるかァ、ボケ! オメェは何だ、世間が中高で済ませてる事をあーだこーだ言い訳してマスかいてそれで満足なのか?」

 「えぇ、そこまで言う……?」

 「そこまで言う」

 ビンゴが打ちひしがれた様にテーブルに両肘を突き、溜息を吐いた。窓の向こうは日の光はすっかりと失せ、電灯の点々とした灯りの繋がり以外何も見えない黒の一色と変わっていた。

 「まぁぶっちゃけどうでもいいわ。いいっすわ。僕は理想の人に出会うまでは生涯童貞っすもん。お前らはいいんじゃねぇの? 適当に妥協した肉布団に腰でも振ってろよカス共が」

 「おいおいおいおいー、また口が悪くなってるぞビンゴくん」

 「前からよくそれ言うじゃん、理想の人って。敢えて今までメンドクセーから無視してたけど、どんななん?」

 クラケンの疑問に、何故かビンゴが苦笑いを浮かべる。

 「いや、何だよ」

 「いやぁ、これは……何て言うんすかね。自分でも言うとなると……いやー、きついっすわ」

 「勿体ぶらずに言えやカス」

 「俺の好みは淑女と娼婦の二面性があるようなー、綺麗と汚いが一緒に存在しているようなー、何て言うのかね。ヤった後に不快感とか罪悪感感じるような相手が好きだな」

 「いや、オメェのは聞いてねェし」

 会話に割り込んできたトニーを手で払う仕草をするクラケン。彼は不快感を表すように口をへの字に曲げた。

 「ここは、あれじゃんー。俺らも言ったほうが平等じゃん。クラケンも言いなよ」

 トニーに促しによってクラケンの口は更に大きく曲がる事になった。

 「俺の好みは俺の事を好きになったヤツだ。文句あっか?」

極力、早口に。クラケンはそう決めていたようだった。心なしか恥ずかしそうに見える。

 「なるほどなー。だからフラれてもノーダメージなの?」

 「だな。好きって言われるから好きなだけで、嫌われたらそれで終わりだろ? 落ち込むヤツの気が知れねェって! 頭沸いてンだよ、そういうヤツは。自分の事嫌ってるヤツのケツ追い掛けるって意味が分かンねェ。だから少子化なんて起きンだよ。相手選ばねェで誰でもヤるようになれば少子化なんて解決だべ? 自分の事好きなヤツだけが大切で、それ以外クソだクソッ!」

 「はい現場からは以上ですー。ではスタジオのビンゴさんどうぞー」

 「…………黒髪で」

 ぽつり、と零すようなビンゴの言葉に二人は大袈裟に身を乗り出す。

 「黒髪で」

 「おう」

 「ふんふん」

 「黒髪ロングで清楚で胸が大きくて育ちが良くて家事も完璧、汚い言葉とかも使わず、笑う時も猿みたいに手を叩いても笑うんじゃなくて口元をそっと隠すような女性。んで、俺よりも年下で俺に優しくて俺にだけエロい……」

 少し誇らしげに語るビンゴ。それを驚いた表情で眺める二人は、しばし言葉を失い、目線を切るとトニーは水を飲み、クラケンは外を走っていった車をぼんやりと眺めた。

 「………………」

 三人の中で沈黙が流れる。口火を切ったのはクラケンだった。

 「――100点だな」

 返ってきた答えが肯定的なものであったことで、不安そうな表情だったビンゴの顔がぱっと喜色に満ちたものになった。

 「だろ!?」

 しかし、

 「いや、童貞が考える”理想の恋人検定”満点合格の模範解答って意味で!」

 クラケンの返事にビンゴは、

 「はぁ!?」

 テーブルに両の掌を叩きつけるようにして立ち上がった。

 「そんな女今日びいねェよ!」

 「だから俺は――童貞なんだよ!!」

 「すごい説得力だなー、いやマジで」

 水で濡れた髭が嫌なのか、トニーはまたナプキンで口を拭った。

 「よく女で”白馬の王子様”って言うけど、それの男バージョンがビンゴの理想なんかなー」

 「いや、コイツの場合は”身長180センチ以上、年収一千万の清潔感のある家庭を大切にして家事育児も手伝う性欲はあんまり無いけどセックス上手くて金のかかる趣味持ってない私にだけ優しいイケメン”って女が言ってるようなもンだぜ? 頭クるだろ!」

 「あー、そりゃブン殴りてー」

 「はっはっは、そりゃブン殴られるわ。そんな男いねーわ」

 呑気に笑うビンゴに、二人が同時に突っ込んだ。

 「お前だよ!!」

 息の合った二人に、ビンゴは目を丸くする。

 「いや、俺身長170センチぴっただし、顔もまぁ平均よりは良いけど――」

 「――そっちじゃねェよ!!」

 またしても同時に突っ込み、目を丸くしていたビンゴが堪え切れないように笑い出し、それに釣られて二人も笑い出す。ビンゴは椅子に座り直し、目尻に浮かべた涙を拭った。

 「いやー、ほんとお前ら最高! 笑えるわ。こんな馬鹿話できんのお前らぐらいだわ」

 「そうだな――ん?」

 「――すいません、お客様」

 三人は、自身たちの席に壮年の店員が来ている事に気付いた。夢中であったため気付かなかったのか、店員を涌いて出たかのように驚きを以て受け止めた。

 「他のお客様のご迷惑になりますのであまり大きな声でのお喋りは――」

 三人の歓談が許容できる範囲の声の大きさを超えたようだった。そのため注意をしに来た店員に、真っ先に動いたのはクラケンだった。

 彼はやおら立ち上がり、店員に所謂”ガンをつけ”た。それはまるで教科書に出てくるような古典的な不良のソレは店員を威圧するには充分だった。

 「あァ? 他の客なんていねェじゃねーか。なにか、オメェには他の客が見えるンか? それともオレ等の事ナメてんのか? バカにしてンのか? つかオレ等なら言う事聞いてくれる雑魚とか三下に見えたンか? なぁ、黙ってねェで答えろやハゲこら」

 とにかく凄むクラケンに、店員が見る見る小さくなる。しかし、店員も引く気はないようで、

 「す、すいません。しかし――」

 店員が反論しようとする。その瞬間、ビンゴはクラケンの目つきが変わるのを見逃さなかった。彼は咄嗟に立ち上がると二人の間に割って入った。

 「――クラケン、もうやめぇや。すいません、もう静かにしますんでこれぐらいで許してください」

 頭を下げるビンゴに、店員は硬い表情のまま「お願いします」とだけ言い残して戻っていった。そして、クラケンは不承不承といった表情と態度で大袈裟に音を立てて椅子に座り、ビンゴは苛立たしげに腰掛けた。

 「てめー、俺の大学に騒ぎがあったって連絡行ってみろ。停学やぞ。エリート街道驀進中の俺の邪魔すんじゃねーよ。お前ら最悪だよホントに」

そっぽを向いたまま片膝を立てたクラケンが「知らねーよ」と吐き捨てた。

 「あーー」

 トニーが間延びした声で何かを言おうとする。その声に、二人は無意識にトニーのほうを向いた。

 「もしかしたらあの店員、マジで何か見えてたんじゃねーの?」

 思い掛けない言葉にクラケンは眉を顰め、ビンゴは笑みを浮かべた。

 「どう見ても俺等しかこの店にしかいないのに、『他の客の迷惑』なんておかしくね? 何かヤベーのが見えてたんじゃねーのかなと思って」

 「それかヤクやってラリってたんじゃねェの?」

 「ヤクキメて真面目に働く店員って世紀末過ぎるだろ……」

 「じゃあやっぱユーレイ的なものが見えてたんじゃないん?」

 「霊が見えてるほうがやべェヤツじゃねェか」

 それは言えてる、とビンゴが笑う。

 「あー、そう言えば」

 トニーは腕を曲げて力瘤を見せるようにポーズを取って、言った。

 「――俺、ユーレイぐらいなら殴り殺せると思う」

 突然の発言に二人は腹を抱えて笑い出す。二人のリアクションに、「俺は本気だぞ」とトニーが付け足す。

 「い、いやいや、トニー、さん。ユーレイを殺すとか、一度死んでんのをもう1回殺すとかヤクザでもしませんわ」

 「筋肉つけてから、ユーレイとか怖くなくなったんだよ。筋肉と一緒にエゴまで肥大したっぽい」

 まぁ分かる、とクラケンは前置きして座り直して二人に向かい合った。

 「よく心霊番組でよォ、最後の盛り上がりで霊がバッと出てくるやん。いつも思うんだけど、何で抵抗しねェの? 殴れよ、まず。目の前に出てきたら。ンで、大抵そのまま大声出して気失って朝になってるっておかしくね? そんなポンポン気絶なんかすんのかよ、驚いたら。日常生活で支障来たすだろそんなん。ユーレイよりヤベェだろそんなヤツ、むしろそんなヤツが普通の顔して日常生活送ってて、普通に車とか乗ってるほうがコエーよ。事故るだろ、ソイツ」

 「だから霊が見えるんじゃね、頭のビョーキで。頭のビョーキだから発作起こしてぶっ倒れる。元々ヤバイ説ありますがな」

 「あー、聞いた事ある。脳の病気に長期間罹患していると脳自体が変質してそもそもヤベー脳になるって。配線狂ったテレビみたいになって意味の分からん映像流したりするらしい」

 トニーの論にビンゴが目を輝かせ始める。彼にとって”その方面”の話は好物といって差し支えないものだった。

 「その話! そういう脳の奴以外に、そもそも生まれた時点で俺らと脳の作りが違う奴がいてチャンネルが多いんだと。俺らが今見てるこの世界以外にチャンネル変えられるから、”霊のいる世界”が見られるって聞いたことがあるぞ!」

 テンションが上がり、声が上擦ったビンゴを、クラケンが冷めた目で見ている。彼は何故か、ひどくうんざりした様子で、溜息を吐いた。

 「何だよ?」

 「いや、何つーか……イタいなって」

 「は?」

 「こう、アレだよ。得意分野しか話せねェオタク思い出したわ。キツイっつーか、見てらンねェ」

 「この歳になってマウント取りってキツイっすよ、蔵山さぁん…」

 肩を落とすビンゴに、とっさにトニーが助け舟を出す。

 「んー、でも俺もネットで同じ話聞いたことあるし、割とそれって通説なんじゃねーかな? 霊ってよく分からねーじゃん。解明されてねーから、みんな好き勝手無責任に話が出来るとこあるじゃん」

 トニーの言葉にビンゴが息を吹き返し、またも喋繰り出す。

 「それそれ! 霊って何も分かってない訳よ。大昔からバカ共がしたり顔で「幽霊はこうだ!」とか「いや、本当はこうだ!」って語りやがるけど、答えが分からないから何でも言える訳よ。そんでそれを信じる衆愚ども! 幽霊信じてるやつなんてビョーキだぜ!」

 「じゃあー、ビンゴは幽霊信じてないわけ?」

 ビンゴはコロコロと顔色を変えて話し続ける。今度はやけに渋そうな顔つきになり、腕を組んだ。

 「俺はぁ、いると思えばいるし、いないと思えばいない…」

 「いや、どっちだよ!」

 そのまま黙ってしまった彼に、クラケンが唾を飛ばして突っ込む。

 「ここまでの話いらねェよそれじゃアよ!! 結論どこよソレ!? ……はァ!?」

 突き出された掌にクラケンが怒気を発した、が。

 「いや、だからこそよ」

 薄く笑って話し出したビンゴに、クラケンは怒りを収めて居住いを正した。彼は知っている。ビンゴが掌を出して会話を中断させ、語り出す時――それは自分を”面白い事”に巻き込んでくれる時だと。

 「だからこそ――俺らで確かめようぜ?」

 二人の目の色が変わった。いや、正しくはビンゴ自身の瞳も変わった。三人だ。三人とも、同じ感情を共有している。

 「どうせ暇してんだろ? 退屈なんだろ、毎日。なら面白い事しようぜ。上等じゃん、幽霊。幽霊には人権ないんだろ? じゃあ何でも出来るじゃん。俺らがやりたかった事、何でも出来るぜ?」

 「あーー、主旨変わってね? つかサイコ趣味持ってんのおめーらだけだろ? 何でもできるって怖いよ、君ら」

 「つかオレも含めてンじゃねェよカス。そもそも面白い事って何だよ、はよ言えやカス」

 確かにねぇ、と前置きしてビンゴが頬杖を突いた。片手はテーブルの上、人差し指が規則的なリズムを刻む。気づくと店内から客はいなくなっていた。

 「――ボーリング場が在る。俺らがガキの頃潰れたボーリング場あるだろ。あそこ、変な噂が出てる」

 「そのボーリング場ってー、あのー、公園の坂の下んとこの?」

 肯定の意をビンゴは指を鳴らす事で示した。

 「そこでな、女の子がバラバラにされて殺されたらしい」

 「何だよ、らしいって。ハッキリしねェな」

 「俺はDQNに輪姦されて殺されたって聞いたな」

 トニーが髭を撫でてモソモソと話す。どこかその表情は苦々しげだった。彼は髭を引き抜き、それをテーブルの下へと投げ捨てた。

 「まーー、詰まるとこ、柄の悪い奴等に殺された女の子が霊になってるってこと?」

 またも指を鳴らす音が響く。

 「それもバラバラだ。この話が面白いのはこれからだ。彼女はバラバラにされた後、六つの部位に分けられた。頭、胴体、右腕、左腕、右脚、左脚。それぞれが別の場所にブン投げられて放置されてたって話だ」

 「いやいや、別の場所に投げる意味ッ!」

 「全員サイコだったんじゃねーの? ビンゴみてーに」

 おいおい茶化すな、とビンゴは二人を抑えようとする、が。

 「そも、そんな猟奇殺人じゃー、ふつーニュースになるだろ?」

 「聞いたことねェし。つかそんな事出来るヤツがこんなクソド田舎にいる訳――」


 「まぁ、少し聴けって」


 ――ビンゴが一際大きく指を鳴らした。クラケンが両掌を見せ、舌を出す。トニーは髪を掻き回し、俯いた。

 「……で、続きは?」

 「あぁ。バラバラにされた体はあちこちに投げられたわけよ。そんでな、その棄てられた体のあった場所には今はこう書かれているらしい――”わたしの右脚はここにあるよ”って」

 「ふーん、バカなDQNのいたずらだろォな」

 「頭以外は全部一階のあちこちにあるらしい。それでな、その全てのイタズラ書きを見つけた後、頭がある二階の事務所の休憩所に行くと…出るらしい」

 「んーー、頭だけ二階なん?」

 「そこが殺人現場だったんだよ。輪姦された場所でもあるけどな」

クラケンがコップを傾け、氷を一気に口の中に放り込んだ。口の端から水が一筋こぼれた。彼は氷を噛み砕き、体を乗り出した。

 「んで、んぐ、出るって何がよ?」

 答えは持っていない、とビンゴは肩を竦める。

 「でも、何度もいろんな人が外からその休憩所に女が立ってるのを見掛けてるらしい。それも、だ。輪姦されて殺されたって事を知らない奴らがだ」

 「いや、えーー、それって何調べ?」

 髭を撫で回すトニー。首を傾げ、問う。

 「……俺調べっすけど?」

 「――はぁ?」

 トニーが気の抜けた声を挙げる。彼には珍しく、目を丸くして驚いた。

 「大学のオカ研のヤツと幻研のヤツから聞いて、同じ学部のヤツらに話聞いた。んで、ネットの噂当たったり…」

 「オメェのそういう行動力、どっから生まれンのよ…」

 「信憑性底値っすよ、ビンゴくん」

 途端、呆れた空気が漂い出す。だが、ビンゴは笑った。意地悪く、顔を歪めて。

 「じゃあ――怖くないよな?」

 「そんな見え透いた手――って、クラケン?」

 既に立ち上がり、領収書を手にしてレジに向かうクラケン。彼の背中に声を投げ掛けるが、振り返る事無く、

 「行くぞ、お前ら」

 その言葉にビンゴは笑みを浮かべたまま立ち上がり、彼を追いかけ、トニーも髪を掻き回し、その巨体を揺らしながら彼らの後を追った。テーブルの上、飲みかけのコップの中で、ナプキンが咲いた。



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