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MR.ムーンライトの異世界新日常紀  作者: 毛利 馮河
序章 異世界の洗礼
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2話 弐 『色んな人の色んな思惑』

ふと、ルビアの横顔を眺めていると思い出す。

鮮明ではないくせに、何でか、胸が締め付けられる。そんな思い出。感傷的な気分になるのは昔から嫌いだったから、こんなこと言いたくないが──悔しさが少し、心に有るのが今になってわかった。


「──どうしたの?」


首を傾げ、ルビアがこちらを見る。なんでもないと首を振って、薄く笑う。赤毛の老婆に目を移すと、彼女はボッーと何処かを眺めていた。心ここに在らず、といった様子だ。レイは何だか少しだけ嫌な気分になったが、特に気にすることなく、遠くを眺めた。そろそろ村長の家が見え始めていた。


村長の家は他の家々と違い、頑丈そうな柱が幾つも建てられたその中にある。おそらく神殿、と言うのが一番近い表現だろうか。その中からズシズシと一人の男が近付いてくる。ガッチリとした骨格に蓄えられた髭。手には一つ槍が握られている。


いわゆる、戦士。表情の厳つさは歴戦の勇士のようで──と言うか実際にそうなのだろう。話を聞く限り、彼の偉業は半端じゃない。一度、『預言』をシンドロと共に阻止したとか何とか。ちなみにレイは彼と話したことがない。

ズシズシと近付いてくる男。レイは彼の身長に合わせ、腰を屈める。手を差し伸べ、握手を求める。すると、


「お前、オラのこと馬鹿にしてるよな」

「馬鹿にしてません。これは配慮ですよ。配慮」

「は! 冗談は休み休み言え!」

「休んだら良いんだ?!」


と、語る通り、彼は身長が低い。本当に低い。初め見た時は思わず、「ドワーフ?!」と叫んでしまいそうだった。ただ、先程のドワイトの話を聞いた後だから、そんなことは言わないように心がける。すると三白眼をこちらに向けて、彼は言った。


「お前が、噂のヤマシタ・レイだな」

「どうして噂になってるか知らないですけど……そうですよ。俺がレイです。で、あなたが──あれ、ですよね? ほらあれ、あれですよね? あれのあれのあれ──っとなんか、ドワーフみたいな……って、あっ」

「お前、あれあれあれ言って最後なんていいやがった?」


自分の失言に気づき、レイは後ずさる。ルビアに助けを求めて彼女を見るも首を横に振られた。自業自得と言わんばかりだ。まあ実際その通りなのだが。


「オラは……オラはな……ドワーフなんかじゃねえ──!」

「ギャーすみませんー!」


ここはもう駄目だ。プライドもクソもない。とばかりに土下座。レイは全身全霊で謝罪の意を表す。それで何とか、振り上げられた槍の動きが止まるのを視認。安堵の息を零し、レイは顔を上げる。


「痛っ!」


すると、頭が何かにぶつかった。思わずその痛みに悶えるが、それは槍のような鋭痛ではない。どちらかというと鈍痛。脳味噌に痛みが深く響いていくような感覚だった。


「てめぇ、そろそろぶっ殺さねえといけねえみてえだな!」


と、再度顔上げた瞬間見えたのは、男が顔を真っ赤にして怒りを全身で表しているところだった。髭が逆立つ、というリアルなら有り得ない状況と化している。一体何が起きた? とルビアを見ると彼女は、『顎、顎』と、自分の顎に触れながら口パクで言ってきた。「顎?」と疑問符を浮かべながら、もう一度男の方を見る。それで言っていた意味がわかった。


「そ、そんなわざと顎に頭ぶつけるなんて無理ですからね?! 落ち着いてくださいって!」

「いやもう許さん、お前は殺す」


怒りを通り越して、逆に冷静になったのだろうか。男は槍を構えるとレイに向けて突進してきた。その動きに無駄はない。と思う。武術の経験なんて皆無のレイは尻でも見せて逃げ惑うくらいしか出来ないのだから。時より、ガン、ガン、と音がして、地面が揺れる。槍が上手いこと外れてくれているのだ、と間一髪の状況に安堵。どうして本来ならご都合主義全開で迎え入れてくれないと行けない異世界でこんな目に遭わなくてはならないのか──と、ちょっと待て。

レイはふと思い出し、後ろを振り返った。少し距離を置こうと、全力疾走でルビアの元へ。そのままその影に隠れる。


「あんた何をしてるの?! ま、まさかわたしを盾に……」

「大丈夫、そんな下衆なことはしない……と思う。まあとにかく、見ててくれ」


そう、思い出した。ヤマシタ・レイは、異世界人である。そしてこの世界は、異世界である。今まではそう、序章だ。アニメで言うなら第一話がようやっと終わったくらいなのだ。だからまだ、見せ場がなかったのだ。そして今、それがようやっと訪れている。異世界召喚ものでの最大の見せ場。それは──、


「チート能力の開花、だろ!」


チート能力──『Cheating』を語源とした言葉。意味は語源どおり、イカサマ、いわゆるゲーム内のでの不正行為を表す。しかし異世界召喚ものに置いて、それは主人公が神、またはそれに近似の存在から与えられる超能力という意味となる。


と、説明してみたは良いものの、レイは未だ神やら仏やらに巡り会ったことがない。つまりは、自分に一体どんなチート能力があるのか、サッパリ知らないという訳だ。とは言え、ここは異世界。今までのことを例外と置くのなら、やはりここではご都合主義的展開──突然の覚醒が起きてもおかしくはない。


そう、これはヤマシタ・レイにとって絶好の機会。異世界においての最大の山場。ここでルビアに良いところ見せ──ても百合なのでヒロイン化することはないとはいえ、ある程度の信用は得れるだろう。いや、逆か……?

などと考えているうちにも男は突進してくる。名前、何だったかなと頭を回しながらも、その姿勢は逃げ腰だ。自覚はない。


「あ?! お前なんでそんな気色悪ぃ格好してやがんだ?! 気持ち悪ぃ!」

「なんで俺は登場人物全員に気持ち悪いって言われなきゃないんだよ!」


思えば、未だに言われていないのはエル婆と、あの赤毛の老婆くらいか。あとはシンドロもギリギリ言われていないか。まあ彼の場合は接点が限りなく零だから仕方ないのだが。


「さあ来いよ、俺のチート能力!」


ともあれ、異世界人ことヤマシタ・レイの覚悟は決まった。

臍の下、下腹部に──丹田に力を込める。そのまま目を見開いた。


「よし、見えるぞ。動きが! 動きが全部見える!」


と、それは当たり前の話である。だが、その時のレイの興奮状態は半端ではなかった。後々冷静になって恥ずかしくなって叫びたくなるのは目に見えている。とは言え、このアドレナリン分泌量の最高潮に達した状態のレイにその忠告は通用しない。レイは突進してくる男を受け止めるように、と姿勢をとる。イメージは、ゴールキーパー。経験はないが、友達にこんなことを言われたのを覚えている。


『ゴールキーパーって、案外簡単なんだぜ?』


とはいえ、当たり前の話だが、


「何がゴールキーパーなんて簡単だ、ヤマデラ──!」


勿論、突然チート能力が開花することなどなく、レイはそのままの姿勢で男をキャッチアンドホーリング。それであの化身使いのようになれたらいいものの、そんな訳が無い。そのまま衝撃に耐えられず、レイは吹き飛ばされた。


「痛っ──!」


転がり転がり、頭が何度も地面に叩きつけられる。回転している時は世界がぐるぐると回ると言うが、早すぎて何も見えない。

ただ、全身が体に打ち付けられている感覚だけはわかった。思わず瞼を落とす。その判断はどうやら正しいようだった。


──そのまま、レイは村長の家の壁に激突。それで急ブレーキがかかり、壁からの衝撃と、今までに蓄積されていた様々な衝撃が全身へと放出。脳味噌がグラグラと揺れる揺れる。世界が歪む歪む。


──これはもう駄目なやつだ。


と、空を見上げて、レイはそんなことを呟く。早すぎる。なんとも早すぎる。遺言の一つも書けてない……と早とちりも過ぎる思考回路。とは言え、やはり周囲の人々からは、死にそうに見えたのかもしれない。ルビアが焦って近付いてくるのがわかった。男も近付いてくる。その表情は『ざまぁみろ』とレイの惨状を嘲笑っている。歪む男の頬を見て、レイはようやっと、その男の名前を思い出した。


「ピート・ピクス……この、ドワーフもどき野郎め」

「──オラはドワーフじゃねえ」


最後喰らわされた鈍痛で、レイの意識は完全に消失した。



──



目が覚めると、知らない天井。思えば続編をすると言ったまま見れなかったな……と伝説的アニメを思い出した感嘆の息。初めてあれを見たのが小三の時だったが、あれほどの衝撃を受けたものは今までも、おそらくこれからも一生ないだろう。と思う。


「何だかあれ思い出したら俺なんてまだマシな方に思えてくるんだよな……」


まあまず、地球を救うなんて使命を背負わされていない時点でそうだ。今のレイの状況は……なんと言うか、日常系みたいなものだなと思う。異世界での日常生活……これから新日常系に派生していくのか否か。どちらなのかはわからないが、まあ期待しない方が良いだろう。


レイは身体を起こすと、ゆっくりと腰を鳴らす。バキバキと小さく鳴る。これがでかい音で響き渡らせれたら、最高に快感だろうなと思う。レイはそれで何度か腰を回し、首を横にして──、


「お、おう、ルビア」

「気付くのが遅くないかしら?」


ルビアが隣に座っているのを認識した。



──気絶からの起床、病床の上、美少女。まるで学園ラブコメみたいな展開に、レイは息を詰まらせる。


いやもう何だろう。現実でこんなことが起こっていいのか? と甚だ疑問だ。しかし夢のようであるのは事実。そして自分の頭が存外スッキリしていることに気付いて驚く。

今までの自分なら、異世界召喚されたことに気付かず、「母さん」の一言でも言っていたに違いない。やはり、慣れてしまっているのだろう。何だか異世界召喚から三日で慣れている自分が不思議だ。先程、日常でしかないと表現したが、やはりそれは事実なのだろう。

けれどこの日常は、非日常の中の日常だ──違う。逆だ。こは日常の中の非日常なのだ。異物なのは何時だってこの世界ではなく、レイなのだから。


「はぁ、ボケーッとした面して。……何があったか、覚えてる?」

「よぉーく覚えておりますよ」

「そう。後でピートさんに謝っときなさい。誤解でも仕方がないわ。彼の場合」

「亜人差別って奴か……」

「ええ、まあ彼は人間だけどね。見た目がドワーフみたいなだけで」

「そうだよな……って、ドワーフってのはみんな共通なのか」

「当たり前でしょ? わたしも実際にドワーフを見たことは無いけど、伝承では……と言うか村長から聞いた限りでは、ピートさんにそっくりだわ。寸分たがわずね」

「それなら髭生やさなきゃいいのにな……」

「コラコラ、あれも彼自身望んでやってるかどうかわかんないだからね」

「そう……だよな。以後気を付けます」

「よろしい」


そうだ。冗談でもそんなこと──言った覚えもないし勝手に誤解されただけでは? となるがただ同情だけはしておく。日本の外なんて殆ど出たことの無いレイからでは──差別なんて受けたことの無い人間では、きっとそれは分からないことなのだろう。

そうか、と今更ながらに納得する。思えば、この村には亜人と思わしき人々が多い。道行く人々も、初日では当たり前だと思っていたが、亜人が多かった。ただそれをちゃんと認識したのが亜人差別について知ってしまっていたあとだったから意識的に無視してしまっていたのだ。


「まあ、そろそろ大丈夫でしょ? 村長が来るから、そこで安静にしてて」

「な、さっきから思ってたんだけどさ」

「何?」

「お前、実際の所俺のことどう思ってる訳?」

「何? わたしがあなたに惚れてるとても言いたいの? ちゃんちゃらおかしい。冗談は休み休み言いなさいよ」

「休み休みなら良いんだ?! ってこのやり取り色んな奴としてるな……」


この世界特有の格言なのだろうか。だとしたら、何だか広めた奴の阿呆さ加減が測れるというものだ。


「ていうか、そういう話じゃなくてだな。その……何だか曖昧な感じになってるけど、その……俺が容疑者、みたいな話はどうなったんだ?」

「それは……まだわからない。わたしはまだ、あなたを信用するべきかどうか悩んでるわ」

「そう、か……」


まあ実際、そんな所だろうなとは思っていた。まだ現状、レイには容疑者である証拠も、そうではない証拠もない。今はただ宙ぶらりんにされた状態なのだ。ルビアが答えを出せなくても当然だろう。


「まあ、良いわ。この話はお終い。──そろそろ村長が来るから、わたしは失礼するわね」


布団に軽く二度触れて、ルビアはその場を後にした。ガラガラと扉の音が聞こえ、ガラガラとまた聞こえた。レイは長く息を吐く。何だろうか。この心に巣食う感覚は。こんなにも平和で、落ち着いていて、ほのぼのしていて、楽しいのに。──どうして。


望郷の念なんて、殆どない。ふと、スマホ触りたいなと思うくらいだ。きっとホームシックになれるまで時間が掛かるのだろう。──きっとそうだ。断じて、もう異世界に召喚された瞬間から、帰還の望みを捨てた訳では無いのだ。

と、またガラガラと音がして、扉が開かれた。誰だ? とレイは振り返り、息を呑む。そこには一人の老婆が──エル婆が立っていた。


「やあ、お主が、レイじゃの」

「こ、こんにちは……」

「ハハ。そんなたじろぐ必要は無いぞ。少し、お主と話がしたいと思っただけじゃ」


そう言うと、エル婆は先程までルビアが座っていた椅子に座り、杖をつく。カン、と子気味良い音が鳴って、エル婆はそれに満足げに頷く。


「まあ、どうじゃ? そろそろ慣れたか?」

「え、ええ。成り行きでこんなことになっちゃいましたけど、まあ、何とか」


成り行きで、か……。レイは自分の発言を反芻して、息を吐く。成り行き。本当に今の状況は成り行きだ。そこに自分の意思は殆どない。異世界召喚ものなら、きっとこんな展開にはならないはずだ。だって、こんなのつまらない。


異世界に召喚されて、冒険や戦いをする訳でもない。ただの平凡な少年の日常生活。そんなことを読んで面白がる人間が果たして何人いるのか。いても少数。そもそもいないような気がしかしない。

シリアスな展開が果たしてあるのかどうかも分からないのに、よくこんなラノベを読めるな……と嘆息。けれど、これがリアルだ。これがきっと、本当に本当の異世界召喚なのだろう。


「そうか。それは良かった……。で、唐突なんじゃがな……レイ、ルビアについて、どう思っとる?」

「どう思う? んっと、まあ、俺は、いや僕は……」

「ああ、別に俺で構わん。楽にせえ楽に」

「はい、じゃ、俺で。──俺は、あいつの事を……変な奴だと思ってます」

「ブッ!」


レイが応えたら、エル婆が吹いた。本気で吹いた。それほどか? とレイは疑念の表情。ただ、お茶を飲んでたりしなくて良かった。もしそうならレイにも被害があったろう。それほどに豪快な吹き方だった。


「そうか……クックック……そうか……変な奴、か……」


エル婆は落ち着くまでの暫くの間、静かに笑っていた。クックックックと、喉で声を出す。野良猫のそれのようで、レイは少し心配になったが、野暮だとでも言わんばかりに、エル婆は両手を振った。


「あの子をそんなふうに形容する奴は初めてじゃわ」


一頻り笑うと、エル婆はそう言った。それほどに珍しいことか? とレイは首を傾げる。ルビアのあの性格なら、そう言われてもおかしくないはずだ。まさかと思うが、今までずっと猫を被っていたわけではあるまい。


「まあ、あの子は何やかんやお主に心を開き始めてる、ということじゃろうな」

「そうなん……ですかね。俺にはよく分かりませんよ」

「まあまあ、お主は優しいように見えるからな。それはきっと、数々の人々の心の支えになるじゃろうな。ただ──それで余計な葛藤が生まれていることも事実だがな」

「ちょ、ちょっと『預言』とかやめてくださいよ、急に」


唐突にシリアスな雰囲気を醸し出してきたエル婆に、レイはおちゃらけてストップコール。シリアスな雰囲気は昔から苦手なのだ。


「まあ、わしはこれでも『預言者』じゃからな。今回も百発百中じゃろうて」

「いや、それあんた死んじゃうからね? それで成功とか自己犠牲半端な……ってすみません調子乗りました!」

「大丈夫じゃよ。若いもんは、それくらいがちょうどいい。ルビアが堅苦し過ぎるくらいじゃ」


「だからな」とエル婆は続ける。「──ルビアのこと、よろしく頼んだぞ」


ニッコリと、エル婆はそう言って微笑んだ。それで、とうとうレイはわからなくなった。どうして、自分がこんなにも信頼されている?この老婆と対話するのは、これが初めてだ。だと言うのに何故──。


──その表情の裏側の思惑。それにレイが気付くことは、死ぬまでない。


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