1.5話 零 『とどのつまり』
結局は、そうなってしまうのだろうか──放心。ただ、心が虚へ落ちる。彼女は村長の言葉一言一句を思い返し、そんなふうに息を吐く。嘆息──そんな言葉はきっとその息のためにあった。そんなふうに彼女は思う。
何とも何とも、情けない。自分には何も出来やしないのか。村長の言葉を思い出す度、そんな思いが浮かぶ。
手先が震える。どうやら、自分は不安になると手先が震えるらしい。小指の震えが特に酷い。
──最悪だ。
その一言。今はそれしかない。
何とまあ簡単な。たった二文字の言葉で今の状況が表せれ良いのだろうか。そんなふうに思ってしまう。
彼女は村長の言葉を──『預言』の内容を思い出した。
「──ふぅ」
思い出して、息を吐く。内容は、とどのつまり言うと──村長の死、村の滅亡。何だろうか。何故今になって……違う。今、この時期にそんな『預言』が襲来するのか。
村長は言っていた。この『預言』は任意で知ることのできるものでは無いと。勝手に舞い降りてくるのだ、と。
だから村長のせいにはしたくない。するつもりもない。けれどその『預言』を甘んじて受け入れるつもりもサラサラない。自分が何とかしなくてはならないのだ。
隣で歩く長身の男。普段ならふざけた態度で振る舞う彼が、今は放心のままで虚空を見詰めている。きっと自分と大差ないと彼女は思った。
「シンドロ、さん……」隣で歩く長身の男──シンドロの袖を引っ張り、彼女は息を吐く。「わたしたち、どうしたら良いんでしょうか」
「どうするも何も、『頑張る』しかないだろ」
「────」
「別に『預言』てもんは絶対じゃないし……事実一回は阻止してる。だから、まあ安心しろ。お前も頑張らなきゃ行けねえのは当たり前だがな、ルビア。お前が一人が抱え込む必要は無いんだぜ? だから」
──オレやピートを、それ以上にエル婆を信じろ。
そんな言葉を吐いて、シンドロは笑う。そこで泣くのは何だが癪だから、彼女は──ルビアは力強く頷いた。
「まあ、とりあえずは容疑者つーか、危なそうな奴らを見ておくか」
シンドロは泣きそうなルビアを無視して前を進む。それも優しさなのかもしれないとルビアは思った。
──
容疑者、もしくは注意人物──それを纏めた冊子を作る為、ルビアは村を歩き回っていた。不審な行動の人物、もしくは新しく訪れた人々。それらの名前を逐一確認し、備忘録に纏めていく。
ただ──、
「人が、多すぎるわね……」
不審な行動を取っている、と言う括りがまず難しい。ルビアはそこまで世間知らずな方ではないと思うが、それでもやはり商人などの習慣までは知らない。つまり誰も居ない虚空に向けて手を振っていても、もしかしたらそれは商人同士の合図かもしれないのだ。事実、名前を聞きに行って、そんなふうに応えられたのが既に十人ほど。さすがにこれは駄目だ。
本当に、『預言』なんて当たるんだろうか。ふと、ルビアはそんなふうに思う。勿論、村長の言葉が信用出来ない訳では無い。ルビアにとって、村長の言葉は絶対だ。けれど『預言』なんて、ありえるのだろう。
『預言』──つまりは未来予知。そんなことが、可能なのか。
シンドロやピートが口を揃えて、実在するというが、果たしてそれは本当にそうなのか。──いったい、どうなのだろう。
と、そんなことを考えても仕方が無い。今は記録に専念しよう。そんなふうに決意して、ルビアは拳を握り締めた。
そんな時である。
「いや、普通に考えろよ?! そんな屋根から飛び降りたら足折れるぞ! え? 折れたいんか?! え?!」
「何でそんな薬剤師さんみたいな台詞言ってるんですか? 別に降りたって死にはしないし──」
「いやいや死ぬとか云々じゃなくてね? 魔法とかで一瞬で治るとしても痛いの嫌じゃない?! ──てかさっきの台詞のどこが薬剤師みたいだったんだ?! あれは明らかにヤクザの──ってまさかヤクザに『し』入れたら薬剤師なるじゃんみたいな安易な発想?! 果たしてそもそもヤクザはこの世界にいるのか!」
「レイくんレイくん、落ち着いて下さいよ。そんな意味不明な長台詞。正直キモイです、女の子に嫌われますよ」
「ちょ、そんなドストレートに言われたらさすがに……」
「どすとれーとが何か知りませんけどね、キモイです。まあ、とりあえず飛び降ります。受け止めて下さいね」
「やっぱり保険掛けるのかよやっぱ怖いのかよ──!」
などと言う掛け合いが見えた。どうやら少女が屋根から飛び降りようとするのを、少年が必死に止めているらしい。確かにあそこから落ちたら普通に足が折れるな、とルビアも少年のそこに賛同。ちなみに「長台詞キモイ」にも賛同の意を評している。
白と黒のみで構築された衣服──どうやら両者ともに、シンドロの泊まり木の制服を来ているようだ。新しく雇ったのだろうか。何だかシンドロの泊まり木には変人ばかりが集まっているような気がする。
「まあそもそもシンドロさが変人だしね──ってあ、落ちた」
ふと呟いたその瞬間、少女が屋根から飛び降りた。スカートならどうなっていたろう、なんて考えるが勿論それは仮定の話。
シンドロの制服にそんな要素はない。無駄は省く、とかなんとか言っていたように思う。少し残念に思いながらも、ルビアは落ちていく少女に向けて駆けていった。
大丈夫、大丈夫。この距離なら余裕……。
落ち着かせた呼吸で、足の一歩一歩を計算しながら向かう。あと三歩。一、二、三! 飛んで──!
「掴んだ?!」「掴まれた?!」「掴みよった?!」
と、三人の声が揃う。三つも重なるとこんな声になるのかなどと思いながらも、掴んだその手は離さない。というか離せない。
まずそもそもの認識が違う。ルビアが掴んだのは手ではない。少女の身体だった。体ごとガッツリガッチリ掴んでしまっているのだった。
そのまま、ルビアは下降。極力衝撃を逃がすよう、足の配置は無論考えてある。ストン、と着地して、舞った砂埃に咳き込む。やはり痛みはあるな。とルビアは呟き、少しその部分をさすってから、掴んでいた少女の身体を離した。いい匂いだったので、勿体ない。
「貴方達、いったい何を──って聞く必要もなさそうね」
何故か尻もちを付いている少年の胸元──そこに記された印を指さして、ルビアはそう言う。
「この印のついた制服を着てるとなったらシンドロさんの従業員。シンドロさんの従業員となったら変人。つまり貴方変態ね!」
「いや酷いしイコールの関係訳分からんし最後答え変わっちゃってるし……てかシンドロさんとこの従業員はやっぱ変人なんだ」
「当たり前でしょ? 変人を見れば近くにシンドロさんを探す──それがこの村では常識だからね」
「それが日常化してるの絶対おかしいだろ……」
そんなふうに少年は頭を抱える。少女は依然放心状態。話し掛けても無駄だなと判断する。正直もうこれ以上この少年とは話したくないのだが……というか正直に言うと少女と話がしたい。
──話したいのが少女で、離れたいのが少年で。
『れ』と『し』の違いって大きいな……と自分で上手いこと言えてると実感。ニヤつく。
「あの、ニヤついてるとこ悪いんですけど、そろそろ離してやってくれません?」
「え? 離す?」
「え、何、気付いてない……?」
ルビアはそんなことを言われたから腹が立って、自分の状態を見渡す。左右、上下とやって、ようやっとそれに気づいた。
「よくもまああいつの手握りっぱなしで行けたな」
そんな声が聞こえ、ルビアは急いでその手を離す。放心状態だったのはこれが原因か……と一人納得。羞恥心が湧いてくる。
ただ、それも直ぐに別の感情に押し込まれてしまう。
「ハハ、まあそういう時もありますってぇ!」
それは、なんと言うのだろう。方向性としては、この少年への感情なのだ。それも悪い意味での感情なのだ。この感じ、何だろう。憎しみ、だろうか。近しいのはきっとそれだ。けれどそれとは本質的には異なるのではないかと思ってしまう。
一体、何だろう──気になる。いったい、この感情はなんなのだろうか。気になって仕方がない。頭をグルグル回して、過去の記憶を引っ張り出す。しかし、一向に答えは出てこない。だから結局諦めることにした。
「んじゃ、そろそろ失礼するんでね……」
そう言うと、少年は放心状態の少女の手を掴む。そのまま、シンドロの泊まり木へと戻っていく。「あ」とそこで思い出して、ルビアは声を挙げる。
「あの! 名前はなんて言うの? 名前?」
「え、何? どうしたの?」
そうしたら、少年が超高速で近付いてきた。それはまるで発情した小鬼のようで──とルビアは古い故事を引っ張りだしては比喩に使う。とはいえそれは比喩ではないのかもしれない。鼻を伸ばし頬を赤らめたその表情は、明らかに発情のそれのように見える。女の子だったら本当に可愛い仕草だろうな、と気持ち悪い少年の言動を少女に置き換えホッコリ。凍った心が溶けるように感じた。
「俺はレイ、ヤマシタ・レイだ。んで、こいつがドワイト。名字は知らん」
「そう。まあ、ご協力どうも。これであなたたちも晴れて変人認定よ。ちなみにまたおかしな行動をとったら連行しますので」
「え? それって冗談……ですよね?」
「そんな訳ないでしょう。事実よ」
ルビアはそう早口で捲し立てると、少年を尻目にその場を去った。歩く人々の横を、軽い足取りで進む。 本来の目的は見失ってしまったものの、今日は思わぬ収穫があった。これは本当に本当に嬉しいなとルビアは美しく微笑む。
備忘録に記された珍しい名前を見詰めて、頬を綻ばせる。
ああ、明日から楽しみで仕方がない。そんな言葉が溢れ出して、口にまで現れてしまう。もうこれならいっその事、独り言にでもしてやろう。そんなふうに思って、ルビアは『始まりの大樹』が植えてある広場のベンチに座った。
肌寒い位の風が吹く。そのまま大きく息を吸ったら、肺が心地よい気分にさせられる。フワフワフワフワと『始まりの大樹』から登っていく粒子を見詰める。それが障壁へと化していく様子はただひたすらに美しかった。
「ドワイト、か……」
頬を綻ばせて、ルビアはそう呟いた。脳裏でその少女が──ドワイトが、特徴的な青髪を揺らす揺らす。その妄想は果たして現実になるのだろうか……公私混同を始めるルビアは、ただ割と近い所にある山脈を見ていた。
さすがに無理でした! 下手に一気に行こうとしたけど計算したら無理そうでした!
なんで前言撤回! 普通に一個ずつ投稿していきます!