3話 参 『鬼人』
──あなたが継承したとされている能力は、可能性として、二つあります。
リーフのそんな言葉を思い出して、レイは左手の甲を抑える。痛みは特にない。ただ、張り裂けそうな熱がずっとここに篭もっている。
一角獣の困惑した嘶きが聞こえ、レイは焦りの中からやっと覚醒した。落ち着け。と心には既に冷静さが取り戻されている。
「大丈夫だ、レイ。ビビってんのは、俺だけじゃない」
左手を握り締め、何とかレイは立ち上がる。熱は未だにレイよ体を侵食しようと魔の手を伸ばす。
けれどそんなものに屈してたまるか。ヤマシタ・レイは『何でも屋』なのだ。依頼主の依頼を完璧に遂行しなくてはならないのだから。
「──リーフ!」
「──っ!」
困惑と恐れの色が、彼女の瞳を数俊の間に入れ替わり立ち代り現れる。
それに少し傷心しない訳では無いが、今は、と、レイは頭を振り払った。
「──お前の言葉、信用するぞ!」
息を詰まらせる声が聞こえる。きっとそこには逡巡があって、浅くはない葛藤があったのだろう。
彼女はきっと、完璧な人間ではないから。けれど、ヤマシタ・レイの不完全な人間でもないから。
「──はい!」
力強く頷いたその瞳には、確かな確信があった。
レイはそれにサムズアップ。ニコリと笑って、
「言うこと聞いてくれよな!」
そんなふうに念じて、左掌を、一角獣に向ける。可能性は、二分の一だ。
ヤマシタ・レイの息が詰まる。リーフ・ガーディンの息も詰まる。一角獣は、そんな彼らへ困惑の表情を向け続けている。
──レイは、リーフの言葉を思い出していた。
──
──それは、ソーゼンの洞穴へと向けて歩みを進めていた時のことである。
「そういや、エル婆さんの能力って、どんなだったんだ?」
ふと、前方を歩くリーフに問いかけたレイの一言。それにリーフが反応して、「興味ありますか」とズカズカとこちらに近づいてくる。顔が近い。
整っている、いない以前の問題で、女子との急接近にレイは頬を紅くする。とは言え、それはリーフも同じだ。彼女の場合、その起因に全くもって違う要素が含まれているようだが。
「興味あるのでしたら、是非力説して頂きたく……と、すみません。少々紅潮してしまいました」
と、頬に手を触れて、リーフは反省の意を示す。
そんな彼女の意外性に、レイは驚きを隠せず、ちょっとだけ頬を引き攣らせる。少しだけ、可愛らしいと思えた自分への反省を心に戒める。
「ま、まあとりあえず知ってて損はないから、教えて欲しいかな、と……」
「そうですか?! そうですよね?! 興味ありますよね?!」
と、少し妥協の言葉を発した途端にこれだ。興味があるなんて、一言も言っていないはずなのだが。と、レイは頬をかく。
まさかとは思ったが、こいつも中々のやばい奴だ。異世界に召喚されてから、かなりの数の『やばい奴』と遭遇したが、このタイプは初めて見る。
「お、おう……」
と、動揺を声にして、レイは若干だけ顔を引き攣らせる。リーフはそれに気付きもせず、指を鳴らし、
「──あなたが継承したとされている能力は、可能性として、二つあります」
そう言って、力説を開始した。
……大まかに纏めると、こういう事らしい。
MR.ムーンライト団、独自の研究により発覚した事実から類推する所で、エル婆の力は二種類の可能性秘めているとされた。
一つが、『預言』などを含む未来予知。しかしこれが当たった、という事実は未だに分かっておらず、正しいかどうか分からない。
ただ、これの場合、レイの能力とほぼ類似する為、納得と説得力に関してはレイの心中で急増する。
もう一つが、『鬼人化』の可能性である。
鬼、というのが一体何なのかは、リーフ自身、知らないようだったが、それでも大まかな類推は出来る。
言ってしまえば、『鬼族』の能力を一時的にその身に宿す、というものらしい。
『鬼族』というものはどうやらMR.ムーンライトにより、駆逐されており、能力の検証は一切出来ない。そこが残念な所だと、リーフは言っていた。
レイはその良い口の奇妙さに、傾げる首がなかった。
と、それはともあれ。
ヤマシタ・レイに継承されたとされている能力はその二つ。つまり二分の一。
どちらが当たり、どちらが外れるかはサッパリだ。とは言え、レイの場合、『先読み』以外の能力が出た場合、可能性は後者に一気に傾くと言う訳だ。
「──だから、ヤマシタ・レイ。もしも左手の甲によく分からない、気味の悪い痣が出来ていたら、後者を疑ってください」
──左手の甲に痣が出来ていたら、『鬼人化』を疑え。
そんなふうに、リーフは言った。
だから、
「──頼むぞ!」
心で念じるだけでは足りず、言葉にしてしまってから、レイは左手の甲に力を篭める。
レイが想像する、鬼の力。それはやはり、一時的な身体能力・魔法力の向上だろう。
だからそれをイメージして、レイは左手の甲に力を篭めた。きっと、大丈夫だと信じて。
スっと、息を吐く。言うべき言葉は決まっている。あの日、三ヶ月前のあの瞬間に言えなかった一言。それを今、口から吐き出す──エルネと共に。
「──ゴリア・リリーア!」
途端、レイの口から放出されたエルネが、空中で昇華。黄金色をした針が空中に現象する。
レイはそれに念を送ってから、行先のイメージを伝える。狙うは、一角獣に一直線。
「頼む、能力使えててくれ──!」
──放出した。
黄金色の針が、宙を飛んで、一角獣の足に刺さる。ゴツリと鈍い音がした。青い血が吹き出す。その数秒後に、けたたましい嘶きが洞穴内を走った。
「──っ!」
レイはそれに耳を塞ぎ、何とか耐え忍ぶ。それは風をも巻き起こしていた。
しかしそれもすぐに終わる。否、終わらせる。レイは指先からもエルネを絞り出し、左手に集中させる。
本来なら、レイには未だに早い、多重詠唱。それを何とかイメージと雰囲気で実行する。
唱えるは、ルビアが好んでよく使う拘束詠唱。
「ゴリア・ララーア!」
先程の針が、ララーアの詠唱により、ドロドロと変質。そのまま一角獣の体に絡みついて行く。
レイはそれに頬を歪ませる。体には未だ疲労感がない。つまりまだ、戦える。
「──っ!」
と、調子に乗った辺りで、一角獣がもがき始める。これは拘束が外れる、と即座に判断して、レイはリーフの元に向かう。彼女は呆気に取られた顔をしている。
「ま、まさか本当に発動するなんて……」
「リーフ! とりあえず一旦、洞穴の外へ!」
レイはそう叫んでリーフの手を執る。彼女が頷いたかどうかも確認しない。ただひたすらに、外へ外へと飛び出していく。
──長い長い暗さを抜けて、レイとリーフは外へと飛び出した。
一角獣は、拘束を解いてこちらに向かって来ている。
外はちょうど『本降り』前で、轟々とした風がレイの体を濡らす。雪が服にベタついて、気持ちが悪い。
何故か一向に黙ったままのリーフにも違和感しかないし、苛立ちが激しい。
けれど、
──見える全てが明瞭だ。心の全てが軽やかだ。
今なら、何もかもを救える気がする。
レイは、漲る力に感動を覚えながら、長く息を吐く。
「言っておきすが、それは一時的な物です。下手に使い過ぎると干からびますからね?」
「わーってますよ」
と、にこやかにレイはスマイル。それにアボガドみたいな少女も──リーフも呆れ顔。理解していないのを完全に悟られていた。
「さて、お前には色々やられたからな。──今回は俺の糧になってくれ」
「────」
前方で睨む、黄金の瞳に、鋭利な輝き。向こうから言葉を発することは無い。否、両者に言葉は必要ない。
砂が風に舞っていく──そんな様子を眺めてから、レイは相手に走り出した。
左手で半分光るそれに、自分でカウントダウンしながら、レイは構えをとる。
それに、一角獣の驚いたような顔。しかしそれも直ぐに侮蔑の念へ切り替わる。
やはり、嫌な奴だ、と思いながら、レイは息を吐く。
「──さあ行くぞベイベ!」
──ヤマシタ・レイは、その日から立ち向かう勇気を覚えた。




