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MR.ムーンライトの異世界新日常紀  作者: 毛利 馮河
序章 異世界の洗礼
3/31

1話 参『プラスアルファ』

「さあここが、この村唯一の宿。シンドロの泊り木です!」


ドワイトのそんな無邪気な笑みは他所に、レイはたどり着いた宿屋の様子を眺めていた。

全体的に普通だ。大きさも普通、材料も普通。一応建築様式が中世ヨーロッパに近しいと思われるがレイもそこまで詳しい訳では無い。

と、それよりも、これほど大きな村に宿屋が一つと言うのは何ともおかしな話だ。


この宿屋に辿り着くまでに、この村を一度グルリと回った──厳密に言うと回らされたということになる。ドワイトが道に迷いまくったのだ──ことでわかったのだが、この村はかなり広い。

正直何故、村と名乗っているか不思議なくらいである。

日本でなら、この村の人口くらいの町なんて余裕で存在するのでは? と思う。

ただ、世界が違うわけなので、そんな基準は参考にならない。


とそこら辺で、そろそろドワイトの相手をしてやるかと振り返る。彼女は拗ねた顔でこちらを見ていた。何故か寒気が走る。本性を知ってしまったからだろうか。美少女なのに、勿体ない。

レイは何回か手を宙で仰いだ後、諦めて声を出す。勿論ため息は忘れない。


「はあ……それで? 何が言いたかったんで?」


そう尋ねた途端、パッと顔を明るくして、ドワイトは手を叩く。普通に考えれば、萌えるような場面だ。しかしさっきのあれがあるから全然そんなふうに思えない。迷子で人に道を尋ねようと狼狽える姿は、中々見ものだったが。


「ハッ! これってただの加虐心……やべえ、異世界的な何かが既に影響を及ぼし始めてるぞ……」


異世界に来て約数十分。それだけで異世界からの悪影響をヒシヒシと感じる。元来、自分はMっけのある方だったのに……! と自分で言うのも何だか恥ずかしいが、SでいるくらいならMの方がマシ、とはずっと思っている。


つまるところ、加虐心なんて感じる自分に戦慄。するとまたもや頬を膨らませたドワイトがこちらを睨んでいた。美少女だから腹立たないんだな、と偏見的思考。とは言え、常識とは十八歳までに身に付けた偏見らしいから、必要十分条件的な話で偏見的思考は常識的思考になるのだと正当化。数学は苦手だ。訳分からん。


「もう、酷いですね! ちょっとは私の説明を聞いて下さい!」

「お前マジでキャラ安定しねえな!」


ポンコツからサイコパス。また一度ポンコツに戻ってから今度は妹キャラか。あれ? 妹キャラとポンコツはほぼ同じ気が……しなくもないがまあ何でもいい。おそらく──と言うか確実に、ドワイトのキャラはサイコパスだ。となると一応一貫はしているのか。まあ何でもいい。


「もういいです、サッサと入りまひょ」

「あ、噛んだ」

「う、うるさいですね! 人の揚げ足サラリと取るのやめて頂けます?!」

「テンション大丈夫ですかー?」


もう何が何だかわからない。この女は一体何なのだ。個性が強いと言うか、言動に一貫性が感じられない。いや、もしかしたら一貫しているのかもしれない。しかしそれを推し量れるほどの察しはレイには不可能だ。そもそも空気が読めないのに、人の言動を推し量れるか、と言うのがこちらの意見である。とそれはどうでもいい。


宿屋の中に入ると、まずカランカランと言う音に気付く。どうやらそれは扉に付けられているドアベルだ。本来西洋文化であるそれは、何故か風鈴だった。柄がちゃんとついていて、形もまるきり同じ。と言うかこちらの方が形も綺麗な気がする。とは言え、レイが見た事のある風鈴なんて安物ばかりだ。基準にしてはならないのだろう。


風鈴の形をした何か──風鈴もどきとする──の音を聞きながら、レイとドワイトはカウンターに向かう。何故カランカラン? と終始疑問に思いつつも、ドワイトがガンガン前へ行くものだから、こちらは追うことしか出来ない。


と、突然ドワイトの動きが止まった。回れ右してこちらに向かってくる。何故かロボットみたくぎこちない動きだ。「は?」と思って首を傾げると、ドワイトは胸の前でバッテンマークを形成。首を何度も横に振る。一瞬、部屋がないのかと考えたが、店員に教えてもらう以前の問題──そもそも店員に話しかけていないのでその説は却下。では何だ? とこちらも首を傾げる。


「あの……本当に申し訳ないんですけど……あそこにいる男、ちょっくら殺して来てくれませんかね?」

「──はい!? 今お前なんて言った!? ええ?!」

「シィー。大丈夫、私が上手く隠してあげますから」

「いや、上手く隠すとかそれ以前の問題だから、俺こんな簡単な理由で人殺せねえよ……もう誓ったんだ、俺はこれ以上人を殺さないって」

「何を馬鹿なこと言ってるんですか?! 冗談は休み休み言ってください!」

「休み休みならいいんだ?!」

「あれ? 正しい言い方って何でしたっけ?」


たぶん、『寝言は寝て言え』と言いたいのだろう。凡そ予測はつくが、教えてやる気にはなれない。そこまでレイは甘くないのだ。甘ったれるな! と今年六歳になる弟にもつい先週説教したほどである……いやこれはただ大人気ないだけだ。けれど何故だろうか。こいつにはそれでもいいと思える。


「はあ、とりあえず俺行ってくるんで宿泊費」


話を替えようとレイが手を差し出すと、ドワイトがハイタッチ。苛ついて眉間に皺を寄せると、「わかってますよ」と無邪気な表情を醸し出す。それでやっとこさ、ローブの中をまさぐり始めた。ガサゴソガサゴソ探すこと約三分。ようやっと見つかった麻袋には銀貨が三枚含まれていた。


「これで、一部屋──それも一ヶ月も借りれるの?」

「た、たぶん……」


たぶんとは何とも覚束無い。基準がわからないと本当に厳しいな……と今更ながらに数学の重要性を理解。ともあれ聞こう。そんなふうになってレイはカウンターに向かう。肘をつくと、たまたまあった爪楊枝を歯と歯で噛み、息を吐く。そう、それはまるで──、


「古きよきトラック野郎の如く──!」

「あ? 何言ってんだあんた?」


しょうもないことを言ったら厳つい顔した店員にため息を吐かれた。三白眼で睨みつけられると怖い。しかし何だろう。この底知れぬ好い人臭は。

と言うかこの人、店員では無いのだろう。見渡す限り彼以外の従業員はいないから、これはやはり店主だろう。

と、レイは銀貨三枚をカウンターに滑らす。


「あの、これで一部屋何日借りれます?」

「あ? 何日って、銀貨三枚なら大体三日だろ。一泊銀貨一枚ってそこに書いてあるだろ?」


男はそう言って、レイの後方を指さす。振り返り、そちらを見ると、確かにそこには看板があった。しかし読めない。

まさかとは思うが、この世界観はあれか。会話は行けるけど文字はわかりません的な奴か。レイはそのふにゃふにゃとした文字を見つめて、ため息。これはなかなか怠いことになった。


「それで? どうする? 泊まるか泊まらないか。後ろで待ってる人……はいねえから、ゆっくり考えてもらっていいけども」


そう言われて振り返ると、そこに居たはずのドワイトがいない。あいつどこ行きやがった、と辺りを見渡す。と、何やらカウンター隣の酒場で、男衆の酒を盗もうとしている。しかし男衆に気付く気配は皆無。こいつ隠蔽術を悪用をしてやがる。

思ったが早いか、レイは大股で酒場にゴー、ドワイトの首根っこを掴む。ここで話し掛けても結局自分がヤバい奴認定されるだけなので、とりあえず黙って引っ張っていく。そのままカウンターに向かった。


「で? あんたどうするんだ? 泊まるか泊まらないか……ってちょっと待ておい!」突然、男はドワイトは指差し叫んだ。「ドワイト! 手前どの面下げてオレん所に気やがった!?」


──ふざけるなよ、と男はドワイトの胸倉を掴む。

ドワイトも、アワアワとする様子はない。その状況を甘受している──違う、甘い部分などそこにはない。ただ冷たい、冷気のような覚悟がドワイトにはあった。それに、レイは目を見開く。


「ドワイト、お前また! また弟子か! 今度はこいつか! あ?! お前何人弟子にしたら気が済むんだよああ?」

「何人でも、ですよ。そもそもの仙術師の母数が少ないし増やさないと……って痛い痛い痛い! シンドロくん痛いって!」


胸倉を掴んだまま、男は──シンドロは、ドワイトの皮膚を引っ張っている。あまりも痛そうだったので、レイは前歯で息を擦ると、ちょっとだけ距離を置いた。するとシンドロが一瞥。しかしそこに敵意はなく、逆に驚きがその翠瞳に満ちていた。一瞬、そこに泣きそうな表情が重なる。


「──お前、もういい加減にしろよ」


とは言え、そんな気配は直ぐに消える。ドワイトへの激情が先行したようだった。シンドロはその翠瞳で、ドワイトを見詰めた。瑠璃の瞳は震えない。


「いいか。こいつはオレが預かる。お前に連れ回されて散々な目に合わせられるのは、もうオレだけで充分だからな!」


言って、シンドロはドワイトを突き飛ばす。手を何度か振ってから、こちらを見た。


「でもそれはお前の意志だ。──自分で決めろ」


そう言って、シンドロは指をパキリパキリと鳴らした。


──展開の忙しさに、息を吐く間もない。



──




──ドワイトかシンドロ。そのどちらに着いていくか。


それが今、レイの前に掲げられた選択肢である。異世界召喚から約一時間弱でこんな状況になっている自分が怖い──と思うが、実際はそんなものなのかもしれない。

異世界召喚モノは、あまりにもまったりとし過ぎている。人生はそんなに甘くないのだ。きっと、これくらいのスピード・テンポが普通なのだろう。


「さあ、レイくん。君はどうする?」


胸を張ったドワイトがそう言うと、負けじとシンドロが目を見詰めてくる。どうやら言葉ではなく、眼力で勝負するようだ。翠の瞳が爛々と煌めき、レイの顔面を映す。

よし頭を回そう。選択肢は二つに一つだ。

正直な所、レイの心は今、シンドロ側に少し傾いている。あんなサイコパスと出来れば一緒に行動したくない。それが理由だ。

しかし、ドワイト側にもメリットはある。ネームバリューだ。ある程度名のある者なら、良くも悪くもそんなものが着いてくる。もしかすると、冒険なんてことが出来るかもしれない。それは単純な心の欲求である。


つまるところ、レイのこの選択は、自分の頭と心どちらを信頼するか、と言う話になってくるのである。

──さて、どちらにするべきか。

ここで、時間を少しくれと頼むのはありかもしれない。ただ、それは逃げだ。確かにドワイトがこれから一ヶ月滞在するとはいえ、それを思考時間にするのはきっと違う。きっと、それはもう純粋なレイの気持ちではなくなってしまうだろう。

とりあえず、息を吐く。落ち着け。何も自分の中で思考完結する必要は無い。両方の意見を聞くべきだ。


「あの、その……」

「何だ?」

「あ、さっき言ってたその……『連れ回されて散々な目に合わせられる』って言うのはどういう意味なんです?」

「ああ、それか。それはな……もうオレが十八の頃──今から考えると既に十五年前か。月日の経過は早いな──とそれはいい」


そう言うと、シンドロは懐かしげに目を細め、語りだした。


「オレが十八の頃はちょうど大陸大戦中だったからな。兵役でオレも兵士やってたんだが……そんな時、オレはこいつに見つけられた。本当、災難としかいいようがねえよ」

「────」

「ま、それでオレは仙術が使えるようになったが……それまでの道のりが長かった。いや、長すぎた。てか無駄な部分が多かったんだな。な、ドワイト?」

「師匠に対して呼び捨てって何かおかしくないですか?」


と、黙っていたドワイトが声を挙げる。そこには文体とは異なり、疑問の意思がなかった。初めから、わかり切っていると言うような声だった。


「そんな訳あるか。オレがお前を師匠と思ったことなんて、一度だってねえよ」

「そうですか……まあ、それはいいです」


そう言うと、若干傷付いているらしいドワイトは咳払い。口を開いた。


「良いですか、レイくん。シンドロくんの言葉は聞いちゃいけません。私と共に行きましょう。さあ」

「いやそんな飛び込んでおいで、みたいに手ぇ広げられても困るんだけど……」

「ほらほらそら」

「そらってなんだよもう……」


どちらを選ぶべきか。どちらを選ぶのが最善か。そんなものはわからない。けれど、どちらを選んでも後悔はあるのだろう。

だったら、


「じゃ、この銀貨が表ならシンドロさんに、裏ならドワイトに……で行きます」

「「──え?」」


両者の声が重なる。困惑の表情だ。レイはそれに満面の笑みで応える。

結局、レイは運に任せることにしたのだ。レイは銀貨の月が描かれた部分を裏、肖像画の書かれた部分を表とそう告げる。そして表ならシンドロ。裏ならドワイトとも告げた。両者共に異論はないらしい。困惑はしたが、理解は早かった。


「じゃ、行きます」


レイはそう言って、銀貨を親指の背中に載せた。人差し指をバネにして、飛ばす。クルクルクルクルと宙を舞って、その後カランカランと地面を転がり落ちる。

レイはそれの結末を見届ける為によく目を凝らす。息を吐いた。回転が止まる。残像で未だ表か裏か判別出来ない。


「どっちだ、どっちだ……?」


思わず呟いた独り言。レイはふうと息を吐く。そして、銀貨が止まった。レイはそれを拾い上げる。結果をシンドロとドワイトに告げようと、口を開いた。


「俺は──」


そんな時である。


「──緊急事態だわ! シンドロさん!」


声とほぼ同時に、強い風が吹き込んできた。頬にぶつかる風が鬱陶しい。そう思って、レイは振り返る。そこに一人の美少女がいた。その表情は真っ青だ。


「どうした? ルビア? こっちはこっちで忙しんだが……」


焦る少女──ルビアと呼ばれた少女を他所に、シンドロはまったりとした声でそう応える。落ち着かせようとする意思もがそこにはあったように思える。しかしルビアの表情は変わらない。逆に悪化している。


「と、とりあえず、エル婆の家に来て下さい! 途中、ピートさんを呼ぶのでわたしは遅れると思うので、先に──」

「ちょっと待ってくれルビア。一体何が起きているんだ?」


──そんなにも焦って。

と続けるシンドロに、ルビアはなおも真剣な様子で言葉を紡ぐ。


「よげんが……。──『預言』が、出されました」

「──っ!」


シンドロの表情が激変し、焦燥感に青くなる。こちらを振り返った。しかしレイと目は合わない。合うのはドワイトだ。


「おま、お前、何かしたのか……?」

「大丈夫。何もしていませんよ」

「そんなニッコリ台詞安心出来るかよ!」


舌打ちをつくと、シンドロは外套を無造作に飛び出すと、ルビアの背中を叩いた。


「とにかく行くぞ!」

「はい!」


力強く応えた少女を引き連れて、シンドロは玄関を飛び出す。レイは裏に向いた銀貨を手に、ただ呆気にとられていた。

とりあえず今日はここまで辞めます。書き貯めがある間は、1話毎に投稿していきたいと思います。

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