3話 壱 『決意の熱さ』
「──あかん! あれはあかんって!」
「グチグチ言わずに走れレイ!」
「そうですよ! 走って走って!」
「何でウィルディ兄弟余裕ぶっこいてるの?!」
何故余裕な兄弟二人と共に、レイは田圃の中を畦道にそって進む。田圃であるが故に、足がぬかるんで中々前に進めない。
ただ、それのおかげで一角獣から距離を置けているので、偏に批判は出来ない。
レイは振り返り、一角獣の様子を探る。
やはり、一角獣には相応の知能が備わっているのだろう。自分が馬に近しい事を知っているのか、中々田圃を横切ろうとしない。
この道でやはり正解だったと、前方でスルスルと進むウィルディ兄弟に感謝。とは言え、彼らのそのスルスル具合は不審だ。まさかおかしなアイテムでも──、
「──レイ! ごめん忘れてた!」
あった。
オスカーが投げてきた瓶をレイはキャッチ。そのまま蓋を開けて、一気に飲み干す──直前でユダに止められた。
「これ、飲料じゃないです」
「ですよねー」
魔法的な要素で、ポーションなるものがあるのかと思ったのだが……目測は外れたようだ。
ユダに指示された通り、レイはその『潤滑油』を身体に塗りたくる。
ヌメヌメとして気持ち悪いが、致し方ない。耐えるしかないだろうと、レイはため息。
しかし、そいつの効能は半端ではなかった。本当にスルスルスルスルと進む。
ウィルディ兄弟がレイを遅い、と笑っていた理由にも納得する。
そのまま、レイ達は進む。田圃の端に到達した辺りで、レイは一言、
「中世ヨーロッパで田圃って中々おかしいよな」
と呟く。
しかしそれもオスカーに頭を叩かれて思考中断。そのまま、オスカーから順に地面に上がっていく。一角獣は細い畦道に足を伸ばしているのが、やはり何度も滑っている。
レイはそれに良い気になって、『アッカンベー』と舌を出す。所謂嘲笑に、一角獣の顔が真っ赤になる。
レイはそれに爆笑するが、先に上がっていたオスカーの表情が徐々に真っ青になって行く。
「やばい、光線打ってくるぞ」
「マジか!」
ようやくユダが登り終えた辺りで、オスカーがそう呟く。それと対応するように、一角獣の角が光り始めた。
「急げレイ! ──引っ張り上げるぞ!」
兄弟が、お互いを見合って首肯。いい人達だな、と思いながら、レイはその手を掴んだ。
そのまま、滑る身体で何とか体幹をとって、努力する──も、
「──やばい!」
──一角獣の方が数秒早かった。
レイが地面に片足掛けた丁度その時、一角獣のビームがレイの足元を直撃。それに驚いたオスカーが思わずその手を離す。
「──っ!」
案の定、レイはバランスを崩して、田圃に頭から着水。頭を打ち付けた。
「──痛っ!」
鈍痛が、レイの脳髄で反芻する。何度も何度も返ってくる痛みに、レイは思わず絶叫。しかしそれも、口に入り込んだ泥で阻止される。
視界も覚束なくなり、レイはもがいていた動きを辞める。否、辞めざるを負えない。体がもう動かない。
「──レイ!」
そんな声が遠くで聞こえた気がした。
それはいつも通り心配げで、レイは悪い気になってしまう。
思えば、彼女には悪い事をした。全く、人に迷惑を掛ける時は、いつも彼女に尻拭いして貰っている。
けれど、最後の最後、彼女だけでも逃がせれて良かった。
心の底からレイは安堵する。それだけで、後悔の全てが消えていく気がした。
──少し、左手の甲に熱があるような気がした。
──
「きっとあなたみたいな人の為に『馬鹿』って言葉があるんでしょうね。一角獣に向けて『アッカンベー』するなんて」
「うるせえ……認めざるおえんのは事実だけど」
「は!」
「お前のそれマジで腹立つな!」
レイが目覚めた時、傍に居たのはルビアではなかった。アボガドみたいな瞳をした少女──リーフ・ガーディンがそこにいたのだった。
ルビアではなかった理由に、心当たりはある。何となく、レイはそれを悟っていた。
「そういや、一角獣はどうなったんだ? やっつけたのか?」
ふと、レイは包帯を巻いてくれていたリーフに尋ねる。彼女はその手を辞めて、傷口にダイレクトアタック。突然の暴虐にレイは言葉もなく、ただ目を見開く。
「え、今なんで叩いたの? え?」
「まあ、一角獣をこの村から成功したとは聞きましたが……根本解決には至ってないようです」
「え、ガチスルーの方向で行く感じですかはい」
「────」
「何?」
「やっぱり何回も思いますが、その喋り方辞めた方が良いですよ。正直キモイです」
「そんなサラリと酷いこと言わんとてくれる?!」
「ほらまた」と散々な言い様のリーフに、レイは笑みを浮かべる。苦味の含まれたそれには共感が篭っていた。レイもこの自分の喋り方が嫌いだった。
「まあ、それは良いとしてだ。根本解決には……って、つまりまだ殺せてないってことか?」
レイは頭を振ると、思考の転換を図る。新たな話題は、確認作業だ。
リーフは、そんなレイの内情を知ってか知らずか、首肯する。
「ええ。ネコさんの活躍で追い出せはしたそうですが……」
「そうか……」
と、レイは一応納得の相槌を打っておく。
何だか、今回もレイは何も出来なかった。前回もそうだ。レイか全ての元凶でありながら、レイはその尻拭いを何一つとして行わなかった。
そう言えばあの時もリーフに助けて貰ったのではなかったろうか。
自分の成長の無さに呆れ、レイは肩を落とす。怪我をしたらしい左手が痛む。ちなみにリーフのダイレクトアタックの効果は絶大だった。
「なんか、申し訳ないな……」
「────」
リーフの瞳を──もう慣れて、気持ち悪いとは思わなくなったその色を見詰めて、レイはボヤく。
そこにリーフは、一瞬侮蔑の光を宿した。しかしそれも直ぐに消え、呆れが全部を占めてしまった。
「あなたみたいな人にこんな言葉を吐くのは大変勿体ないし、出来れば自分が代行したい所ですが──」
「────」
散々な言い様のリーフ。けれどそこには侮蔑の色はなく、ただ決意とあと一つ、何か形容し難い感情が隠れていた。
「──ヤマシタ・レイ。自分が依頼した内容、覚えていますか?」
「……そりゃ、勿論」
──三日前から噂されている、一角獣の確保。それが、彼女の依頼だった。
ふと、その時頭に何かが落ちる。それは所謂閃と言うやつで、今の今までおかしかった部分に合点が──否、そこまでには至らない。ただ少し、糸口が見え始めた。
「なら、それを遂行してください。もし出来ないのなら、自分はあなたの店を取り潰さなくてはならない」
「それマジ?」
「マジです。本気です。だから──一角獣を捕獲しに行くんです」
リーフは静かに言って、レイの瞳を見詰めた。映りこんだ自分の醜さに呆れてしまって、レイはため息。けれどそれで吹っ切れた気がして、レイは頭を振った。
そうだ。何をクヨクヨしていたのか。問題の解決の為に始めた『何でも屋』だ。依頼の遂行だけは、そもそも念頭に置かれておかなくてはならなかったのだ。
そんな当たり前の事を再認識させられ、レイは頬を思い切り叩く。
やる事は決まった。やるべき事も決まった。やりたいことも決まった。
ただ、その前に、
「──ちょっと、疑問に思ってる事があるんだが……聞いてもいいか?」
「何です? 自分に応えられる範囲でならば、応えましょう」
ずっと疑問だった言葉を吐こう。レイはそう思って、寝台から立ち上がった。
「お前──リーフはあの時、三日前から噂されている一角獣を捕獲して欲しい、って依頼したんだよな?」
「ええ、そうですよ」
「そんで、それはMR.ムーンライト団からの依頼って事に間違いはないんだな?」
「そこには責任を持って応えましょう。間違いないです」
「なら、さ……」
そこで、レイは一呼吸置いて、リーフに指をさす。パチンと、次いで指を鳴らした。
「──一ヶ月前からお前ら名義で出てる依頼書は……俺の住所が書かれてたあれは、一体何なんだ?」
──レイの問が、吹き抜けの窓から風を誘い込む。
リーフ・ガーディンは、そんなレイの言葉に、満足げに頷いた。
──
レイはリーフのそんな様子に不審に思い、少しだけ後退り。それにリーフが、「必要ないです」と手招いた。
レイはゆっくりと近付いて、差し出されたリーフの手にタッチ。「俺は犬か」と突っ込んだ所で、リーフが口を開いた。
「そこまで気付けたなら、後は簡単な話ですよ」
「いや、ここまでは行けたけど後はあんまり……何だ? なんかまた、陰謀説か?」
またもやフッと、笑うリーフに、レイはそう尋ねる。リーフはそれには首肯せず、ただ、レイの肩を叩いた。
「考えてもみてください。あんなにも危険な一角獣の捕獲依頼──それが実は、MR.ムーンライト団を偽った何者かの依頼だったら」
「────」
「しかもその誰かが、何かで一度『やらかして』いて、信用度が最低だったとしたら」
「────」
「そして誰かその依頼を達成して、報酬を貰おうとして、この村に被害が出たとしたら」
「──っ! いや、でもそんな訳……」
「ないと、言いきれますか?」
リーフが言いたい事の意味はわかる。確かに賛同できる部分ばかりだし、そんな状況なら、自ずとその『誰か』に責任が集中するのは、経験則として知っている。
だが、もしそれが正しいとするならば──、
「俺を、貶めようとしてる奴がいる、って事か?」
そんな言葉を吐いてから、「それはない」とレイは自分で否定する。
一体何が悲しくて、既に地に落ちたレイの評価を下げなくてはならないのだろうか。
確かに、次何かやらかせば処刑は必至だと言われていた。とは言え、それで得する人間なんてない。そのはずだ。見せしめ以外の話では、有り得ない。
「ヤマシタ・レイ。あなたは、自分の持っている能力を過小評価し過ぎなのです」
「過小評価……って言ったって」
条件さえも分からず、本当に微々たる事しか変えられない未来予知の評価が、これ以上跳ね上がるとは思えない。そんなふうな思いを込めて、レイは首を傾げる。
すると、リーフはそれに首を横に振った。「は!」といつも通り腹立つ笑い方をしてから、口を開いた。
「あのですね。あなたは全く理解していないと思いますが、あなたは正式な『継承』者なんですよ? この村の元村長の」
「────」
「そんなものを持っているあなたです。何とかして、利用してやろうとする輩は出てきますよ。まあ、どんな作戦を立てていたのかは分かりませんがね」
そう言うと、リーフは頭をかく。レイは言葉に詰まった。
「ま、それにいち早く気付いて、あなたへ行動を促した自分達には感謝してください。下手したら、殺されて能力だけ取られていたかもしれないですしね」
そこまで言うと、リーフは椅子から立ち上がった。レイもその様子を眺める。
なんだか癪だが、どうやら月明かりの連中に感謝の気持ちを述べないと行けないようだ。
レイはかなりの不満を抱きながらも、リーフへと頭を下げる。
「何だか癪だけど、ありがと」
「『何だか癪だけど』の部分が余計です。……でも、良いでしょう」
手をパンパンと打ち、リーフは糸くずを払う。その音を聞いて、レイは頭を上げた。
「──さて、行きましょうか」
「おう」
そう応えて、レイはリーフに続く。
──包帯の巻かれた左手の甲が、熱く、熱くなっていた。




