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MR.ムーンライトの異世界新日常紀  作者: 毛利 馮河
第一章 一角の恐怖
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2.5 零 『思い出したら』

──囁かれた言葉が、頭の中で反芻している。


思わず頷いた自分への後悔が止まらない。どれほど懺悔しても仕方が無いことは知っている。

そもそも、懺悔の対象がいないのだ。だから何も出来ないのだ。

自分は、ただ呆然とその場に立ち尽くす事しか出来ないのだ。


──しかし、それさえもそろそろ危うい。

それに、何となく既知感を覚える。


「え、おい。ルビア? ルビア! 大丈夫か?! おい! おい!」


そんな少年の声が聞こえる。男らしくないな、なんてふと考える。けれどそこに嘲笑はない。ただ、親しみの念があった。

自分へ掛けられる心配言葉。一体どれほどの人間がそれを掛けてくれたのだろうか──そんなものいちいち数えられる訳が無い。


ただ、一つだけ言えるのは、


──本当に掛けて欲しかった人からは「一度も無かった」と言うことだけである。



──



──母に棄てられ、飢餓に飢えたルビアはエル婆を殺害し、復活したエル婆によってこの『始まりの村』に連れていかれた。


それが、ルビアが思い出しては切なくなる思い出だ。

けれど、ルビアが思い出すべきは、それよりもさらに前のこと。

──彼女の母と彼女の罪についてだ。


「ねえ、お母さん」


その日も、ルビアは花摘みに出掛けていた。

彼女の種族では、花を何より大事にする。何れは使役するのだから、と大人達は子供に花摘を推奨させていた。


男の子達はそれを嫌い、剣技の練習ばかりしていた。しかし少女達の大半はそうではなかった。

皆、喜んで花摘みに出掛け、自分に合うと思えた花を摘んでは、母親に見せていた。


それは、ルビアも同じ。少々男勝りな少女ではあったとはいえ、やはり彼女だって花摘みが好きだった。


それは、彼女がいつも通り花摘みを終え、その手に持った花を母親に見せようとした時だ。


「ねえ、お母さん?」


二度目の、無邪気な声が母の耳に入る。それ以外の全てがまるで見えていないかのように、母はルビアにこう言った。


「いいかい。今、起きた事は夢なんだ。だからルビア、もう忘れてしまって、寝てしまいなさい」


その声は、優しかった。少々震えていたとは言え、宥めるようなその声に悪意はなかった。それだけは、確信を持って言える。

けれど、ルビアは震えていた。震える体を止められず、ただその場に立ち尽くしていた。


「お、お母さん……?」


三度目の問は、今度こそ不安と怯えでいっぱいだった。

普段は男勝りな性格を装っているものの、やはり彼女も子供。普段とは違う母の姿に、終始怯えていた。


「ルビア……お願いだから、もう自分の部屋に戻って。──お願いだから」


──お願いだから。

──お願いだから。

──お願いだから。


小さな少女の脳内で、その言葉が三度繰り返される。頭がクラリとしてしまって、足元が覚束無い。

怯えて立ち尽くすことさえも出来ないのだ。そんなふうに思いながら、ルビアの意識は遠のいていく。


深く深く、意識の深淵へと誘われていく。それはつまり、彼女が強制的に眠らされたということであり──、


「──っ!」


次の記憶は、突然自室となっていた。

ルビアは何を思ったのか、飛び起きると階段を飛び降りる。それで、彼女は母の姿を探し始めた。


母の部屋は二階にはない──というか、そもそも二階にはルビアの部屋と物置しかないのだ。一階で、探す他にない。

ルビアは埃まみれになりながら、そこら中を探す。


いるはずもないのに、ソファの下を確認したり、テーブルの下を見てみたり。

んその行動には年相応の稚拙さで満ちていたものの、その心意気だけは立派なものだった。


──なんとかして母を見つけて、昨日の出来事を問ただそう。


ルビアは、別段頭の切れる方ではない。この年相応の頭で、この年相応の行動しか出来ない。

それは、この時のルビアと現在のルビアとの共通認識であり、他者からもそれは認められる事だ。


しかし、頭の回転は遅けれど、その頭の柔軟性では大人に負けていない──そんな自負があった。

だから今回も、彼女は直感的に、あの出来事が夢ではないと悟っていた。


だから探す。探して探して探しまくる。同じ場所だって探してやる。

同じ場所を探している時点で、頭の柔軟性はさほど良くないのだろうが。

と、


「──あれ?」

「おはよう、ルビア」


いつも通り、柔らかな笑みで母が言葉を掛ける。途端、何を言いたかったのか分からなくなってしまった。

ああ。きっとそうだ。あれは夢だったのだろう。


あんな光景──母が父を殺していた、なんて事、ないに決まってる。

そもそも、ルビアに父はいない。今までずっと、母が一人でルビアを育ててきた。


──なら、どうして自分はあんな夢を見てしまったのだろう。


それが何だか不思議で、ルビアは疑問に思ったけれど、母の笑顔で全て忘れてしまう。そのまま、ルビアは母の胸に飛び込んだ。

それで、母の服の香を嗅いだ。


──いつもよりも、それはいい匂いがした。



──



──目覚めたルビアを襲ったのは、堪え切れないほどの寒気だった。


あまりの寒さに、ルビアは身を震わす。頭は直ぐに覚醒した。

ルビアは辺りを見渡し、その騒然さに驚きを隠せない。


「い、一体何が?」


記憶の最後はあの少女、パンドラの言葉に頷きで応えた所だ。だから急な場面展開に、思考が置いてけぼりにされてしまう。


──遠くに見える破壊された家々。逃げ惑う人々。流血沙汰にはなっていないようだが、それでもその被害は大きなものだ。

まるで三ヶ月前のそれのようで、ルビアは身体を震わせる。


「まさか、また……」


そんな思考が過ぎる。確かに、あの柵だけでは不十分だったと言える。あれでは、何時でも獣が侵入して──違う。思い出した。


「一角獣だ……」


ルビアにしか従えない、一角獣。獰猛な獣であることに変わりないあれが、ルビア無しで村に放たれた場合、どうなる。

持ちいる憎悪の全てでもって、村を破壊し尽くすのでは無いだろうか。


「また、わたしの……」


人々は押し合いを繰り返しながら、波のように村の南へ向かう。きっと北側に一角獣がいるのだろう。

そんな彼らの口々は、やはり愚痴だ。きっとまだ状況を理解していないが故のものもあるだろう。

しかし──、


「くそ! 俺は見たぞ! やっぱりあの男が!ヤマシタ・レイが疫病神だ!」


そんな声が聞こえて、「そうだそうだ」と同調の声を上げる。それにルビアは心臓を締め付けられるような思いを抱いた。

また、ルビアの失態をレイが拭うのか。レイはそれを知らないけれど、全てはルビアの責任なのだ。

ただ、始まりの信頼関係があったか否かの話なのだ。


「わたしは、また……また……」


ポタポタと涙が零れ落ちる。大人気ないな、なんて自分で思う。強がっていた自分への羞恥心が、止まらずに心を締め付ける。


そんな時だ。


「おう、嬢ちゃん起きたか」

「ネコ、さん……?」


ネコが、ルビアの肩を叩いた。思わず振り返って、ルビアは困惑の声を上げる。一体、どうなっているのだろうか。

そもそも、ルビアにレイを追わせたのはこのネコだ。何やら、嫌な予感がする、なんて事を言っていた。


その時、確か彼は、村の外にある『ソーゼンの洞穴』へ向かったはずだ。本当なら、自分がレイを追いたいが、それは無理なのでルビアに頼みたい、と言っていたことを覚えている。


「ホントに、何が起きたんです?」


そんな彼が、今この場に居て、ルビアを心配げに見つめている──それが意味する事に気付いて、ルビアはまたも涙を流す。

それに気付いて、ネコが後頭部をかいた。


「あーもうとりあえず泣くな。お前が悪い訳じゃ無いんだからよ」

「──はい」

「おう、それでいい。泣いてない方が余っ程綺麗だ。──まあ、それは良いとして、だ」


ネコはルビアに向けて人差し指を立てる。それの意味がわからず、ルビアは首を傾げた。


「どうして、オレがお前をここまで連れてきたのか──それに関してはどうでもいいがとにかく! 今、一角獣が暴れていることは分かっているな」

「はい」

「なら、オレらも助けに行かなくちゃならねえ。今、レイやウィルディ兄弟……後、月明かりの連中が戦ってる。だから──んん! ──助けに行くぞ」


そこまで言って、ネコは人差し指を直す。一体どんな意味があったのか分からないが、彼はこに悩むような様子を見せていた。だからこちらは無視するべきなのだろうか。

そんなふうに思っていると、ネコが吹っ切れたかのように人差し指を立てた。その表情から葛藤は消え去っていた。


「すまんが、とりあえず今は何も質問はしないでくれ。オレだってこれ以上犠牲は増やしたくないし……からな」

「え、え、はい」


タジタジでルビアは目を丸くするも、何とか首肯。途中聞こえなかったことは敢えて言わない。

そうしたら、ネコが満足げに頷いた。ルビアの瞳を見詰める。


「──思い出せたら、真っ先にオレに教えろ」


そんな言葉を吐いて、ネコはその場を去る。向かうは、村人達の方。おそらく避難させるのだろう。

だがしかし。

置いてけぼりにされたルビアは、ただ目を丸くしていた。


「思い出したら……って、どうして……?」


困惑は深まる。謎ばかりが広がっていく。

けれどもそれは後回しだ。今は、レイを助けに向かわなくては。


──今度こそ、ルビアがルビア自身の罪を受け入れられるように。





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