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MR.ムーンライトの異世界新日常紀  作者: 毛利 馮河
第一章 一角の恐怖
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2話 肆 『騎乗馬』

──パンドラと名乗った少女は、右は紅、左は藍の瞳をしていた。


いわゆる、オッドアイ。その上、暖色と寒色によるコントラストは激しく、レイは自分の視界がチカチカとするのを感じた。

沈黙が世界を包む。ルビアとレイは目を合わせ、頷き合う。


「あなた」

「──パンドラとはこれまた厨二な名前をしてはりますな!」

「あ、そっち?!」

「あ、違うの?!」


と、若干の認識の差が生じ、レイとルビアが互いに目を見開く。それにパンドラは無表情だ。薄く開いていた瞼を閉じ、ため息を吐いた。


「だって、パンドラだよ?! パ・ン・ド・ラ! あんなんもう、ファンタジー感が半端ないでろ?!」

「いやもう『だろ』が『でろ』に変わる位なら叫ぶの辞めたら?!」


と、言う会話にまたもパンドラがため息を吐く。これでは話が進まない、と判断したのだろう、パンドラが指を鳴らした。

興奮気味のレイとルビアの意識が強制的にそちらに向けられる。まるで仕組まれたようなそれに、レイは思わず息を呑んだ。


「いいか、お主らがこの場に居れることは大変名誉な事なのだぞ? それを無下にするのは、お主らにとっても損な話ではないか?」


合間合間にため息を吐いて、パンドラはそう言う。一見幼女のそれは、とにかく尊厳に満ちていて、レイは彼女を『ロリばぁばあ』と判断する。ここに来て新たな属性である。


「ちょ、ちょっと待って貰ってもいいですか?」

「なんじゃ?」

「オスカーとユダと……一角獣は? 何処に行ったんです?」


そんなルビアの言葉に、レイはハッと息を呑む。確かに、言われてみれば、この場にはレイとルビアしか居ない。

一角獣でさえ、居ないのだ。これが何を意味しているのか、凡そ理解して──しかし、完全には理解出来ないままに、レイは息を吐いた。


「簡単な話よ。あいつら──ウィンディ兄弟と一角獣、だったか? あいつらには、この場に至るほどの資格がない。それだけじゃ」

「んじゃ、つまり俺らにはその資格があるって事か?」

「ああ。まあ、目的としてはお前だったが、その娘も着いてきてしまったようじゃな。まあ、仕方ないと言えるが」


そこまで言うと、パンドラはゆっくりと、滑るようにレイの元に到達する。空中を滑り、動くその動作に、レイはいちいち感動していた。


「さて」と、パンドラがレイの胸を小突く。そこはちょうど、心臓で、レイは驚きに心拍数を上げてしまう。


「お主の行動は、ワシらからすると大変、面倒臭い。出来れば、辞めて頂きたい──と、言おうと思っていたのだが」

「────」

「お主は未だに不完全なままか。──仕方あるまい。少しの間見逃す」

「は、はあ……」


それだけ言うと、パンドラは空を滑り、ルビアの元に向かう。また、彼女の胸を小突く。

しかし今度は、彼女の耳元だけ、誰にも聞こえぬよう、囁くように言葉を吐いた。

それに、ルビアが頷く。満足気に頷き、パンドラはルビアの元を去った。


困惑だけがレイの心中に絡み、それ以外の感情の動きを停止させる。

だから何とか言葉を捻り出そうとし、レイは口をすぼませる。そして一言、言葉を吐く。


「──お前は」

「──待て」


──パンドラは、それをよんだかのように左手でレイの動きを制止した。レイは目を見開いて、パンドラが口を開くのを待つ。


「お主らの困惑はよく分かる。いきなりこんな言葉を吐かれても、理解せよという方が無理な話だろう。じゃ……お主らの質問に一々応える時間はない。──それはワシも、お主らも、だ」


そう言って、パンドラが左手をこちらに向ける。嫌な予感がして、レイはハッと目を見開く。途端、暴風がレイを襲った。次いで、ルビアおも流そうとする。


「ヤマシタ・レイ。お主とはもう一度出逢える。──その時は、ワシの言の葉を全て理解できるようになっておれ」

「ちょっと、お前、自分から誘っといて……」

「確かに、誘ったのはワシじゃ。そしてその結果をワシは知っている」

「何を、言って……」


暴風に煽られながら、レイは何とか言葉を放つ。その顔は険しく──無意識且つ、不可抗力とはいえど、まるで鬼のような形相となっていた。

そんなレイに、パンドラは淡々と言葉を放つ。ルビアには見向きもしない。彼女は放心状態で虚空を見ている。


「いいか。一角獣は純粋な処女にのみ、懐く。そしてその諸事は今この場にいる──置いてけぼりにされた一角獣がどうするか、問い掛けるのも無粋じゃろ?」

「──っ!」


レイは息を飲んで、パンドラを睨み付ける。仰々しく語ってはいるものの、結局の所この展開を呼び起こしたのは彼女なのだ。恨まないはずがない。

しかし、今ここで彼女に鬱憤を晴らしても何の意味もない。だから、何とか前を向く──この場合は、暴風に身を任せる。


「いいか、レイ。一角獣は常に諸事に憤怒の念を抱いている。故に走れ、レイ。──お前でなくては、救えない」


吹き飛ばされる最後の瞬間、そんなパンドラの声が聞こえた。レイは何だか胸が熱くなるのを感じて──けれど、何とか冷静さを取り戻す。

調子に乗れば失敗する。それは三ヶ月前の教訓だ。


自分は強い人間ではない。自分は賢い人間ではない。自分は勇者ではない。自分は、救世主ではないから。

調子には乗れない。全てにおいて冷静さを欠けるな。心を落ち着かせろ。


──心を、殺すな。心を活かせ。


念じて、レイは目を見開く。途端、レイとルビアは元の小屋に戻っていた。


「いいかルビア。ここから先、何が起きてもビビんなよ」

「───」

「……ルビア?」


不審に思い、レイは振り返る。すると、ルビアが顔面蒼白と言った具合に、胸を抑えていた。大変、苦しそうな表情をしている。


「え、おい。ルビア? ルビア! 大丈夫か?! おい! おい!」


彼女の頬を叩き、何度も声を掛ける。反応はない。ただ、少し呻き声を上げるだけ。徐々に呼吸すら危うくなっていく。

レイはそれに危機感を感じて、彼女を背におぶる。急いで小屋から飛び出した。


「おいおいどうなってやがんだよ!」


飛び出した先の光景に、レイは思わずそんな言葉を吐く。驚きに、言葉もないとはこの事だ。

レイはルビアがシッカリと背に捕まっているのを確認して、脳内マップを展開する。


あまり脳内マップは精密ではないが、それでも大雑把な距離はわかる。

ここから治療院までの距離は約十分。急げば、間に合う。そのはずだ。

しかし──、


「おい! 一体何があったんだ?!」

「──ひっ! 疫病神!」

「──っ!」


村人に声を掛けたら、そんな言葉が帰ってきた。今更ながら、レイは自分の心の傷を理解する。そしてそれ以上に、自分への甘さを思い出す。


思えば、レイは村人達から距離を置いていた。まだこの村に来て間もない人々とばかり交流して、村人立ち達との交流を自ら絶っていた。


──その弊害が、こんな所で来るとは。


「──っ! またお前か! ヤマシタ!」

「──今度は私の息子を殺す気かい?! 出て行きな!」

「──お前のせいで、また……!」

「──覚えてろ。オラが必ず、お前を追放してやる」

「──もう辞めろ、レイ。お前が関われば関わるほど、事は深刻かする」


──うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!


そんな言葉を掛けないでくれ。そんな瞳で見ないでくれ。全ては自分が悪いのだ。全ては自分が悪いはずだけれど、


──やっぱり人から嫌われる事は心が痛む。


これでは、背中のルビアを落としてしまいそうだ。


「くそ! くそ! でも──!」


でも、何なんだろう。「でも」の後に、自分は一体どんな言葉を放つのだろう。在り来りで勇敢なヒーローなら、一体どういうだろうか。

少し古い、熱血系の主人公なら、なんて言葉を放つだろうか。


分からない。分からない。分かるはずがない。だって──ヤマシタ・レイの物語は、何時だって報われないのだから。


「──間に合ってくれ!」


過ぎ行く景色。徐々に瓦礫とした部分が増える中、レイはふと気付く。その中の大半が、今日まさに壊されたという事に。

レイは息を呑む。固唾を飲んで、辺りを見渡す。


急いでいた足は少し低速に。身体から発せられる音が限りなく零になるよう努力にする。


「──っ! くそ! マジなんでだよ毎回毎回!」


遠方から、一角獣がこちらに標準を合わせるのに気付いて、レイは走りだす。

背中のルビアへ衝撃が激しいが、もう仕方ない。こうなれば治療院まで猛ダッシュだ。


「走れ走れ走れ──!」



──ようやっと到達した治療院。そこで、レイは露骨に嫌悪の視線を向けられながら、ルビアを預けた。


これで、ルビアの安全は保証された。そのはずだ──と、レイは考えていた。

けれど、案の定──、


「────!」


と、一角獣がよく分からない声を上げてこちらを睨む。おそらく、ルビアが目当てなのだろう。その目は爛々と輝いており──底沼の憎悪を宿している。

確実に、奪いに来ている。それが、何となくわかった。誰を、かなんて言葉にするのも野暮だった。


「さあ来い! 一角獣!」


「────!」


そういって、一角獣が突進してくる。その姿はまるで、まるで──、


──騎乗馬のようだと、レイは何となく思っていた。





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