2話 弐 『ゴロゴロ、ゴロゴロ』
──追いかけて来る一角獣は、噂通りビームを放ってきた。
「やばいやばいあれはやばいって!」
「だから言ってるでしょ?! 早く逃げんと!」
時より降り注ぐ光線。ウルトラのそれと類似点の多いそれを、レイらは間一髪で避けている。
一重に、レイの『先読み』のおかげであるのに違いはなかった。
未だ発動条件さえ分からないこの力。レイは今日、これを既に十回は使用している。
この能力は、しょうもない癖に精神的な疲労が激しい。おそらく精神力を使っているからなのだろうが、それでも割に合わない。
それに、だ。
「おい、レイ! いつまで後ろ走してるつもりだ!」
「こうしないとあのビーム避けれないんですよ!」
「何でだ!」
「能力制限って奴ですよ!」
「なんじゃそりゃ! とにかく走れ!」
前述の通り、この能力に制限がある。一瞬しか見れない、と言うのもそうだが、それ以上の制限──それは。
「見てないと何も出来ねえって! まあ当たり前の話なんだけど!」
レイの能力は完全に視界に依存している。故に、視覚を塞がれてしまえば、もしくは死角に入られてしまうと、能力の持ち腐れとなってしまうのだ。
だからこその後ろ走。所謂バックステップをずっと続けている。そのおかげで、今の所全員無事だ。
ただ、レイの膝小僧はボロボロ。靴だって、二人と違い、そもそも走る為のものでは無い。だから、痛みが一歩毎に走る。
「──っ!」
また、世界が青白い泡に包まれる。一角獣のビームのコースが見えて、レイはそれを記憶。
丁度、黙々と走るユダの頭にそれが打ち当たる。そのまま、彼が地面に倒れ込んだ途端に、泡が崩壊。世界は元に戻る。
「ユダさん! こっち!」
手招きをして、レイはユダの進む道を数メートルずらす。それで、彼の耳元をビームが掠めた。
目を見開いた後、ホッとした表情になって、ユダは静かにサムズアップ。レイもそれに応える。オスカーが、うるさい顔面を晒して、後ろから走ってくる。
──一角獣との距離は、やはり確実に縮まりつつある。
このまま逃げても、おそらく未来は死の一点張り。となれば、何かしら反撃の方法を模索するべきだが、そんなものレイらにはない。レイにはそれが、本来あるはずなのだが。
「どうする、レイ。このまま逃げても死ぬぞ」
やはり見解は同じなのか、オスカーが息を切らせてそう尋ねる。ユダは相変わらず沈黙だ。状態によって、行動が逆転する兄弟なんて中々見たことが無い。やはり異世界なのだな、と実感させられる。
「それ言い出したら、雪降っててこの気温なのもおかしな話……って違った! そうだ! どうする?!」
雪をかき分け、レイは走る。雪が邪魔で仕方がない。
後ろから迫ってくる一角獣には、無尽蔵の体力があるらしい。何だか、以前より走るスピードが上がっている気がする。
恐ろしくなって、レイは鞄の中身を探る。
「何か一角獣の……ユニコーンの弱点とか無かったか?!」
鞄の中に、都合のいい道具が入っている事を期待。まさぐりまさぐり、奥へ奥へと手を突っ込む。
だか何も無い。ただ、少し走るペースが遅くなった程である。いつの間にか、オスカーにも抜かされてしまった。
「あかん! これは本気で死ぬ!」
口調こそ軽いが、今は深刻な問題だ。体力を少しでもこの四ヶ月間で鍛えてよかった、と極めて過去の自分を賞賛する。
ただ、それでも付け焼刃である事に違いはない。もうこうなれば、捨て身の作戦で行くしか──、
「──またか!」
世界が、青白い泡に包まれる。全ての物が徐々に遅延。その中で、レイは完全に停止した。
つまり、レイだけ時間の流れから除外された。
レイは視界に映る一角獣を見ていた。そいつは、上半身を起こすと、そのままレイの元に突っ込んでくる。
そして、レイの腹を刺して、引き抜いた。痛みはないが、それでも怖いものは怖い。精神的に来るものもある。
「──っ!」
レイの瞬きと共に、泡が崩壊。世界が平常運転に切り替わり、一角獣が突き刺しのモーションを取り始めた。
──さて、どうするか。
心で呟くレイは、思いの外冷静だ。やはり、『やらかして』から知った、平常心の強さが有効活用されているのだろう。
それでも、心臓の鼓動は止まらない。恐ろしい程に泊を打っている。
「とりあえず避けるか」
呟いて、レイはスっと、横に逸れる。角のコースから完全に外れたかは分からないが、とりあえず避けられた──と、
「──あれこれ割とチャンスじゃね」
一角獣の角が、レイの脇の下ギリギリを通った。つまりそれは、このまま掴めば捉えられるという訳で。
一瞬走った閃で、レイは一角獣の角に掴みかかる。根元と先端をしっかり掴み、走行に急ブレーキをかける。
その際、少しだけ足を曲げてみた。
「──おりゃ!」
と、冷静に語ってみたが、実際はグチャグチャだ。雪泥の泥濘にハマったレイがたまたま、足を曲げたというだけ。つまり、一角獣を倒しのとほぼ同時か少し遅れて、レイもその場に倒れ込む。
「──っ!」
肺の空気が一瞬で放出。舌先に苦味が滲み、痛む口蓋から脳味噌へと振動が伝わる。
ただ、そこで意識を失う訳には行かない。瞼を落とす訳にも行かない。
「ウィンディ兄弟! やってくれ!」
ちょうど、歩みを止めてこちらを見ていたオスカーにレイはそう叫ぶ。彼は急ぎこちらへ向かう。槍はいつの間にか彼手にあった。
敢えてウィンディ兄弟と呼んだのには理由がある。お察しの通りだと思うが、前で黙々と走るユダを止める為だ。
ユダはレイの言葉に止まり、息を整え、弓矢を構える。
この世界は不思議なもので、武器やら防具やら突然現れる。おそらく魔法の一種なのだろうけど、原理は分からない。そもそも魔法に原理を求めるのが間違いな気さえしてくる。
「──死ねえ!」
「殺しちゃ行かんて!」
と、オスカーが殺す気で一角獣の腹を刺して来るので、何とか静止。それにオスカーは、
「気持ちの問題だ!」
と、応え、槍で腹を思い切り殴る。一角獣の口から空気が放出され、おそろくそこが肺だったのだろうと推測。
とはいえ、それで意識を失う一角獣ではない。
一角獣はそれで一時的に抵抗力を回復し、暴れ始めた。角を握っているのはレイだから、必然的にレイが振り回される結果となる。
「うわうわうわうわうわうわうわ」
と、回転する脳髄が言葉を発信している。実際はレイが振り回されて「うわうわ」言っているだけなのだが、レイの認識としてはそんな感じだ。
「レ────イ! 一旦停めれるか──!」
「いちいち──うえ、伸ばし棒付けなくても──うえ」
「大丈夫か────!」
と、オスカーはいちいち無駄に伸ばし棒を付けてくる。それに少し苛立つ──余裕もなく、レイはただ振り回されていた。
ただ、この手だけは離せない。
遠心力云々が全身に掛かっているのを認識しながら、レイは片足だけでも地面にくい込ませる。
ドロドロになっているのは理解しながら、レイは体勢を何とか安定されようと努力。ただ、さすがに一角獣。中世ヨーロッパの伝承でもかなり凶暴で傲慢な獣として描かれているだけある。レイを振り払おうと、醜悪──否、美悪な角をこちらに向け、突き刺そうとして来る。
「レイくん! 一旦離れて!」
そんな声が聞こえた。ユダからの声だと認識して、レイはユダを見る。
彼の手には弓と矢。そして矢には、一筋の縄が取り付けられている。
一見でユダの思惑を認識・理解したレイは、その手を離し、後方へバックステップ。ズッコケたが、何とか視線を立て直す。
突然、抵抗力が無くなった一角獣は驚き、しかし直ぐに臨戦状態へと移ろうとする。
「──当たれ!」
それに、ユダの矢が飛ぶ。
こんな時、『先読み』が使えればどれほど楽か。条件さえ分からない今は、それはただの夢物語という訳だが。
「──っ!」
──外した!
矢は一角獣の角に当たり、跳ね返る。それに逆上した一角獣が、レイとユダに向けて突進して来る。──『先読み』は起きない。
「──は?! なんでこのタイミングで出てこない?!」
『先読み』の発動条件──それは分かっていないとはいえ、微々たる情報はある。
それは──、
「なんでだよ! 今が丁度生命の危機だろ?!」
レイや、その周りの者に命の危険が宿る時──それが、レイの類推した、『先読み』の条件のひとつだ。
しかしそれも変更すべきなのだろう。
──今、『先読み』が発動する気配は皆無だ。
「──やばいやばいやばいやばいやばい!」
叫び、レイは後方へ下がる。しかし一角獣の勢いは半端ではない。絶叫するレイとの距離は、コンマ秒単位で縮んでいく。
目を見開き、己の死を自覚するレイ。それに、一角獣が笑った──気がした。
「──危ない!」
透き通るような声が、左手から聞こえた。聞き慣れた声だ。朝から晩まで、レイにずっと気を使う声だ。
それが──否、彼女が、レイの前へと現れる。つまりそれは、一角獣の突進を受けるということで。
「──ルビア!」
手を伸ばしても、届くことは無い。またも自分は、大切な誰かを喪うのかと、自分の無力さに呆れる。
けれど、
「────」
一角獣は、
「────」
その場に立ち止まっていた。
「──何が、起きた?」
そのまま、一角獣はゆっくりとルビアの元へ向かう。彼女の白髪が揺れて、警戒の熱さが辺りに散らばる。
それでも、一角獣はその歩みを止めない。
「何が、一体……」
そんなユダの声が聞こえて、レイは激しく首肯する。オスカーの姿は見えない。おそらく『隠れて』いるのだろう。
一角獣が、ルビアと近付く。ルビアも何を思ったのか、その場に立ち止まる。
「お、おいルビア。大丈夫、なのか……?」
「分からない。けど、もしかしたら……」
もしかしたら、何なのだろう。分からないけれど、ルビアはいつの間にか一角獣を受け入れる体勢を取っていた。
彼女の差し出した手に、一角獣の舌先が触れる。白い柔肌が、ピンク色した舌で舐められる。
それにレイは顔を顰める。だが、ルビアは動かない。
「────」
世界を、沈黙が包む。レイはそれに完全に飲まれている。
一角獣の一挙が、ルビアの一動が、その世界を変えるのだと、レイ達は何となく共有思考していた。
「──ほら、おいで」
一角獣が、頭を垂れた。ルビアに向けて、頭を垂れた。
その姿に、レイは息を呑む。ルビアはゆっくりと、一角獣の頭を撫でた。
まるで子猫のように、一角獣が喉を鳴らす。──ゴロゴロ、ゴロゴロ。
そんな声が、沈黙の中で漂っていく。
──ゴロゴロ、ゴロゴロ、ゴロゴロ。




