1話 参 『数秒間の疑念。そして嘘八百』
羊の絵画。羊の絵画。羊の絵画? 羊の絵画?
頭で反芻する羊の絵画。羊のイメージ。明確に映し出されるそれらに、レイは頭を悩ます。
時より聞こえるドワイトの言葉と、羊のイメージ。ドワイトの言葉は所謂『適当さ』を推奨して来る。
羊の絵画。羊の絵画。羊の絵画。
まさか、考えすぎなのだろうか。まさか、素直に羊=睡眠みたいな発想なのかだろうか。だとしたら、思い出したドワイトの言葉は妥当となる。
『ノリ』とか『雰囲気』。ドワイトの語った言葉。正直これを正しいと思った事はないが、今はそうするべきなのかもしれない。
と、考えが纏まり切った所で、レイは瞼を上げた。世界の光を視界に入れる。霞んだ瞳で、何度か瞬きした。
「おはようございます。ヤマシタ・レイ」
そんな時に、声がした。その声には聞き覚えがある。と言うかレイが最後に聞いた声と同一だ。
レイはその声の主の顔を一目拝んでやろうと振り返ろうとし──、
「──っ!」
自分の体に鎖が掛けられていることに気付いた。
見てみると、鎖はレイの腰周りに掛けられており、どうやら椅子に縛り付けられているらしい。抵抗出来ないよう、両手両足もキッチリ縛ってある。こちらは縄だ。
ただ、猿轡をされていないだけマシだろう。そんなふうに思い、レイは短めの息を吐いた。
「お前の言ってた研究ってのは何だ?」
尋ね、瞑目する。心拍を落ち着かせる。冷静さを欠けるな、と心に念じる。相手はMR.ムーンライト団だ。冷静沈着てなければ、確実に負ける。
「簡単な話ですよ。あなたに、少しだけ謎解きをしていただきたかったのですよ」
「謎解き?」
「ええ、謎解き」
アボカドみたいな女はそう言うと、レイの前にしゃがんだ。椅子をレイの死角から取り出し、座る。そのまま足を組んだ。
「まあ、所謂入団試験だったのですが……分かりませんよね? 時期が早すぎたのはこちらも分かっていました」
「ちょ、ちょっと待て。一体何だよ、入団試験って」
「入団試験は入団試験ですよ。あなたに、MR.ムーンライト団に加入する資格があるのか──それを試したのですよ」
「それが、研究?」
「あー、それは少し違います。研究に関しては……まあ、話しても理解できないでしょうし良いでしょう」
そこまで言うと、少女はパキパキと指を鳴らす。こちらへ微笑んだ。レイは絶句したまま、何も動けない。圧倒されるとは、このことなのだろうか。乾いてしまって、言葉が出てこない。
「い、いや、それは良くないだろ……」
ようやく出た言葉は、喉で掠れて音としては最悪だ。けれど少女はそれに目を細める。嫌味な細め方だ。侮蔑、なんて文字がその瞳に映っていた。
「では、研究に関して話してみましょうか? 理解できなくとも、文句は言わないでくださいね」
「……分かった」
固唾を呑み、喉仏を鳴らす。女は、まず結論から語り始めた。
──
「──結論から言うと、あなたに関する研究は失敗でした」
そんな言葉で始まった女の話は、理解し難いとしか言えなかった。敢えてそうしている節もあるのだろうと、レイは何となく思った。
「この村の村長が保持していた『切片』の力──それがおそらくあなたに継承されている、というのが我々の見解でした」
駄目だ、もう分からない。『切片』やら『継承』なんて言われると、世界観を詳しく知らないレイはおいてけぼりにされてしまう。
「しかし、結果として、あなたには彼女の能力の片鱗は見えませんでした。少し、エルネに乱れが起きましたが、本来『切片』の能力はエルネに依存していません。ですから、あなたには『切片』の能力がない……つまり、あなたの記憶が間違っているというわけです」
そこまで言い切ると、少女は唾を呑んだ。拳を作っては開き、作っては開きを繰り返して、こちらに振り向く。
「──あなたには、村長から『継承』された記憶があるでしょう?」
そう言って、レイを見た。レイは言葉を紡げない。もどかしさに、レイは息を吸い込んだ。気管に唾が入り込んだようで、むせ返ってしまう。
「た、確かにその記憶はある。それに──」
──俺は確かに『先読み』を得た。
そんな言葉を吐こうとして、途中で辞める。この自分の能力を知られるのが、何故だか勿体ない気がした。
「それに、何ですか?」
しかし、一度言いかけた言葉は戻らない。女はレイにそう問いただし、首を傾げる。無駄に整った顔が──整い過ぎた顔が、レイには恐怖として映った。
「そ、それに……俺には声が聞こえた」
ここはもう嘘八百で切り抜けるしかない。そんな発想だ。レイの口から出た嘘は完全にそんな安易な発想から始まった。
「声、ですか」
「ああ。俺もよくわかんねえけど、突然声が聞こえてだな……」
と、割と深刻な顔をして言ってみる。この時、少女の瞳からは目を離さない。ここで離せば嘘がバレると、何となく感じ取っていた。
「まあ、声って言っても断片的何だが……なんか、俺の名前を呼んでて、それで、一緒に行こう、とかなんとか言ってて……」
駄目だ。収集がつかん。絶え間なく出てくる発想に、レイは思わずそう呟く。けれど少女に悟られては困るから、それとなく言葉は濁しておく。
最後に、
「たぶんこれが俺の能力なんだと思う」
と言って、少女の瞳から目を離した。気味の悪いアボカド色に、吸い込まれてしまいそうだった。
レイは長めに息を吐く。視線は極力少女のコースから外す。ふと、少女が口を開いた。
「まあ、あなたが何を言おうと、こちら側の結果は失敗です。残念でしたね」
「失敗だったって事だが、それなら、俺はどうなるんだ?」
少女の言葉に、レイは素朴な疑問。それに少女も息を吸い、一言、
「そんなのわかりませんよ。でもまあ、もしも本当に声が聞こえて、左手の甲によくわからん痣が出来たら、連絡してください」
と笑い、肩を竦めた。感覚的に、こちらの方が良いような気がしていた。
「いや待て、なんだその付け足したような伏線は? 一体何があるんだ?」
「んー、村長の能力については、我々もよく理解していません。ただ、先程言った特徴が出ることだけは分かっています」
「────」
「なので、その時はよろしくお願いします」
そう頭を下げて、少女は腰の鞘に触れる。月光のマークが付いたそれに、余程の愛着があるのだろう。手で触れては、なぞっている。
けれど、それをいちいち口に出す気にはなれなかった。
「と、言う訳なので、今日、あなたを入団させることは出来ません。残念でしたね」
「ちょーっと待て! 仮に成功してた場合、俺はMR.ムーンライト団に入団させられてたって訳か」
「ええ。そうですよ」
「そうか。そうなのか……」
ならば、これで良かったのだろう。MR.ムーンライト団に関して、レイは良い印象を持っていない。正直に言ってしまえば、嫌いだ。
そのやり口も、まるで選民思想ならぬ選団思想であり、気味が悪い。
もとよりレイは宗教臭いのが嫌いだから、あまり関わりたくないのだ。
「じゃまあ、出させてもらえるって事ですよね……?」
「ええ。そんな恐る恐る尋ねなくても、自分はそんな外道では有馬さん」
「有馬さん? 今確実に噛んだだろ」
「噛んでません。有馬さんんで合ってるのです」
「ホンマに言うてる?!」
と、やり取りがあって、レイは目隠しをさせられた。視界の暗さに、ため息を吐く。仕方がないとはいえ、やはりこれはしんどい。特に平衡感覚が並のレイには、酔いの感覚さえ巡ってくる。
と、体が光を感じた。光を感じてテンションが上がるのは、やはり何だか不思議だ。自分は植物ではないのに、なんて考えてしまう。
「では、ここら辺で大丈夫でしょう」
そう言って、少女が目隠しを外す。光に目を細め、レイは息を吐く。そこは見なれた広場──レイが召喚された場所だった。
ふとした偶然に、レイは綻ぶ。それに怪訝そうな表情を見せる少女に、「何でもない」と言葉を吐いた。
「またいずれ、こちらの判断で勧誘させていただきますので、その折はよろしくお願いします」
「あー、出来ればやめて欲しいんだけどな……」
後頭部をかき、レイは笑ってそう言葉を吐く。正直もう勘弁して欲しい。そんな本音があったが、少女はそうは受け取らない。完全に冗談言葉を見た表情で、ふっと笑う。訂正する気にはなれず、レイは肩を落とした。
「まあ、そうだな。よろしく、だろうな」
そう言って、レイは一応左手を差し出す。握手の意図を察したのか、少女がその手に重ね合わせる。ゴツゴツとしたそれは、なるほど団員と呼ぶに相応しいものなのだろう。
「そう言えば、あんた名前なんて言うんだ?」
ずっと思い出せなかった少女の名前。それを問うて、レイはこの話を終えようと心に決める。少女が、握手していた手を離した。胸に手を当て、軽くお辞儀をする。
「自分は、MR.ムーンライト団第七部隊副団長、リーフ・ガーディン。以後、お見知り置き下さい」
「葉庭ね……」
そうだ。思い出した。チャートとネイブルの経営していた店屋を潰した悪魔。アボカドみたいな目をした少女。そう言えば、そんな優しい名前をしていた。
「それでは、自分はこれで失礼させていただきます」
そう言って、リーフはレイに礼をした。軽めのそれに、敬意なんて全くない。だから少しだけ伏せた彼女の表情が優しくて、レイは違和感を覚える。
そんな折に、少女が口を開いた。
「そう言えば、あなたへの依頼、伝え忘れていましたね」
「あ、研究ってのがそうじゃないのか?」
「ええ、あくまで研究は研究。依頼は依頼です。そこは割り切らして頂いておりますので」
「はあ……じゃまあ、教えて頂きましょうか?」
レイが少しだけ冗漫に笑い、そう言うと、リーフは氷の目でこちらを見た。じとりとした目で、心が凍えるのを感じた。比喩ではなく本当にそう感じた。おそらく魔法を使われている。
と、妙な疑いをかけた後、レイはリーフの言葉を待つ。彼女は、何故だがかなりの間を空けてから言葉を吐いた。
「依頼主は、MR.ムーンライト団、団長、サイモン・サード。内容は……」
──三日ほど前から噂されている、一角獣の捕獲です。
そんな言葉を吐いて、レイの目を見開かせる。
おそらく、それはかなりの難易度なのだろうと、レイは何となく悟っていた。




