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MR.ムーンライトの異世界新日常紀  作者: 毛利 馮河
序章 異世界の洗礼
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5話 弐 『サムズアップ』

──どうして自分は、走ってるんだろう。


必死に足を動かしながら、レイはそんなふうに考えてしまう。迅速に応えなくてはならない。そんなふうに思う。

けれとその応えを出してしまえば、自分は直ぐに逃げてしまうのだろう。それを悟ってしまったから、レイはもう思考を放棄する。

胸の中で燻り、レイを焦がす『何か』。きっとそれがエル婆がレイに託した力なのだろう。

心の根底で蠢くそれは、まるで寄生虫のように、レイの体を動かし続ける。勿論それは苦痛ではない。むしろ快感だ。けれどそれ故に、無理解が広がっていくのだ。


──どうして自分は、走ってるんだろう。


過ぎ去っていく景色。瓦礫に挟まれた死体と死骸で埋め尽くされた村の中を、レイはずっと走っている。目的地はない。ただルビアとネイブルを探すだけ。

首を何度も動かし、人影を探す。時より見える狼達を避けながら、何とか前に進む。エル婆から授かった力は、未だ開花しない。まだその時ではないと耳元で囁かれているような気分になる。


大きな声は出せないから、慎重に確実に。それを意識しながら、人影が見えれば近付いて、確認をとる。そのせいで、レイは何体もの死体・死骸を見た。ただ、それより多い数の生存者を見つけた。彼らの殆どは倒壊した家々の隙間に挟まっていた。

やはり瓦礫の下敷きになっただけあって、彼らの負傷は激しい。歩けないレベルのものも多数いた。だからレイは彼らをわざわざ村長の家まで運んでやったのだった。一人一人──という訳には行かないから、数人を一気に。全く、我ながらお人好しも過ぎる。そのせいでルビアは一向に見つからないまま、夕焼けを迎えていた。


「ネイブル……彼奴は何処行ったんだよ……!」


未だ見つからないネイブルを思い、レイはそう呟く。何故か、どれだけ探してもネイブルは見つからなかった。エル婆の元に向かわせたから、今来た道で見つからないはずがないのだが。


「あ!」


とそこで気付く。そうだ。レイはエル婆にガイヒについて報告するように言った。そうなるとやはり、誰かがそこに向かわなくてはならない、そんな時に、案内人は必要だ。

だから、ネイブルが誰かを先導したのではないだろうか。おそらくその誰かとは、ルビアだろうと推測する。


レイはそこまで頭を悩ますして、後悔を息に込める。何故今まで気付かなかったと本気で後悔してから、そもそも自分が代わりに行くべきだったと思い出して泣きそうになる。ただ、それでは死んでいたろうから、仕方ないと思える。そんな自分も嫌だ。

後悔ばかりの人生だ。特に今日は酷い。だからもう後悔はしない。したくない。今まで救い出した村人と同様に、二人も助け出してやる。


──どうして自分は、走ってるんだろう。


その問は見つかった。そうだ。自分は二人を助ける為に、戦わなくてはならないのだ。そうだ。その為に今、痛む横腹を抑えて走っているのだ。

レイの心に火が宿る。熱い熱を持ったそれは、レイの心臓を燃やしてエネルギーに変える。それは所謂、エルネを稼働させるのと似たような感覚だった。


「──っ!」


しかしそれも息を呑んだレイによって鎮火される。本当に唐突。息を吹きかけられた蝋燭の火が、一斉に消えるように、レイの心を燃やしていたそれは、完全に炭となってしまった。

レイは目を見開き、スローモーションのような世界でその光景を見詰めていた。


──そこでは、瓦礫に埋まるネイブルを、ルビアが救い出そうと必死になっていた。



──



──人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。


そんな言葉を残したのは、半世紀前に活躍した、英国のコメディアン、チャールズ・チャップリンである。世界の三大喜劇王の一人である彼の言葉は、実に的を得ているように思う。流石、喜劇を司るものは、万象を司るといったものだ。


──人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。


本当にその通りである。レイが今見ているこの景色も、ロングショットで見れば喜劇なのだろう。こんなにも、涙が零れて、当てどころのない怒りを抱えているのに、きっとこれは、喜劇になりうるのだろう。そうだとしたら今までの全部が、笑い話になってしまうのだろうか──確かにそうだと自嘲する。


確かに、少年を助ける為に突き飛ばしたことにより、少年が瓦礫に挟まり、自分は押した反動で無傷で済む──そんなの、笑ってしまうに決まっている。もしもこれがテレビ画面の遠い何処かで起きたことなら、レイはきっと爆笑した。その自信がある。

けれど、


「──うそ、だろ」


実際に目の前で、自分が大切に思っていた弟分がそうなっていたら、笑える訳が無い。立ち尽くして、流れる涙も拭うことすら出来ない。ゆっくりと、レイは一歩一歩と踏みしめて進む。湿った沙が舞う。気付くと、空からは雪が降り始めていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……」


横で聞こえるルビアの啜り泣く声。噛み締めるようなそれに、レイは渇いた喉を鳴らす。どうやら彼女は救い出せるほどの力が残っていないらしい。そういう所は、なんだか異世界だなとレイは思う。唾を飲んで、息を吐いた。


「マジ、かよ」


そう言って、ネイブルの頬に触れる。まだ暖かみは残っている。まだ救える! そう思うのだけれど、ネイブルにのしかかる瓦礫はまるで動かない。びっくりするほどに頑固で、まるで動きたくないかのようだ。

レイはふと、ルビアを見る。彼女は震えながら、「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟き続けている。レイは彼女の全身を隈無く見渡した。それで、彼女が右脚を庇っていることに気付いた。


「折れてる、のか?」


右脚を指さし、そう言うと、ルビアは首肯。それと共にレイの肩を掴んで揺らして来た。涙を流すのが見える。


「本当に、ごめんなさい! わたしが、わたしがあの時押してしまったから!」


レイの胸に顔を埋め、ルビアはそう張り裂けるような叫び声を上げた。服がグチョグチョになっていくのが分かったけれど、それを口に出せるほどの余裕はない。けれど、誰かを安心させるくらいなら、きっとまだ出来るはずだ。そう思って、レイは涙を流すルビアに口を開く。逡巡して、その頭を撫でる。


「だ、大丈夫だ! まだ全然息はあるし、ルビアを運んでからでも──」

「もう、無理よ」


そんなレイの健気な思考に、ルビアがそう冷たく斬る。その言葉は、もしかしたら楽観的に写りすぎたのかもしれない。ルビアの華奢な体が、大きく震える。


「もうそろそろ、日が沈む。そうしたら、狼達は活発になるし、わたし達は動けない。だから──」

「だからって! どうしろって言うんだよ! ネイブルも、お前も! 置いていけるかよ!」


ルビアのネガティブな言葉に、思わずレイは大声を出してしまう。ルビアはそれに一瞬ハッとした表情になった。けれどそれも、飛んできた平手打ちで掻き消える。


「──何を甘ったれたことを言ってるの?!」


ビンタされたのだ、とようやっと思考が追いついたところで、ルビアの言葉が心を抉る。


「わたしはもう助けなくていい。だから、ネイブルだけを救い出して欲しいの……」

「それは──」


駄目だ。駄目に決まっている。レイは彼女を助ける為に力を受け継いだのだ。なのにそれで彼女を助けないなんて、駄目に決まっている。それがどうしてなのか、そもそもの起因が思い出せない。けれどレイはルビアを救わくてはならない。それは本能的なレベルでの思考だった。

だから、どちらも救いたい。ネイブルだって救いたい。けれど、きっとどちらもは無理なのだろう。いや、わからない。レイが何か新しい策を考え出せれば、きっと──。


「わかった、ルビア。俺が、今から走って助けを呼びに行く。それなら、万事解決だろ? もうきっと、シンドロさん達も動けるはずだし、だから──」

「────」

「ど、どうしたんだ?」


急に黙りこくったルビアに、レイは戸惑い、そう問い掛ける。きっと反抗の一つや二つはあるだろうと思っていたのに、どうしたのだ。どうしてそんなにも、悟ったような表情を──瞳に覚悟の色を浮かべているのだ。ルビアがフッと笑う。それは綺麗な、本当に明るく綺麗な笑顔で、レイはそれに魅了されてしまう。


「──ごめんなさい」


そういって、ルビアはレイを左手へと突き飛ばした。途端、レイの後方から、狼が飛び出す。その牙は、完全にルビアを狙っている。


「──っ!」


息が詰まる。声が出ない。これでは駄目だ。ルビアを助けないと行けないのだ。もう誰かを失うのは嫌だ。在り来りな感情よ、動け。胸の奥で尚も高鳴る力よ、動いてくれ。頼むから……!

コンマ数秒の間に、レイの思考回路は爆速で回転する。右を見て左を見て、そうすると、世界がまるでスローモーションになり始める。

スローモーションになった狼の動きを見る。まるで高速移動していように、そこには残像が残り、徐々に狼の色が薄い青に──否、世界全体が、青白くなっている。

──それは、まるで何かのフィルターを通して世界を見ているかのようだった。


「──っ!」


そんな時、レイは自分の体が動かないことに気付いた。勿論、震えが止まらなくて、と言った間抜けな理由ではない。ただ単純に物理的に、もしかしたら生物学的に、体が微々たりとも動かない。まるでそれはこの場所に固定されているようで、レイは思わず叫び声を上げそうになり──しかし出ない。


「──っ!」


と、狼が左手に飛んだ。砂埃を上げながら、慣性を利用して、勢いをプラス。そのままルビアの左肩に噛み付く。彼女の肉を噛み切った。吹き出す血を、レイはただ見つめることしかできない。体が動かない。狼は噛み切った肉を飲み干しては、また噛み切りと、何度も繰り返す。レイは絶叫も出来ない自分を恨む。絶叫さえ出来れば、こちらに注意を向けられる。


ただ、何故かその光景は全てがスローモーションだった。全ての動きに残像が伴っている。不思議に思いながらも、やはりルビアだ。レイはルビアの瞳を見つめる。すると、ルビアがこちらを見て、薄く微笑んだ。口パクで何かを言っている。「早くネイブルを連れて逃げろ」か。何を馬鹿なこと言っているんだ。自分を犠牲にするだなんて、馬鹿馬鹿しい。そんなふざけたことを言うな!


「──ルビア!」


ようやっと放たれた言葉。しかしそれはやはりルビアを救うには至らず──と、そこで世界に色が戻った。まるでバブルが弾けたかと錯覚した。狼が所定の位置に戻った。と、同士にルビアの怪我がなかった事になった。それは巻き戻ると言うよりも、そもそも初めからなかったかのようだ。


「──え」


レイは困惑に乾いた声を出し──しかしここで現代っ子のゲーム脳が発動する。「まさか」とそこで気付いた。──これが、エル婆がレイに授けた力──所謂チート能力なのではないだろうか。タイムループ──いや、そうではない。これはある種の『預言』。つまり未来視──ルビアが狼に噛み殺される、というのを先読みをしたということなのだ。


「──それなら!」


ルビアに向けて突進する狼。レイは奴が向かうであろうコースに向けてジャンプ。大丈夫だ。予想通りに動いてくれている。

先程と同様に、狼はルビアの左手に飛ぶ。こちらには見向きもしない。レイはその、慣性の法則で鈍くなった狼に飛び付いた。


「どっこいしょ──!」


叫ぶと同時に掴んだ狼を地面に転がし、腹に蹴りを一発。しかしあまり飛んでくれない。精々五メートルほどしか間隔が取れなかった。レイは肩で息をしながら、未だ困惑気味の狼を睨み付ける。舌を出したその姿は、間抜けで滑稽極まりない。


──これなら、行ける。未来を先読み出来るのなら、逃げ切れる。きっと大丈夫だ。

そう確信して、レイはルビアに向けて声を挙げる。


「ルビア! ネイブルを何とか出してくれ、こいつは俺が引き付けとく!」

「はあ?! ば、馬鹿なこと言わないで! さっきだって、殺されそうに──」

「大丈夫だ! こっちにはエル婆さんの能力がある! 絶対やれる! そのはずだ!」


二カリと笑って、サムズアップ。腑抜けた面をするルビアを横目に、レイは叫ぶ。


「──これは遂に俺のターンが来たんじゃないの!?」


異世界召喚から約一ヶ月。ここに来て初めて、ヤマシタ・レイはテンプレートな展開に遭遇する──チート能力を使った、初戦である。


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