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MR.ムーンライトの異世界新日常紀  作者: 毛利 馮河
序章 異世界の洗礼
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4.5話 零 『等価交換』

──ようやく見つけた最重要容疑者。それと対峙して、ルビアは手を握り締めた。


「ガイヒ・ウエスト……」

「おやおや、今日はどうしてか、お客さんが多い。いい事です」


手を揉み、ガイヒは「それで」と続ける。それに警戒心を露わにしながら、ルビアは大きく息を吐く。握り締めた手が、握り返されて、少しだけ落ち着く。

隣で、頬を硬くするのは茶髪の少年──ネイブルだ。「もう帰ってもいい」という言葉に、彼は拒絶の意を評して、この場にいる。正直迷惑になるかと思ったが、精神安定剤としての役割を担ってくれている。ルビアは、心の底から安堵する。


「──君はどちらの僕に用があるのかな?」

「どちらね……」


ガイヒの問いに、ルビアは薄く笑う。大丈夫だ。自分は落ち着いている。


「まあ、言ってしまうと裏の顔……『死の商人』としてのあなたに尋ねるわ」

「……ほう。そちら側を知っているということは、関係者ということですかね。それなら、あの少年も……」

「何をブツブツ言ってるのか知らないけど、わたしは今からあなたに──『死の商人』としてのあなたに尋ねるわ!」


何やらブツブツ言っているガイヒに痺れを切らし、ルビアは人差し指で彼に向ける。すると、ガイヒはハッとした様子になって、ほくそ笑む。何が面白いのだ、とルビアは睨みつけて、息を吐く。口を開いた。


「──あなたは、村長の殺害を依頼されている。そうでしょ?」


核心を突く問だ。ネイブルが一緒にいる状況では尋ねるべきではなかったか、と少し後悔が過ぎる。ただ、ネイブルの力強い頷きを見てしまったら、後悔なんて出来る訳が無い。

流れていく沈黙。ニヤついたガイヒの表情は変わらない。ルビアはそれに不安にさせられる。調息して、ガイヒの応えを待つ。


「おやおや、それが世に言う、『預言』とやらですか?」

「──っ! こ、応えになってないじゃない! は、早く応えなさいよ!」

「緊張して、震えが止まらないんですね。そうやって虚勢を張るのはやめた方がいいですよ?」

「──っ! いい加減にしてよ! 早く応えて!」


薄ら笑みを浮かべた、見透かしてくるような視線。ガイヒのそれに苛立って、ルビアは激昂を声にしてしまう。ルビアの手を握るネイブルの暖かみが、何とかそれが沸点に達することだけは阻害してくれる。それでルビアは息を吐いて、頭を振る。大丈夫だ、落ち着けと暗示を掛ける。


「え、ええそうよあなたの言う通り、『預言』よ」


認めるのは何だか癪だが、間違いはない。


「ほうほう。それで、その『預言』に、村長の死が含まれていたと?」

「ええ、そうよ」


──そのはずだ。

ガイヒは腕を組むと、ニタリとした表情のまま、瞼を落とす。何かを考え込むようにして、唸った後、目を見開いた。


「そうかそうか、そうかですか。ならば、君は関係者ではないのか」

「な、何を言ってるの?」

「んー、何と言うべきか……そうですね。短文で収めようとするならこんな感じ──『預言』は、おそらくそれだけではない。ということです」

「──はい?」


そう言って、ガイヒは顎に手を添える。無精髭がジャリジャリと音を立てて擦れる。ルビアは困惑の表情でガイヒを見る。動揺が隠せず、思わずネイブルの手を握り切ってしまう。けれどネイブルは痛いと叫けばない。今までの話し合いに敢えて参加してこないことも、やはり優秀な子だ。


「そんなの、有り得る訳ない──」

「本当に? 本当に君はそう断言出来るのですか?」

「────」

「これは僕の経験則ですけれど、そう言う『預言』とか何たらって、曖昧な表現が多いんですよ。この世で最も有名な『預言書』──涙海の書だって、無茶苦茶じゃないですか」


確かに、涙海の書の記述は無茶苦茶だ。千年以上前に書かれたとされているから、勿論文体も古語だし、その上謎掛けも含まれているとされている。ここに一例として、序文を上げてみる。


──吾が結界破られるべき千と二百三十の星霜の初春。隠されし吾が涙によりて口寄せらるる揖斐の少年こそ時の必然を解くべし。


意味がわからない。ルビアもあまり詳しくは知らないが、まだ完全に解読はされていないのではないだろうか──と、今それはどうでもいい。


その複雑な『預言』の一例と、村長の『預言』は、実は似通っている。村長の場合は口頭でだが、そのような難解な言葉を使っていたのも事実。だからガイヒの言う通り、『預言』に複数の解釈があってもおかしくはないのだ。


「そ、そうだとしても、それであなたの容疑が消えるわけじゃない……はぐらかすのは辞めてください。──あなたは、村長殺しを引き受けていますか?」

「んー、正直に応えるのは何だか癪ですが、まあいいでしょう。僕はそんなものを受けていません。変えられない事実です」

「それは……本当に本当? 誓える?」

「ええ、勿論ですとも。いっそ、契約でも交わしておきますか? そうすれば、あなたの言う村長を僕が殺そうとした時、その報せはあなたに届きますし、その上僕は死にますが……」


どうします? と薄ら笑い。寒気が止まらない。けれどネイブルがいるから、安心して居られる。その手を握り締め、その暖かさに安堵の息を零す。頭に冷静さが取り戻されていく。


「ふー。じゃあ、聞きます。契約は等価交換──つまりわたしが支払うべきものがあるはず。それは何?」

「んー、簡単な話ですよ。あなたは僕に、死と等価のものを差し出す──つまり、君の死! ……けれどそれはさすがに可哀想だから、ちょーっとだけ値引きしてあげますよ。──その少年を下さい」

「──っ! 何をふざけたことを?!」

「ふざけてなんてありませんよ。僕は至って本気です。本気も本気。んー、まあとは言っても、この子を一生奴隷にするーとかはしませんよ? 勿論」


無邪気に目を細めて、ガイヒはそんなことをほざく。ルビアはカッとなる頭を何とか抑え込む。不安になってネイブルを見ると、そこには信頼の眼差しが写った。

どうして、と呟きたくなる。何故こんなにもこの少年は、自分を信用するのだ。それが不思議で堪らない。ルビアは思わず、ネイブルの頬に触れた。


「大丈夫大丈夫。オレは強いから? こんなおっちゃん屁でもねえよ? ちゃんちゃらおかしいとりゃありやしない」


するとネイブルはそんなふうにおちゃらける。それはまるでシンドロとレイを混ぜ合わせたような仕草で、ルビアは思わず抱き締めてしまった。後ろでガイヒが「ヒューヒュー」と薄気味悪い風を吹かせているが、完全に無視。抱きしめた耳元で、


「──もういいよ。逃げて」


ルビアはそうネイブルに囁いた。するとネイブルは頷いて、


「誰か呼んでくるから、それまで頑張って」


物分りのいい子だ。ルビアが頭を撫でると、ネイブルは走り去っていった。ガイヒはそれを目で追っているが、追うことは無い。きっと、ルビアが妨害することを理解しているからだろう。


「さて、どうするんです? 折角、自分への被害を減らされたのに……。まあ、良いですよ。そう来るなら契約は等価交換ですね──」

「その必要は無いわ」


契約内容を口にしかけるガイヒに、ルビアはそう言葉を重ねた。伸ばされた掌が、彼の口元を覆う。


「残念だけども、別にわたしはあなたと契約する必要なんてないの。──単純に、監禁しておけばいい話なんだから!」


そう言って、ルビアはガイヒに向けて飛び出す。武器はない。無手だ。けれど勝てる自信はある。


「──っ! そう、来るん、ですね!」


ルビアの攻撃を、腕を十字に重ねる事で防御。ガイヒはジリジリと後方に下がっていく。ルビアはそれに追い打ちをかけるように、攻撃を連発。

回し蹴り、飛び蹴り、そのまま足刀蹴り。そこまでの一連の流れの後、余った左手でガイヒの腕を掴みに行く。──しかし届かない。けれどそれでいい。もう焦れたいのは嫌だ。短期決戦でいく。


「──プラファ・ララーア!」


エルネを混ぜ合わせた声を腹の底から出す。それが大気中のエルネと結合。それにより、詠唱した事象──『水が絡みつく』が発生する。


「──っ! 面倒なことを!」


途端、ガイヒの体に水が絡み付く。それは徐々に物体と化し、完全な縄となると、ガイヒの体を締め付ける。首元ギリギリまで絡められたそれの先端は、ルビアの手に握られた。


「ふう、案外ちょろかったわね」


笑みを浮かべ、ルビアは大欠伸。やはり魔法を使うのは疲れる。


「僕をこんなふうにしていいと思っているのですか?」

「当たり前じゃない。そうじゃなかったらこんなことしてないわよ」


ガイヒの負け惜しみに、ルビアは笑ってそう応える。やはり勝つと愉快だ。気分爽快、とやらだろう。こんなジメジメした裏路地でもこの快感なのだから、外の新鮮な空気を吸えばどうなるだろう。と、未知なる快感に体を震わせる。


「まあ、わたし一人じゃ運べないから、助けを呼ぶまであなたは、 ここに居てください──ああ勿論、動いたら首が自動的に締まるようになっていますので」


「はいはい」と聞き流すガイヒを尻目に、ルビアは大通りへと向かう──その時である。


「──っ! な、何?! あんた何かしたの?!」


突然の振動が、ルビアの体を揺らした。思わず驚いて、ガイヒに尋ねてしまう。


「いやぁーこれは僕は関係ない奴だわ……って、とにかく逃げた方がいい──ていうか助けて欲しいんですが! これ! 解いて!」

「いや、そんなの無理でしょ。解くわけないでしょ」

「いや、これはやばいですって! 本気でやばい奴だから……あ、でもまだ行けるかな」


そう言って、ガイヒは自分の腕を見る。そこには勿論何も書かれていない。けれどそれを見た後、ガイヒはニタリと笑った。それがとても印象的で──、


「──ルビア姉! 連れてきたよ!」


三人ほどの自衛軍の兵士を連れてきたネイブルの姿が、眩しく煌めいていて──、


──ちょうど、一分経ったくらいだろうか。


「──っ!」


自分の体が吹き飛ばされるのを認識し、ルビアは二度目の揺れが起きたのを知る。またもや世界が揺らいだ。けれど今度はそれだけに留まらない。それと同時に起きた周囲の建物の倒壊により、瓦礫がルビア達の周りにおちてくる。迫ってくる。目を閉じる余裕すらな。

──これはヤバイ!

そう思って、ルビアはネイブルの腹を押し、何処か遠くへ──けれど瓦礫によって遮られ、それの結果を見届けるまでは行かなかった。最後までネイブルの困惑の表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。


──ガイヒの「クックック」といった笑い声が、ずっと頭で反芻していた。




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