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MR.ムーンライトの異世界新日常紀  作者: 毛利 馮河
序章 異世界の洗礼
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3.5話 零 『風呂屋での語り合い《裏》』

体を温める湯気に、ルビアは大きく息を吸った。吸い込みすぎて、噎せる。喉に絡まった湯気か何かを、咳払いで払おうと善処。しかしなかなか取れない。

結局、早々に諦めて、ルビアはお湯を頭から被る。少し長い髪が、最近は邪魔になってきた。やはりそろそろ切らないとな……と、自分の髪に触れながら思う。こんなことを言ったら、村長に怒られるんだろうな──と思考にそんな言葉が過ぎる。


ベタベタとした石鹸が、体が洗い落とされていく。ダラダラダラダラと、水に混ざったそれが、排水溝へ向かう。そこには白と藍の髪の毛が絡み付いている。ルビアはそれにため息を吐いた。自分の髪の毛に触れる。──白髪。珍しい髪の色。──亜人。エルネの色。──亜人。


徐々にそれ始める思考を、首を振ることで払い、彼女は湯船へと向かった。湯船へと足を入れ、順番に体を沈めていく。やはり暖かすぎて、皮膚がピリピリとする。


「そう言えばルビアくんは、どうしてそんなにも仙術に興味があるんですか?」


と、先に湯船に浸かっていたドワイトが、ルビアにそう語りかける。表情は笑顔だ。単純な好奇心とやらだろう。ルビアはドワイトの姿に──泡を吹かせる彼女の姿に愛おしさを感じ、美しすぎる……と感嘆の声。ニヤつく表情筋を何とか抑え込んで、咳払いをする。首を傾げるドワイトの表情に、胸が締め付けられるのを感じながらも、ルビアはあくまで平静を装う。


「どうして、ねえ」

「はい。最近の……と言うか昔からですね。仙術に興味を持つ一人ってホントに少ないですよね。だから、ちょっと、気になって」

「そうだったのね……」


と、ルビアは呟いてみる。初耳だ。ルビアは顎に手を添え、思考を巡らす。

自分が、仙術に興味を持つ理由──そんなの、初めから決まっている。そんなの、ドワイトと話せる話題を増やすためだ。そのためなら、普通気にもしない仙術でさえ興味を持つ。あわよくば、自分もそれを修得してやりたいとまで思える。

接触の回数を増やしたい──言ってしまえば願望の根本なそれだった。


「まあ、なんて言うか……ヤマシタ・レイがやってるから、かな」


と、前述した通りの理由を吐くのは中々に厳しい。正直引かれる未来が容易に想像出来る。と、言うわけで、ルビアは適当な言葉を紡いでは吐く。そこでいい材料としてヤマシタ・レイを使ったのだが──どうやらそれが琴線に触れたらしい。ドワイトはニッコリと笑ってルビアに言った。


「ルビアくんは、レイくんが大好きなんですね」

「はい?! そ、そんな訳ないでしょ!」


そうだ。そんなことありえない。自分が? 好きか嫌いか、と尋ねられれば、嫌いと即答出来る人間第一位のヤマシタ・レイを? 好き? 訳が分からない。まずあってはならないし、そもそも有り得ない話なのだ。

と、そんなふうに言っても、ドワイトには取り繕っているようにしか見えないらしい。ニヤニヤニヤニヤとした表情に、愛おしさと、苛立ちを感じる。

ただやはり一番は情けなさだ。これでは本当に恋しているかのようではないか。と、ルビアは肩を落とす。逆でも嫌だと言うのに、こちらからなどまず有り得ない。有り得ないにも程がある。

と、暴言を吐いてみるも、全く効力を示さない。ニヤニヤ具合を深めるだけである。


そもそも、ルビアは男に興味がない。美少女に興味があるのだ。同性愛者である自分が、異性に興味を持つことなど有り得ないのだ。それに、もしも自分が異性愛者だったとしても、ヤマシタ・レイを愛することはないだろう。

酷い言い方をするが、ルビアはレイのことを、ただちょっとキモイ従業員程度にしか認識していない。興味も関心も全く持って皆無。虫けらの方がまだマシかもしれない──と、そこまで吐いた辺りで、ドワイトが不敵な笑みを浮かべた。


「そんな取り繕わなくても良いですよ。わかってますから」

「だ・か・ら! 違うって! わたしがアイツを『好き』になるとか有り得ないでしょ?! 『好き』とか、そんなの……!」

「おっ、おっ、おっー? そんなことそんな大きな声で言っていいんですかー? 『好き』『好き』って連呼してましたけど)


ニヤニヤニヤニヤと、ルビアを笑うドワイト。ハッ、と顔が熱くなるのを感じて、ルビアは体を覆うようにお湯に隠れる。最悪だ。こんな話をあいつに聞かれているかもだなんて。しかもそれを指摘されて、顔を赤くしてしまうだなんて。

時より聞こえるシンドロの笑い声。それから察するに、あの声は明らかにレイに届いていた。いや、大丈夫か? シンドロの声は異常な程の大きさだから、もしかしたらそれのおかげで掻き消えてくれているかもしれない。そんな淡い期待を抱いてみる。しかし不安材料ばかりだ。


──恥ずかしい。情けない。「どないしよぅ」とルビアは水中に泡を吹かせる。ドワイトは、それに晴れやかな笑みを浮かべた。タチの悪い笑みである。


「まあまあ、恥ずかしがらないでくださいよ……。でも、その気持ちを伝えないと、後悔するかもですよ?」


ドワイトは何故か、「でも」のあとを小声で言った。タチの悪い笑みを浮かべて、彼女はルビアの肩を小突く。

それにルビアはため息。ただ、少しだけその言葉に込められた『重さ』に驚きを隠せない。

時より聞こえるシンドロの声。その中で小さく聞こえるレイの声。後者を何故か明瞭に聞き取ってしまって、ルビアはため息。顔の暑さを認識する。これは駄目だ。意識しては駄目だと暗示をかけて、息を吸った。深呼吸である。ルビアはそれで、「何でそんなことを?」と問い返した。


「んー、何でですかね。まあ、思春期って言うのは、本当に一瞬の……まるで幻みたいなものですからね。それを大事にして欲しいなぁって思っただけですよ」

「思春期は一瞬ね……」

「はい。私の場合は……後悔ばかりですからね。後悔して欲しくないんですよ」


ドワイトはそこまで語ると、ほう、と息を吐いた。ルビアはその様子が、村長のそれと似ていることに気づいた。しかし、口に出せるほどの確証はない。


──思春期は、一瞬の幻。そんなことを言ったドワイトのそれは、いったいどんなものだったのだろう。

村長やシンドロの話を聞く限り、ドワイトの年齢は思っている以上に高い。だからと言って、撫で回したいという願望が減る訳では無いのだが、やはり、少しは尊敬の念が出てくる。

彼らの話を聞く限り、ドワイトの思春期はおそらく第二次大陸大戦の最中。つまりは村長とほぼ同年代。故に歳としては、ルビアの百倍……もしくはそれ以上はあるのかもしれない。


きっと、この世の酸いも甘いも何もかもを体験してきたのだろう。そんな彼女の言葉。風貌では想像がつかない程、そこには重みがある。背負って、引っ張ってきた重石があるのだろう。

ルビアはそんな彼女を見た。そんな彼女は、今も泡を吹かせている。その愛らしい姿を、こちらに見せ付けているかのようだ。

種族的な性質があるとはいえ──実際ルビアはそうだが──、こんなにも老けない種族を見るのは、初めてだった。やはり半ば伝説とされているような、高貴な種族なのかもしれない。そんなふうに思って、ルビアは声に出した。出してしまった。


「あ、あの! ドワイトさんって、なんて言う種族なの?」


ルビアは小さく返答を待つ。本来は、こんなことあまり積極的に聞くべきものでは無い。けれど、今回ばかりはルビアも気になってしまったのだ。

反省の色濃く、小さくなって待つルビアをどう思ったのだろうか。ドワイトはニッコリと笑うと、背中を──透き通るほどに綺麗な背中を、こちらに向けた。


「これで、わかるんじゃないでしょうか」

「──っ!」


驚きと納得に、ルビアは息を飲む。彼女の背中には──二対の翼が生えていた。小さな、本当に小さな翼だ。おそらく、飛行をするためのものでは無い。それほどに小さな翼だ。彼女の髪色と同じく藍色に染められたそれは、ピクリともせず、彼女の背中に張り付いている。ルビアはそれに触れようとして、迷ってから止めた。すると、ドワイトが語り始める。


「私はね、物真似族と言うんですよ。物真似族っていうのは、物真似が得意な種族だから、物真似族っていう」


──安易な付け方でしょう?

そう言って、ドワイトは何故か笑っている。『何故か』の理由は簡単だ。その瞳は、全く笑っていない。だというのに、どうしてか彼女は笑っている。屈託のない笑みを、繕っている。瑠璃色の、その奥に垣間見える黒。真っ黒の、本当に本当の真っ暗闇。それにルビアは溶けてしまいそうだった。そんなふうに錯覚する。


「さて、私はそろそろ上がりましょうかね」


一通りルビアにその翼を見せた後、ドワイトはそう言って浴場から上がった。体をゆらしても、翼は、ピクリともせずに彼女の背中に張り付いている。あの翼は一体なんのためにあるのだろうか。飛ぶことではないのは確かだ。では、なんのために。飛ばない、飛ぶ必要がないと言うのに、何故──。


歩いていくドワイトの姿を、ルビアはただ見詰めることしか出来ない。ルビアは自分の胸に触れると、鳴り響く鼓動と、浮遊感に息を吐く。


──きっとそれが恋なのだと、ルビアは暗示をかけることにした。



──



帰宅したルビアは、布団に飛び込んだ。深く深く息を吐いて、吸う。寝付ける気は、正直全然しない。冴えてしまった頭はどうすることも出来ず、絶えず何処かの何かを探してしまう。集中力が途切れ途切れになってしまって、寝付けそうにない。どうすれば良いのかわからなくなって、ルビアは布団からはね起きた。

ルビアの部屋、というのは、村長の家の三階にある。そのため、窓から見る景色は高い。もしかしたらこの村でも二、三番を争う高さかもしれない。それ故に、その窓から手を伸ばせば、深々と降る新雪に触れることさえできるのだった。


「──んっ」


ルビアは雪を手の温もりで溶かして、遠く遠くの障壁に目を向ける。そこから、少しずつ視線を下ろしていき、その発生源へと視線を移す。発光しているから、すぐにわかった。『始まりの大樹』──この村の中央に植えられた、樹齢千年越えの大樹。そこから発せられる魔法の粒子が、空へと舞って、そのまま障壁となって雪を阻む。冷気を拒む。

この障壁がなければ、きっとこの村も他の村と同じように、振り積もる雪に滅亡させられていたのだろう。狼避けのそれがこんな所に役立つとは、案外わからないものだな、とルビアはふと、そんなふうに思う。割と近くに見える山脈から、狼達の遠吠えが聞こえる。ルビアはほうと息を吐いた。


──聞くところによると、現在生き残ってる都市は、主要三国のそれぞれの都と、この村と──あとは地底都市や天空都市くらいらしい。

前者はこの村と同じように障壁を立てているらしい。仕組みは多少違うらしいが、効果は殆ど同じと聞く。ただ、後者に関しては移動が可能であったり、そもそも気象に何の影響も受けない場所であると言われているので、参考にはならない。

『もしも』の時を考えて、ルビアは顎を摩る。その『もしも』が起こらないことを願うばかりだ。そんなことになつてしまえば、この村から出なくてはならなくなる。


「外の世界、か」


呟いて、その響きを口で転がす。ルビアは一度も、この村から外に出たことがない。幼い頃、村長に連れてこられてから、ずっと、ずっとこの場所で……。


『──ルビア、正直お母さんのこと嫌いなんでしょ?』


「──っ!」


突然の頭痛。ルビアは呻いて頭を抑える。ジンジンと、脳髄が揺さぶられているのがわかった。布団に倒れ込み、痛む部位を抑える。痛い、痛い、痛い……。

しばらくすふと、痛みは落ち着いた。ルビアは安堵の息を吐いて、布団から起き上がる。


つい昨日から、頭痛が頻発している。頻度としては二時間に二、三度程度。別に少し休めば治る程度のものなのだが、やはり痛いことに変わりはない。明日くらいに村長の元へ行こうと決める。思えばこれも、ヤマシタ・レイと関わってから始まった症状だ。

ルビアは自分の掌を見詰めて、長い息を吐く。いわゆるため息。白く長く帯びいたそれで、ルビアは自分の震えに気付いた。


「まだ、怖がってるのね……」


いったい全体、何が怖いのだろう。何が恐ろしいのだろう。原因不明の震えに、ぼんやりとした不安や焦燥感。それの正体が全くわからず、ルビアは長く息を吐いた。


──いったい全体、ヤマシタ・レイの何が恐ろしいんだ? レイのことを考える度に震える両手に、ルビアはそう尋ねた。


ちなみに、頭の中で反芻する応えは、『似ているから』なのだが、それがいったい『誰に』で、『どんなふうに』という主要要素がわからない。というわけで、もう困惑しかない。混乱していないだけマシだと思える。

ルビアは、何度目になるかもわからないため息を吐いた。

もうこれは眠った方がいいのかもしれない。そんなふうに思って、ルビアは灯を消した。瞼を落とし、鼻から息を吐く。

不思議と、今日は自然に眠ることが出来た。



──



──少女はもがいていた。ただ、ひたすらにもがいていた。


暗中の中を進む。聞こえる音に向けて走る。ぴちゃぴちゃと音が聞こえるから、きっと地面は濡れているのだろう。思考はやはり他所へ他所へ向かう。それは昔からの悪い癖だった。

少女は走る。その飽きっぽい性格を無視して、走る。それほどに、少女は急いでいた。絶え間なく襲う焦燥感。それに駆られて、少女はただ足を動かす。


声が、少しずつ近付いてくる。あと少し。あと少し──そんなふうに思っても、まだつかない。まだつかない。泣きそうになる気持ちを堪えながら、少女は走る。一生懸命に走る。それは明らかに命の掛けられたものだった。


──少女は、走る。血濡れた道を、ただ走る。そこには確かな使命感があった。



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