エピローグ
体を洗い終わりバスルームから外に出ると、窓の外が夕焼けのように真っ赤に色づいていた。
窓から外を見て見ると、あの道路沿いに放置してあったワゴン車が置かれていた所が燃えていて消防車が何台も来ていた。
ガソリンに引火したのだろうか、恐ろしい炎が夜の闇を美しく彩っているのを、不思議な感覚でいつまでも見ていた。
翌朝、ニュースを見て驚いた。
昨夜の火事は放置してあったワゴン車の車内に置かれていたガソリンが何らかの原因で発火したもので、この火災で偶然近くを通りかかった恩田が犠牲になり命を落としていた。
ニュースを見ながら恩田が持ってきていた、山岡のノートパソコンを思い出し、これは事故などではなく山岡の計画的な犯行なのではないだろうかと思った。
私が適当に打ったパスワードが何らかの起爆装置になり、そのパソコンを持った恩田がワゴン車に近付くことにより中に隠されていたガソリンが爆発し、恩田は命を落としパソコンのデーターも消える。
そう考えると、私は私の中に隠れているかも知れない山岡の存在が恐ろしくなった。
「チイちゃん市役所に行ってくるから、あと頼めるかしら」
園長の三枝美穂に言われて「大丈夫です」と明るく答えた。
「チイちゃんが来てくれて本当に助かるわ。帰りにカステラ買ってくるから、戻ったら皆でお茶しましょうね!」
園長は、そう言うと車のエンジンをかけて出て行った。
「チイちゃん。本読んで!」
小さい子たちが直ぐに集まって来て、私は絵本を読んであげた。
私が水川千重子になってから、もう二年が過ぎた。
あれから私は三枝美穂を訪ねて、この児童福祉施設で働かせてもらうことになった。
もしも恩田の言う通りに本物の水川千重子が居たとしたなら屹度ここを訪ねてくるのではないかという思いもあったが、何よりも人のため、いや本物の水川千重子のために働きたかった。
絵本を読み終わり外へ出て洗濯物を干していると、田んぼの向こうのあぜ道を背の高い男性がこっちに手を振り笑っていた。
幼く無邪気な笑顔に切れ長の目が糸のように優しく見える。
“山岡さん?”
干していた洗濯物を潜って道のほうに歩きかけたとき、そこに山岡の姿はなく、あの事件から1年経った頃に転勤で山梨の事業所に移って来た、川原さんがタクシーを停めて笑顔で手を振ってくれていた。
私もとびっきりの笑顔を向けて手を振り返す。
空を見上げた。
空は果てしなく高く、澄んでいた。
子供たちが私を呼ぶ声が聞こえる。
大人から見れば、ここへ来る子供達には暗い経緯があるように思えるはずだ。
しかしこの施設に居る小さな子たちは、普通の家庭の子たちと何も変わりなく明るくて元気だ。
死んだ恩田だって、私に成り代わったかも知れない山岡だって、子供の頃は無邪気な普通の子供だったはず。
私には役目が二つある。
ひとつ目は、今日のこの青空のように澄んだ心を持つ子供たちを見守る事。
そして、もうひとつは私自身が、道を外さないで生きて行くこと。
それは私が、私でなくなった後にも。
夜、寝る前に、私は必ず日記を認める。
その日に合った人や出来事を記し、そして必ず一文を付け加える。
それは、どうしたら人々が幸せになれるかということ。
それは、いつ目覚めるかも分からない山岡の心が、私と入れ替わったときに再び間違った方向へと進まないよう戒めをこめた願いでもある。
最後まで読んで下さり有難うございました。
自身初のサスペンスは、本当にサスペンスになっていたでしょうか?
最後に我儘なお願いがあります。
小説の終わりの部分、千重子が児童養護施設で働いている場面の時から、どうかお心の中でも構いませんので、岩崎宏美さんの「マドンナたちのララバイ」を思い浮かべてもらえれば、この至らない小説も、もう少しだけサスペンスらしく終わらせることができると思います。
一か月足らずの、短い連載ではありましたが、貴重なお時間を使って戴き、読んで下さった方々、素晴らしい感想やレビューを下さり応援して下さった方々に深く感謝いたします。
有難うございました。
-湖灯ー




