秘密④
目が覚めたとき体が異常にだるく感じ、頭もボーっとしていた。
部屋の中が煙草臭くて、体を起こそうとしたときに下腹部に力が入らす、変な痛みを感じた。
何が起きたのか全く分からないまま、漸く起き上がると自分の体から鉄臭い血の匂いがしているのが分かった。
その体は何も纏ってはいなくて、山岡のアパートで初めて目が覚めた時と同じ。
そして、テーブルには缶ビールと煙草の吸殻、それにスナック菓子が散らかされていた。
時が戻ったのだと思った。
今まで起きていた事は、全て夢だったのだと。
しかし、あの時はこんなに体にダメージは無かった。
床には男物の衣服と一緒に、私の衣服も散らばっていた。
そう――今度は、私の衣服もチャンと有る。
もしかしたら、あの時に目覚めたこと自体が夢だったのかも知れない。
山岡とアパートで寝て、その山岡が私の衣服を持ち去ってどこかに消えてしまうなんて、どう考えてもおかしい。
衣服を持ち去る理由がない。
浴室からシャワーの音が聞こえている。
本当の私は今ここに居て、そして今山岡が私を抱いたあと、シャワーを浴びているのだ。
頭がハッキリしないままベッドで横になっていると、シャワーの音が止り、暫くすると浴室のドアが開く。
「山岡さん?」
自分でも驚くほど、甘い声で名前を呼んでいた。
でも、帰って来た声は山岡の物ではなかった。
「悪ぃなぁ山岡じゃなくて」
私は慌ててシーツに身を包めた。
出てきたのは、恩田。
「スマンなぁ。まさか処女だったとは思わなかったぜ」
私は恩田から顔を背け、部屋から出て行くように言ったが無駄だった。
恩田は下着のままテーブルの前に座り缶ビールを飲み始めて煙草に火をつけて、君を抱いて漸く分かったと言い話しを始めた。
山岡は創造科学研究所で、ある新薬の開発を担っていた。
その新薬とは遺伝子に作用して元の人格を根本的に変える作用がある。
例えば凶悪犯の人格を破壊して普通の善良な市民にも代えられる画期的な薬のはずだった。
しかし、投薬を行った患者の精神に、どう作用するかは未だ想像に過ぎなくて。
マウスの実験結果でも必ずしも穏やかな性格になる保証はなく、より凶暴になるものもいた。
うつ状態のマウスには効果はあったが、直ぐに死んでしまうものも出た。
薬は改良を重ねられ一定の効果は確認されたが、それを人間に投与した場合のリスクを確認するには至らないまま大手薬剤会社との交渉は勝手に進み、今年中に臨床実験に入る計画が進められていた。
その矢先、プレジェクトの中心人物である山岡は突然失踪してしまう。
創造科学研究所の爆発事故は、その山岡の研究内容を盗み取る目的で彼が管理していた大型コンピューターの解析を始めたときに起こった。
データーは完全に消滅し、野心家たちはこの世を去る羽目になり、この薬が表舞台に出ることはなくなった。
山岡のアパートでの爆発事故も、警察が山岡のパソコンを勝手に開こうとして起爆装置が入ったのだろうと話した。
「そこで、君の問題だが」
恩田は吸っていた煙草を飲み終えたビールの缶の中に放り込んで私に目を向けた。
その視線がシーツから出ていた私の足に向けられたので慌てて足を引っ込めると「もう、あんたには何もしないよ……」と、ポツリと言う。
その声には、もう私を馬鹿にするような嫌な波長は混ぜられていなかった。




