秘密①
山岡が会社を無断欠勤して二十日。
そしてこの冷蔵庫に並べられているパック入りのジュースやペットボトルのお茶など、どれもが一か月くらい前に製造されたもの。でもそれは、私自身がここを一か月開けたためだと思えば不思議でも何でもない。問題は消費期限だ。
普通、一か月も家を空けてしまうと消費期限の過ぎた物の一つや二つありそうなものだけど、ここにあるものは全てまだ消費期限に余裕のあるものばかりで、消費期限切れはおろか消費期限の迫っているものすらない。そればかりか、ゴミ箱にはゴミなければ汚れもない。
山岡の部屋も生活感は薄かったが、この部屋ときたら薄いどころか、生活していた形跡すら伺い知ることができない。
勘ぐって見ても記憶がないのだから、どうしようもないので、とりあえずテレビを付けてみた。丁度ニュースが始まっていて創造科学研究所爆発事故を報道していた。昼に重体と発表されていた人も亡くなって死者は三人に増えていたが、その他の犠牲者の名前に恩田の名前はなくて何故かホッとしていた。
この夜は、疲れもありシャワーを浴びたあと直ぐに寝た。手いっぱいにバラの花束を持った山岡が訪ねてくる夢を見た。悲しく微笑む山岡が私を優しく抱き、別れ際に何かお願いされて霧の向こうに帰って行く夢だった。何をお願いされたのかは覚えていなかったが、難しい事ではなかったような気がした。そう、人間として当たり前に生きていくような内容だった気がした。
朝、目が覚めて直ぐ部屋の掃除をした。
一か月近く使っていない部屋は埃が溜まり、窓から差し込む光にキラキラと輝いている。
窓を開け放して空気を入れ替え、ベランダに布団も干した。
一段落して、紅茶を飲みながら保険証を眺める。この保険証に書かれてある住所を元にして、ここまで辿り着いてきたわけだけど、この保険証は国民健康保険なので企業の記載がない。……と言うことは、私は無職なのだろうか?
一体、この一か月前後で私に何が起きたのだろう?
家族とかの情報はないのだろうかと引き出しにしまってある書類や郵便物を調べたが、家族に関するものは何も見つからなかった。
その代りアパートの契約書の欄に保証人として三枝美穂という女性の名前と住所が記載されていた。
その住所は一般住宅ではなく児童養護施設と書かれていた。私は孤児だったのだろうか……。
翌朝、身内が誰も居ない事実が私を憂鬱にさせ、家を出る事ができないでいた。
記憶を無くし、身寄りもない私が、この先どうやって生きていけばいいのだろう。
学生だったのか就職をしていたのかも分からない。とりあえず児童養護施設に三枝美穂という女性を訪ねるべきなのだろうが、動くこともしんどかった。
夜、テレビを付けると創造科学研究所の事故のニュースが流れていて、山岡が重要参考人として指名手配されていた。
ニュースキャスターの人や解説者が、密かに自分の会社を爆破するための機会を狙っていたとか、会社に恨みがあったのだろうとか、東大卒のエリートから転落した人生など、お茶さす。
ニュースの最中に山岡のアパートの家宅捜査の様子が映し出された。
昨日まで私が居た部屋。
レポーターの人が何か叫んでいて、よく見ると割れた窓から薄っすらと煙が出ていた。
“なにがあったのだろう?”
ひょっとしたら、山岡がアパートに戻っていて、そこに警察が来て乱闘にでもなったのかと心配して見ていた。
暫くするとアパートの通路はブルーシートで覆われ、直ぐに消防車と救急車が来た。
目を皿のようにしてテレビを見ていると、ここでも爆発事故があって警察官三人が負傷したと報道された。
山岡が何をしようとしているのか分からないけれど、もう既に三人が命を落とし六人が負傷している。
しかし、あのアパートの部屋に爆発するような危険な物なんて有っただろうか?
もしもその様な危険なものが有れば部屋の大掃除をしたときに気が付きそうなものだし、予め仕掛けられていた物なら爆発の犠牲になったのは私のはず。
もしかしたら山岡は、やはりどこかで監視していて私が部屋を出たのちに部屋に戻って来て爆弾を仕掛けたのではないだろうか……。




