キツネ目の男④
店内に入ると、もう二人分の水も用意されていて直ぐにウェイレスさんが注文を取りに来たのでアイスティーを頼んだ。飲み物が来るまで、まだ氷の残っていた水を飲んだ。
「タクシーの運転手はどうだった?」
恩田は直ぐに、私がタクシーの運転手を調べたことを聞いてきた。
嘘を言っても意味がないので正直に別人だったと言うと、残念そうに「そうか」と呟いた。
「山岡さんは、どこに行ったのでしょう?」
私の問いに、それを聞いているのは自分のほうだと言わんばかりに恩田は苦笑いを浮かべて腕を組んでソファーの背にもたれて言った。「どこに居るかは分らんが、奴は屹度君を見張っているに違いない」と。
「一体、どうやって?」
「例えば部屋を見張るなら、パソコンや監視カメラ。それに盗聴器だろう。通信環境次第で世界中どこに居ても監視できる。移動する人物を追うならGPSによる監視だろうけど、君の場合は携帯を持っていないから難しいだろう。あとは赤外線に、それから非監視物にセンサーチップを埋め込むこともあるが、君、手術のあととか体の一部に違和感や“しこり”のようなものはないか……」
恩田の話を聞いているうちに頭が“もうろう”としてきて、いつの間にか意識を失い、気が付くと恩田に体を揺さぶられていた。
「おい!おい君!大丈夫か!?」
心配してくれているはずの言葉の中に、何故だか嘘が隠れているような気がして、申し訳なく思う。倒れそうな人を支えることに嘘など入る隙間は無いはずだから。
「山梨に帰るのは、先延ばしにしたほうが良くないか?」
恩田の言う通り、こんな体調で見ず知らずの山梨の自宅を目指すのは無理なのではないかと思ったが、行かなければいけない……それよりも後戻りする不安のほうを強く感じたので、今日旅立つ事を告げると恩田の顔が直ぐに不満気な顔になり、やはり彼の心配する様子は嘘だったと思った。
不意に恩田の携帯が鳴り、退席した彼が外で「止めておけ!」と怒鳴っている声が店内まで聞こえてきた。電話を終えた恩田は店内に戻ってくると、山梨に戻ったら連絡をするように告げ急いで出て行った。
二人分の料金を払い、喫茶店を出て駅のロッカーからスーツケースを取り出して新宿に向かい、新宿駅からはスーパーあずさ一九号に乗った。
電車内ではボーっと車窓に流れる風景を眺めていたが、特に懐かしいという感情も何も湧いてこなくて、ただ緑色の山と空の青とのコントラストが美しく感じられた。
目的の駅に到着し列車から降りて暫くテレビの見える椅子に座って休憩していた。特にテレビなど見たくもなかったのに何故かこの場所を探したのが我ながら不思議に思っていると、急にテレビから事件が伝えられ、顔を上げて驚いた。
“創造科学研究所社屋、爆発炎上中”
ヘリコプターから撮影された映像では小さな建物から黒煙が上がっているところが映し出されていた。
“死者二名、重体一名、重軽傷者三名”
恩田が携帯電話で止めておけと怒鳴っていた事と、この事件は何か関係があるのだろうか?
爆発時刻は今から約二時間前なので、恩田はおそらく研究所には戻ってはいない。
それにしても山岡の居ない研究所で一体何が起きたのだろう。
バスを使ってアパートに向かった。
停留所を降りて田んぼのある道を歩いていくと、途中に倉庫代わりにでもしているのか、廃車になったワゴン車が田んぼの道路わきに置かれてあるのが妙に気になって覗いてみたが中には乱雑にモノが置かれていて汚いだけだった。
アパートに着いて、自室の前に立つと緊張しているのが自分でも分かり、深呼吸をして鍵を挿して回すとドアが開き急にホッとした。
部屋に入っても、久し振りに我が家に戻ってきた懐かしさやホッとする感覚はなく、どちらかというと物珍しいという表現が合っていた。
それにテレビにパソコン冷蔵庫に電子レンジ、洗濯機に乾燥機などの電化製品が全部新品なので驚いた。
“引っ越しした時に全部買い替えたのだろうか?”
とりあえず、途中のコンビニエンスストアで買った飲み物を冷蔵庫に仕舞うためドアを開いて恐ろしい違和感に呆然として中に入っていた物の、ひとつひとつを確認した。




