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キツネ目の男②

 席に着くと(おもむろ)に男が名刺を差し出した。

 そこには山岡と同じ『創造科学研究所』と書かれた横に『恩田孝造』と言う名前と主任研究員と言う肩書が書かれてあった。

 山岡の社員証に書かれていた生物化学博士と、目の前にいる恩田の主任研究員では、肩書は山岡のほうが偉そうだけど、年齢的には明らかに恩田のほうが上に見える。

 私の考えていることが分かったのか、恩田は山岡の直属の上司だと言い、老けて見えるが年齢は三五歳だと付け加えたあと本題の話に移った。

 恩田の話によると、山岡はもう二十日も前から会社を無断欠勤しているらしい。そして恩田が足蹴(あしげ)く山岡のアパートを訪ねる理由は、業務上彼がいないと前に進まなくなるプロジェクトがあり納期も迫っているとの事だった。

 恩田が山岡の所在の手掛かりが知りたくて部屋に上がらせて欲しいと言ってきたが、山岡の許可もなしに他人を部屋に上げる訳にはいかないと断ると、今度は私と山岡の関係をしつこく聞いてきた。いつ山岡と知り合い、いつから山岡の部屋に居るのか、性的関係は有るのか無いのか……。

 私は、自分が記憶を無くしていることを正直に打ち明けた。だから、いつ知り合ったのかも、いつからあの部屋に居るのかも分からない。性的関係については答える必要もないし、分からないのでスルーした。

 私が記憶喪失だと答えたことに対して、当然恩田が疑って怒って来るものだと思っていると、意外にその事実を受け入れてくれ興味深く聞いてくれ不思議に感じたが、それには理由があった。

 ひととおり話し終わると恩田が言った。

「山岡なら、やりかねない」と。

 私は何のことか分からなかったが、恩田によると山岡は自分の目的のためなら人の命までも軽んじてしまう男だと言い、これまで山岡の犯した罪に問われていない罪のホンの一部を話し始めた。

 山岡聡一は東京大学理科Ⅲ類にストレートで入学し医学部に進み、トップクラスで卒業した。卒業後はそのまま東大病院に勤務し、彼はそこで間違いを犯す。

 恩田が知っている限りでは、認知症の患者に彼が研究中のまだ承認も認可手続きも行われていない薬剤を投与し、一時的に症状を劇的に緩和し、そしてその患者の脳を壊してしまった。また難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者にも同じように自分が研究中の薬を無断で投与して症状を改善させたが想定余命を短くさせて死なせてしまった。

 どちらの場合も患者の家族は一時的な回復を喜んでいたし、投与の確固たる証拠も認められなかったので公にはならなかったが、いくつものスタンドプレーに山岡は東大病院を追われ、今の創造科学研究所にやって来たのだと言う。

 創造科学研究所でも、昆虫の繁殖を抑える電磁波の研究をしていたところ狂ったように研究にはまり、ついには動物のY染色体に悪影響を及ぼす特殊な電磁波の開発に理論上の成功を収めたものの、悪用された場合にあまりにも危険すぎるのでお蔵入りになってしまった。

 染色体の意味が分からなかったので恩田に、何がいけなかったのか聞いてみると、恩田は意外に丁寧に答えてくれた。

 つまり染色体と言うのは、同じ人間でも男女によって異なる。

 女性ではXX、男性ではXYの構成。

 子供の性別はY染色体を持つ精子によって受精すれば男性に、X染色体を持つ精子によって受精すれば女性になる。

 当然のことながら、Y染色体を破壊された世界は女性ばかりになってしまい、生き残った男たちがどう頑張ってみたところで、生まれてくるのは女性だけだから人口は確実に減少させることができる。

 下手をすると男性そのものが絶滅してしまう可能性だってある。

 そして、それを携帯電話に使われている電磁波で可能にした場合、影響を受ける範囲が広くて危険だと言う。

「では、そういうことを止めるために山岡さんを探しているの?」

 私が心配して聞くと、恩田は苦笑いをしながら「奴は、ひとつのことに固着するタイプじゃないから、その心配はいらないさ。現に今は別の事を研究している。ただ、あの忌々しい天才がいないと我が社のプレジェクト自体どうにもならない。悔しいけれどね」

 そこまで話したところで恩田の携帯が鳴り、恩田は席を立ち外に出た。

 人に聞かれたらいけない内容なのかも知れないけれど、どこでも煙草を吸う割には意外に細かいところもあるのだなと思った。

 電話から帰って来た恩田は、社から急に戻って来るように言われたとのことで、この変な会談は一旦打ち切ることを伝え、店を出て行った。

 店を出る間際に、私も山岡の実験台に使われているに違いないから心配するように言い、また会えるかと聞いてきた。私が明日山梨に帰る予定だと言うと、何時に出発するか聞いてきたので昼に出ると答えると「じゃあ明日、午前十一時にここで」と言って、私の返事も聞かずに店を出て行ってしまった。テーブルに二人が注文した会計伝票は置き去りだった。

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