キツネ目の男①
山岡聡一の正体が分かった。
タクシーの運転手、川原宗次こそ山岡本人に間違いない。
そうなると、川原さんに扮していると思われる山岡さんのアドバイス通り、ここにいつまでも留まっている理由はないように思え、私は山梨の自宅に帰るための準備をすることにした。
自宅と言っても、どんな所かさえ覚えていないので、とりあえず図書館に行ってパソコンで地図検索をする。住所を打つと地図が表示され、道路に画面上に描かれたピクトのお人形さんを置くとあたかもそこに自分がいるように建物や風景が見える。
それで見た私の家は、特に洒落たところもない普通の郊外型のアパートで、見た感じは清潔で新しそうだった。周りは自然に囲まれていてマップ上のお人形さんを進ませてみると田んぼの中の道を数百メートル歩くと大通りがあり、そこに駅行きのバス停があった。
どんな部屋なのだろう。
そしてどんな所なのだろう。
なんとなく好い所に思えて、ワクワクする。
図書館を出て直ぐに本屋に入り、山梨県地図と観光ガイドを買った。そのあと喫茶店で買ってきた本を見ながらランチを食べ、食事のあと百貨店に入って旅行用のバッグと衣服を買ってアパートに戻った。
次の日の朝は秋晴れの晴天だった。爽快な天気同様に、久しぶりに私の心も晴れ晴れとしていた。
鼻歌を歌いながらベランダに洗濯物を干し、窓を開け放して部屋に掃除機を掛けているときに呼び鈴が鳴った。
軽快な気分のまま慌てて玄関を開け、凍り付いたようにそこで立ち尽くした。
「やっぱり、あんただったか……」
開けた玄関の隙間から覗くように顔を近づけたのは、あのキツネ目の男。
「山岡に用がある。出せ」
幸いチェーンを掛けていたので、男は部屋に入れない。
「どこに行った」
狭い隙間をこじ開けるように顔を捻じ込んできて私を睨んでくるその顔は、まるで目の前でホラー映画が現実になったようで怖い。
私が、知らないと答えると、男は「山岡の女か」と聞いてきたので「違うと思う」と答えた。男は怪訝そうな顔で「じゃあ、どういう関係なんだ」と、しつこく質問してくる。
ドア越しに男と話をしている間に、アパートの住人と宅配業者が通路を通って行ったけど、この男は自分が納得するまで質問を止めない。そして、その質問にまともに回答できない私は、いつまでも解放されない。
いいかげん埒が明かないし終わりそうにもない。
話を一方的に打ち切って扉を閉めようかと思ったけれど、キツネ目の男は既にその事を予想して靴の爪先を扉の隙間に捻じ込んでいた。
もっともこの男にとっては、扉を絞められたところで諦めることはないだろう。
ずーっと立たされているのにもいい加減疲れてきたので「場所を変えて話しましょう」と提案し、着替えることを理由に時間をもらう。
そして、ドアを開けたときに押し入られるのも怖いので、窓から見える道路で待ってもらう条件を付けたら「さすがに山岡の女だけのことはあって用心深いな」と嫌な目で見られたが、案外もすんなり従ってくれた。
化粧をして服を着替えて窓から外を覗くと、男はおとなしく指定された道路に立って携帯電話で誰かと話をしていた。
喫煙場所でもないところで煙草を吸っているのはマナー違反だけど、私の依頼に素直に従ってくれている男を見ていると意外に可愛いところもあるのかなと思ってしまう。
アパートの階段を降りると男は直ぐ私に気が付いて、どこで話をするか尋ねてきた。
私は、この辺りの飲食店を良く知らなかったので「さあ」と答えると、男は「じゃあ、俺に付いて来い」と言ってスタスタと歩き出した。絶対私が付いて来るものだと言う歩き方が少し嫌だったけれど、既に家を知られている以上逃げても無駄なのでおとなしく男の後ろを少し離れて付いて行った。
駅に近い喫茶店に着くと男は私に断りもせずに喫煙室に入って座り、私も後について座った。




