おだんごパピヨン
「それで」
美少女はなにか話そうと口をあけて、
「あら?」
彼女がうしろを振り向くと、いつの間に入ってきていたのか、長い黒髪の女生徒が立っていた。
色白の顔に、少し呆れたような笑顔を浮かべて、
「うのちゃん、またひとを困らせてるんじゃないの?」
「人聞きの悪いことを、黒鈴さんたら……こんなに、私は感動を伝えたかったのですけれど」
「はいはい。なんかすみません。はーい、うのちゃんいい子だから帰りますよー」
こちらに向いて軽く会釈をして、うのちゃんと呼ばれた美少女を引っ張っていこうとする。
いつもこんな調子の人なのかなあと、トントンはその扱いを見てぼんやり思う。
「あ、いえ、ありがとうございます……で、いいのかな、いいよね、うん……」
「褒めてもらったのはたしかだしね」
詰川さんはまた人数が増えたことに若干びびりながら、小首を傾げつつお礼を言う。
うのちゃんは少しあたりを見回すような仕草をして、
「黒鈴さん、覚柄さんは一緒じゃないのです?」
「……いない? あれま、どこで置いてきたんでしょ。階段のとこまではついてきてたのに……」
「あの方少しぼんやりしてるから……」
彼女がぼんやりと呼ぶのなら余程のぼんやりさんなのかなあと、トントンは考えながら、黒髪の女子をどこかで見たような見てないような、名前を知っていたような知らないような、と、ぼんやりと、このぼんやり具合なら俺の方がぼんやり勝ちするだろうな、と思ったところでなんかどうでもよくなった。
「あんたよりぼんやりしてる子なのかしら」
詰川さんも似たことを考えていたっぽいが、こちらは、ハキハキしている人間全般に苦手意識を持っているタイプなので、ぼんやりさんの方が気が楽なのになあとかを考えていた。
美術室の、半分あいたドアの向こうをぺたぺたと歩く人影が横切った。
「あら、いま廊下通りましたね」
「ほんとだ、啼衣子ー。こっちこっち」
「はえ?」
たしかにぼんやりした目で、ぼんやりした足取りで、頭にお団子をふたつつくった小柄な女子が入って、来る前にドアにぶつかってひっくり返った。
「いた……い……」
至近距離まで来るのに3回くらい躓いて、これは負けたな!大敗だな!と思ったトントンを、彼女は眺めて、
「動物園?」
と呟いた。
「パンダです」
「動物園以外にいないけどね、パンダ」
「野生に1800頭」
「日本に生息してないじゃないの」
少し安心した様子の詰川さんと、小声でやりとりしていると、
「なんだっけ、その、白と黒の……パグ、じゃなくて……なんとか、なんとか……シャーマニックパピヨン……ぱ……パビリオン?」
詰川さんが一気に不安そうな顔になって、
「ジャイアントパンダって言おうとしてるのかしら?まさか?まさかね?さすがにね?」
「それ以外だったらもっと怖いと思わないか」
「パンダです、パンダ。覚柄さん、ジャイアントパンダです」
「あぁ……パンアンドジンジャー……それ、それ」
「美味しそうなことになってるんだけど!ねえ!」
「言い間違いくらい誰にでもあるって」
「あの素晴らしい絵を描いた方がこちらの詰川さん。こっちは友人の、黒鈴睡蓮さんと覚柄啼衣子さん」
「ああ、うのちゃんの言ってた、詰られやさんね」
「……それは合ってるな」
と神妙に頷いたトントンを詰川さんははっ倒した。
「られてない。られてないから」
「られ的なライフを満喫してるくせに……」
「してないから。してない」
「なかよし?」
「ふふ、なかよしさんですよね。その身の内にゲヘナの炎に匹敵する熱熱しき魂を宿しながら、バーサークする寸前まで張り詰めたもの同士がお互いを理解し合ったときにのみ奏でられるゲルニカ的な相乗和音の破壊的なまでの」
「パンダは喧嘩しててもかわいく見えるんだ」
「なぜそこで偉そうにするのだきぐるみ野郎が」
「あー……」
ふとやわらかい笑みを浮かべて、
「あの絵、私も好き……」
覚柄さんがそう言ったので、詰川さんの顔は一瞬明るくなった。
「あのー、ええと……『コールスロー荒ぶりプレイ』」
「ある意味合ってるよ、うん、合ってる」
神妙に頷いたトントンのもふもふに顔を埋めて詰川さんは荒ぶった。