EP・1 夢の始まり
夏も終わりの九月終盤、俺たち二年生は念願の修学旅行へと旅立っていた。
都会のコンクリートジャングルから一変、南国の島でリッチな時を過ごしたクラスのみんなは、帰りの飛行機内でもハイテンションなままだった。
「あーあ。なんで旅って物はこんなにも早く終わっちゃうのかねぇ」
「まっ、だからこそ楽しめるってもんよ」
俺を挟んで左右に一人ずつ。間に知恵の輪を真剣にやっている人がいるというのにこいつらの会話は
まったく遠慮する気配が無い。
「でもでも この体感速度は超急すぎるよ!」
旅の終盤を悲しむこいつは一ノ瀬 杏里。幼馴染1号だ。
「普段とは刺激が段違いなんだろ?まあそうゆうこったなぁ」
だるそうに返答しているこいつは世良 拓海。幼馴染2号というところだ。
「うぅーん けどなぁぁぁ!」
「あーもう そろそろしつこいぞ! おいマコ!アンリどうにかしてくれや!」
「ひっどーいッ!この気持ちを受け流すなんて!」
俺は神谷 真。現在進行形で知恵の輪を解いている者だ。だというのにこいつらは・・・・
「あと5分待って」
「マコ...お前って奴は...」
こんな会話はいつもの事。この何気ないやり取りが好きだし これからもこのままで良い。俺にとってのこの日常は 心の奥底から 安心を感じられるものだった。
「で? アンリの気持ちが悪くなったって?」
「違うよマコ!私のこのどうしようもない寂しさを タクちゃんが受け流すの!」
「受け流すっても結構しつこかったんだよなぁ....」
気だるげに頭を掻きながら 目を細める、長身横顔イケメン。
観てくれは良いのに どこか子供感の残る少女。
あぁ、この感じ。悪魔と契約を交わしたり 空から女の子が降ってくるなんて事は無かったけど、俺の高校生活は 中の上くらいに充実しているのだろう。
「さて、こいつも解けた事だし ちょっと熊狩りに行ってくるわ」
「いってらー」
「飛行機の中で熊狩り??.... あッ! トイレか なぁーんだ」
相変わらず品のない子だな...
知恵の輪なんて 気力を使う物をやっていると、
トイレにも行きたくなるものだ。
長旅で痛くなり始めた腰を上げて 通路を通り、俺はトイレへ歩き始める。 あれ? 飛行機のトイレってどうなってんだろ 電車とかと同じ感じなのかなぁ...
くだらない好奇心をよそに 飛行機前部の個室トイレに到着。 なんだ、電車とあんまり変わらないじゃないか と好奇心を満たした所で 用を足した。
「いやぁ やっぱり 電車より揺れるかもしれないな」
ボソッこぼした声だったが、その言葉が次第に怖くなっていく。
「えッ? これ なんかちょっと揺れ過ぎてないか?」
驚きのあまり大きすぎる独り言を発したが 状況は言葉通りだ
機体は大きく傾き、油断すればきっと足が崩れてしまうほどに 振動が走る。 ヤバい。これはきっとヤバいやつだ 誰が感じたって不安になる飛行をこの機体は行っているんだ。
沢山の思考が脳裏に次々と浮かび始めた頃、物凄い衝撃とともに真は床に膝をつく。
慌てて トイレの扉を開け、客席側に目を向けると そこにはとても観たことのない光景が広がっていた。
錯乱する荷物、宙に浮く人々、飛んでくるガラス。 ものの数秒で惨劇と化した機内は、3つに切断された 機体の隙間から少しずつ空へ吸い込まれていった。
「どうしろってんだ これ! クソッ! アンリ!タクちゃんッ! みんな!!」
一言言い終わるか終わらないか。
その一瞬のうちに全ての物が吸い込まれていった。 俺も その中のひとつとなり、爆風の中で目も開けられずに 空へ投げ出されてしまった。
ここで 命が終わるのか....
そううっすらと脳裏に浮かんでは消えていく小さな意識が、1秒を一時間にも感じられる感覚の中で感じていた。
これが、死。
空に投げ出された時、虹色に包まれていたあの感覚は、臨死そのものを感じているところだったのかもしれない。