第12話「引き籠り」
アリアが引き籠った!
ヴェル魔法大会の予選でケーラさんに負けて、僕に泣きついてきた後に落ち着きを取り戻したアリアが応援に来てくれた皆と別れ、宿に戻り、そして引き籠った!
☆ ☆ ☆
「おはよう」
今日も良い天気だ。
昨日の試合はアリアにとって残念だったかもしれないけど、その悔しさをバネに頑張れば彼女はもっと強くなれるはずだ。
そのためには学ぶことが大切だ。だから学園へ行こうか!
大丈夫あんなにも頑張ったんだ、アリアを悪く言う人なんてきっといないさ。
もしそんなヤツが居たら、僕が二度とアリアの悪口を言えないようにしてやろう。
そんな事が僕に出来るのかって? 強そうな相手でも、シオンさんに泣きついて「ヘッヘッヘ、アニキ、やっちゃってください!」とお願いすれば一発さ!
なんて、朝から無駄にテンションを上げてみた。
アリアが昨日の事を引きずってる可能性も有る、もしそうなら彼女のテンションは低いだろう。
いや、いつも無表情でテンションは低いか。
まぁせめて明るく努めよう、サラとリンはもう既に登校の準備は済ましている。
なので後は、お寝坊さんのアリアだけだ。
「アリア起きて。早く学園に行くよ」
ゆっくり、そしてそっとシーツの繭に包まった彼女をゆする。
勢いあまって変な所を触らないように、ゆっくり注意深くだ。
「やだ」
シーツの中から返事が聞こえた。やだか。
「やだじゃないの!」
「やだやだ!」
う、う~ん。
ここまで嫌がるというなら仕方がない。
無理に連れて行っても可哀想だし、彼女も心の整理をする時間が必要だろう。
「わかりました。アリアの分のお昼ご飯はテーブルの上に置いておきますので、後でちゃんと食べてくださいね」
「うん」
テーブルの上にお昼ご飯の弁当を置いて、部屋を出る。
「それじゃあ僕たちは行ってくるから」
部屋の外ではシオンさん達も待っていてくれたようだ。
全員が「どうしたの?」と言いたげだが、さっきのやり取りで学園までの時間がギリギリだ。
「学園へ向かいましょうか」
皆には学園へ向かいながら、僕は何があったのか話した。
☆ ☆ ☆
「原因は昨日負けた事がショックだったんだと思います」
午前中で授業は終わる。
教室にはサラ、リン、シオンさん、フルフルさん、イルナさんが他の生徒達が集まっていた。お昼ご飯を食べながらアリアが引きこもった事について話すためだ。
流石にこの人数は僕の弁当で賄いきれないので、お腹が空いた人は自分達で買って来てもらうように言ってある。
「エルク。一つ聞いて良いかしら?」
神妙な顔で、サラが僕に質問してきた。
「良いよ。何か気になる事があるの?」
「アリアって、そんなこと気にする子だっけ?」
僕はその場でズルっと転びそうになった。
周りを見てみると、皆視線を逸らしている。
アリアは普段から無表情だから、そういう風に誤解を受けやすいのも仕方ないか。
「負けた時に、皆が応援してくれたのにって泣いて言ってましたよ」
「そ、そうなんだ。へぇ~」
流石に今の発言はまずいと思ったのか、サラは僕から目を逸らし目線が宙を浮いている。
場をなごます冗談のつもりだったのだろう。
「とりあえず、今日もう一度アリアと話してみるつもりです」
卒業資格のための条件である魔法大会参加はしたので、アリアが無理に学園に登校しなくても問題は無い。
でもこんな形で終わるのは、良くないと思う。
☆ ☆ ☆
サラとフルフルさんは次回の予選に向けて修行に。
リン、シオンさん、イルナさんは勇者ごっこに向かった。
そして僕は、シーツを相手に話しかけている。
正しくはシーツの中の人だ。
「今日一日休んで、気持ちの整理はつきましたか?」
「……」
返事が無い、ただのシーツのようだ。
寝ている、というわけではないはずだ。僕の声に反応して一瞬「ビクッ」となったし。
「明日は学園、行けそうですか?」
「やだ」
今度は返事がちゃんと来たぞ、否定の言葉だけど。
「なんで嫌なんですか?」
「怖い」
「怖い?」
「……負けた事をガッカリされたり、馬鹿にされるのが怖い」
彼女に期待した生徒から落胆や批難の声が上がるのが怖い、と言う事か。
例え何も言われなくても、彼女の中で、誰かがそうやってささやき、それは今もアリアを責め続けているのだろう。
「誰もそんな事言わないから、大丈夫だよ」
そう言った僕が、この言葉が届くわけないと一番知っている。
この言葉を言う側の気持ちと、言われる側の気持ちがわかるからツライ。
結局、彼女は黙り込んでしまった。
☆ ☆ ☆
「と、言うわけなんだ」
午前中の授業が終わり、昨日アリアと話した内容を教室で話す。
メンツは昨日と一緒だ、というか昨日よりも聞きに来る生徒が増えている。
全員が腕を組み、うんうん唸る。何か良い案が無いかを思案して。
「無理矢理学園に引っ張って連れてこれば良いんじゃないの?」
「うん。ダメ」
僕らのパーティの魔術師殿は、どうやら脳筋のようだ。
リンも苦い顔をしている。「流石にそれはどうよ」と思っているのだろう。
「あの、一つ提案があります」
発言の主はおずおずと手を挙げ、への字眉毛で困ったような顔をしているように見える少女。ローズさんだ。
皆の注目を浴びて、ちょっと俯いてしまっている。
「皆で宿まで行って『一緒に学園に行こう』と呼びかけるのはどうでしょうか?」
なるほど、絶対ダメな奴だ。
しかし僕の気持ちとは裏腹に、ここに集った学生のテンションは上がっていく。
「そ、それなら皆で応援の手紙を書いて、その時に渡すのもどうかな?」
ピーター君の提案に「おお!」と言う歓声が上がった。
皆のテンションが更に上がっていく「良いね! やろうよ」と言う声が次々と上がっていく。
皆と僕の温度差が激しい。
彼らはアリアの事を思ってくれてるし、善意でやろうとしてくれている。だからこそ言いづらい。
それ絶対にやったらダメなヤツだ、と。
多分彼らが思い浮かんでるヴィジョンはこうだろう。
―――
「「「アリアちゃん、学園で待ってるよー!」」」
「皆、わざわざ来てくれたの?」
「「「これ、皆からの応援の手紙だよ」」」
「嬉しい! 明日から学園行くね!」
―――
だけど、現実はこうなると思う。
―――
「「「アリアちゃん、学園で待ってるよー!」」」
「えっ?」
「「「これ、皆からの応援の手紙だよ」」」
「えっ?」
―――
困惑するアリア、下手したら何も言わずに一人で街から出ていく可能性も有る。
皆の期待に添えられない自分を責めてる彼女に対し、決定打になりかねない。
「それはどちらも、辞めた方が良いと思います」
僕の一言で、一気に静まり返った。
皆「え?」と言う顔をしている。それもそうだ、予想している未来が違うのだから。
そして困惑は次第に怒りに変わっていく。僕がやっていることは向こうから見れば彼女を立ち直らせるための妨害でしかないのだから。
「お前、それどういうつもりだよ? 同じパーティの仲間なんだろ?」
僕に突っかかって来るメガネをかけた青年。彼の顔に見覚えがある。
キラーファングを想定した戦闘訓練に参加して以来、いつも陰からアリアを見守っている青年だ。
せっかく彼女の力になれるチャンスに興奮していた所を水を差されたのだから、怒るのも無理ないか。
だけど、ここで僕が引くわけにはいかない。
サラ達も、なぜ僕がその考えを否定するのかわからないのだろう。
彼を止めようとせず、成り行きを見守っている。
「ちょっと待った! 俺はエルク君の意見を聞くべきだと思う」
僕の元へ歩いてくる彼の前に、スクール君が立ちふさがった。
彼は僕に頷き、そしてメガネの青年に言った。
「エルク君は5年間も引き籠ったんだぞ! 引き籠りについては彼の方が詳しい」
スクール君の言葉を聞いて「確かに」と言いながら皆頷いている。このまま帰って引き籠りたい気分になった。
純粋な善意で言ってるから余計にツライ。まいいや、今はアリアが優先だし。
「そうですね。例えばですが、似たような方法を以前にも他の人にやって、その人はその後にすぐ退学しちゃったという話、無いですか?」
「あっ……」
何人かの生徒が心当たりがあったようだ。やっぱりね。
それは僕が引き籠った時にやられて、辛かった出来事のベスト3に入るから。
正直、考え方にズレが生じてるんだと思う。
皆は「外にさえ出てこれば何とかなる」みたいになっちゃってるんだけど、そもそもそれが間違いなんだ。
外に出せばいいんじゃなく、外に出ても大丈夫にしないと意味が無い。
じゃなきゃ上手く外に出せたとしても、そんなのは長く持たないだろう。
そして、それが難しいんだよな。
「参考までに、エルク君はどうやって外に出る事にしたんだい?」
「養うのは限界だから、冒険者になって来なさいと言われて、家を追い出されたからだけど」
一気に空気が重くなった。
スクール君が「あ、ごめん。マジゴメン」と目を合わせずに何度も謝って来る。
誤解を解いて空気を変えるのに、30分以上かかった。
「家を追い出されたけど、結局その日の内に家に帰った」と話すのは、少し恥ずかしかった。
☆ ☆ ☆
「そうだ、良いアイデアが浮かんだぞ!」
スクール君の良いアイデアか、悪い予感しかしない。
もし変な事を言うようなら、サラに頼んでフロストダイバーで氷漬けにしてもらおう。
「エルク君がアリアちゃんを、デートに誘えば良いんだよ」
言い終わると同時に、サラがフロストダイバーで、まずは彼を腰まで氷漬けにしていた。ナイス。
「待った待った。サラちゃん、俺は冗談じゃなくて本気なんだって!」
「サ~ラ~ちゃ~ん~?」
サラは顔中の血管を浮かび上がらせて睨みつけている。こわっ……
追加のフロストダイバーで、スクール君は首まで氷漬けにされた。
「サラさんすんません。自分本気なんで、冗談じゃないんで話だけでも聞いて頂いてよろしいでしょうか?」
スクール君、完全に口調が変わってるんだけど。
流石にこの状況で、ふざけれないと悟ったか。
「発言を許すわ」
「えっとですね、アリアさんなんですけど、エルクさんの事好きなんだと思うんですよ。あっ、好きと言ってもLOVEかLIKEかは分からないです、ただ一定以上の好感は持ってると思うんで。ここでエルク君がアリアさんをデートに誘って『外は怖くないよ、俺がついてるぜ』とやれば一気に解決すると思うわけなんですよ。はい」
必死に言葉を選びながら、物凄い早口で説明している。
「ふぅん」
「い、いかがでしょうか?」
サラのチンピラ顔負けのメンチ切りに、スクール君は完全にヘビに睨まれたカエルになっている。
周りはそんな彼女に威圧され、何も言えなくなっていた。
イメージ崩れただろうな。大人し目の天才少女って感じだったのが、チンピラみたいな顔してるし。
「エルク。アリアをデートに誘うのよ。わかった?」
「えっ? いきなりは無理じゃない?」
その瞬間、僕は膝まで凍らされていた。
サラのフロストダイバーだ。
「返事は『はい』か『わかりました』だけよ」
それは選択肢が無いと思うんだけど。
「はい。わかりました」
何を言っても無駄だろう。
アリアが「NO」と言えば、これでこの作戦は終わるんだし、ここは素直に従っておくか。
上手くいくとは思わないけど、一応準備だけはしておこうか。
「それでは他の人達は、アリアに批難したりする人が居ないか探して、もし居たら辞めさせるように言って貰えますか? 最近はシオン派とアリア派で対立があるって聞くので」
一番言いそうなのがシオン派の人達だけど、そこはシオンさんが出張ればある程度は解決しそうだ。
☆ ☆ ☆
宿に戻ってきた。
さて、どうやってアリアを誘い出そう?
『美味しい物食べさせてあげるから、おいでよ』しか思い浮かばない、流石にそれでは厳しいかな?
まずは、学園に行くかだけでも聞いてみよう。
「アリア、明日は学園に行きますか?」
「やだ」
やだか、そりゃあそうだよな。
時間が開くと余計に行きづらくなるし。
「それじゃあ、一緒に学園サボってデートに行きませんか? 美味しいものでも食べて、服とか買いに行きません?」
よくよく考えたらデートって恋人同士が使う言葉だよね?
デートって言い方しない方が良かったんじゃない?
これで断られたら、アリアに振られたみたいでみじめじゃん。
「うん、いいよ」
「えっ?」
「明日、エルクとデートする」
僕は引き籠り少女を外に出すことに成功したようだ。




