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剣も魔術も使えぬ勇者-無能な僕がやがて英雄に至る物語-  作者: 138ネコ
第3章「魔法大会予選 ‐エルクの秘められた力‐」

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第5話「予選の方針」

「最初の週の中央予選で良いでしょ?」


「リンは参加しないので、どれでも良いです」


「中央予選で良いと思う」


 うん、予想通りと言えば予想通りの反応。

 激戦区になる理由の一つが「よくわからないから、とりあえず最初の中央予選で良いや」って感じでエントリーする人が多いからだ。 

 最初の週の中央予選は一番人が少ない予選と比べて、毎年3倍近い参加者になってるみたいだし。


 でもここで「強い人が多いから別の予選にしましょう」なんて言えば不信感を持たれかねない。

 彼女達からしたら侮辱されたと思われてしまうかもしれないし。

 だから慎重に、そしてさりげなく誘導しよう。


「僕は最初の週の予選に出るのは反対かな」


 彼女達が「なんで?」と言う目で僕を見ている。


「ヴェル魔法大会は初めての参加だから、まずはどんな感じか見ておいた方が良いと思うんだ」


「別に見ても見なくても一緒じゃない?」


「一緒じゃありませんよ。試合会場の下見とルールは確認しましたが、実際にやるとなると、どんな雰囲気になるかわかりません」


「雰囲気?」


 サラが頭に「?」を浮かべ小首をかしげる。


「うん。大会当日はお客さんが一杯いる。そんな大勢の前で戦うとなれば当然緊張するはずだし」


「う、う~ん? リンとアリアはどう思う?」

 

「私は大勢の前に立ったことがないから、わからない」


「確かに沢山の人に見られる時は、ビックリするです」


 意外にリンは大勢の前に立ったことがあるようだ。

 見られてたと言う事は、何かの発表会だろうか?

 発表……あっ……


「それってもしかして」


「リンが奴隷の競りに出された時です」


 軽く重い事言いだした!?

 そして僕は黙った。何と声をかければ良いかわからない。

 サラもアリアも何とも言えない表情をしている。

 リンはそんな僕たちをキョロキョロと見て、苦い顔になった。


 多分リンにとっては軽く話せるくらい、もう気にならない過去の話だったんだろう。

 もしくは僕らに対してそんな過去も軽く話せるほど、信頼を感じていたのかもしれない。

 それが、僕たちにとっては更に重く感じる。 


 リンの助けを求める視線に、サラが「えっ……あっ……」と何かを言おうとして。やはり何も言えない。

 おろおろし始めたリンの目に涙が溜まり出した。どうすればわからなくなって泣いちゃうパターンだこれ。

 その後に、何故かサラが僕に怒鳴ってくるまでがワンセットだ。実際に僕が言いだしたのが原因だから相手を間違えてるわけじゃないんだけど。


 ならアリアは……ダメだ。無言でじーっと僕を見てるだけだ、「リンが泣いたら私も泣く」と言わんばかりに、もうすでに目が赤くなってきている。

 何かないか? 何か……そうだ!

 こんな時こそ、先日買った『アレ』の出番だ。


「リン、僕もリンとお揃いにゃ」


 そう、先日リンの服を買いに行くついでに購入した猫耳と尻尾だ!

 僕は猫耳と尻尾を装着し、ハートのエプロンもついでに装着だ。

 彼女達はドン引きしてるだろうけど。もうどうにでもな~れ。


「リン大好きにゃ」


 そしてリンに飛びかかり抱き着く、そして頬ずり。

 猫耳に付いた鈴を「チリンチリン」と鳴らしながら、何度も「大好きにゃ」と言って力いっぱい抱きしめてみる。

 何をしているのかって? 僕にもそれはわからない!

 リンを泣かしてはいけない。その衝動が僕を突き動かしているんだ!

 とりあえず雰囲気をぶち壊してしまえばなんとかなるだろう。その後の事はその時考えればいい。


 ……あれ?

 いつものリンなら舌打ちしてくると思ったんだけど、舌打ちされないぞ?

 やばい、流石にやり過ぎたか?

 恐る恐るリンの顔を見ると、リンの顔が真っ赤になっていた。

 湯気でも噴き出しそうなくらいに顔を赤くして、僕のなすがままになっていた。

 そこで僕は正気に戻った。


「えっと……」


 完全に固まっているリンを抱きしめながら、二人を見てみる

 アリアは普段の無表情が崩れ、眉間にしわを寄せて頭に「?」を浮かべている。

 そしてサラの顔がヤバイ。顔中の血管が浮かび上がって完全にキレてる。

 あぁ、死んだな僕。

  

 いいや、まだ手はある。

 恐怖をコントロールするんだ。もう一度理性を飛ばせ!


「サラはリンとお揃いにしないのかにゃ?」


 そう言って猫耳と尻尾を、サラの前に投げてよこす。

 近づいて渡そうものなら、命の保証はないだろう。


「アリアの分もあるにゃ」


 「なんで!?」という顔をされた。

 それはサラに言ってほしい、3人分買ったのは彼女だから。

 どうしようもなくカオスな状況だ。後は乗らざる得ない状況に持ち込むだけだ。


「二人はリンが好きじゃないにゃ?」


 情に訴える。まるで「ここで猫耳付けないとリンが好きじゃない」みたいな空気を出して。

 そして僕の言葉に反応して、リンが二人と足元にある猫耳を交互に見つめる。

 多分状況がわからずに見回しただけなのだろうが、彼女達にとってはその視線が愛情を試されているように感じたのだろう。


「アリアもリンが大好きにゃ」


 戦士の直観と反応速度によるものなのだろう。

 リンの視線を受け、即座に猫耳と尻尾を拾い上げ装着し、無表情のまま抱き着いてきた。

 僕とは反対側のリンの頬に頬ずりしながら。


「リンも、大好きにゃ」


 気づけば語尾の「にゃ」が伝染していた。

 普段と違い顔を赤らめ素直になっている。


「サ、サラもリンが大・大・大好きにゃ!」


 チリンチリンと鈴を鳴らし、笑顔で僕を殴り飛ばし、リンに抱き着くサラ。


「ゴフッ!」


 普段の彼女と比べて明らかに力が強くなっている。補助魔法か何かで身体能力を強化して殴ったのだろうか。

 僕はそのまま錐揉み状態で吹き飛び、落下した。

 

「本当はリンに、一杯一杯こうしたかったにゃ」


 ドサクサに紛れて本音をぶちまけていくサラ。

 リンの体を撫でまわし、頭を撫でながら頬ずりをしたり、首筋や胸に顔をうずめたりしてクンカクンカと匂いを嗅いだりしている。

  

「あぁん、もうリン可愛い、チュッチュ」


「サラやめるです。わかったからもうやめるです」


 腕の中でもがくリンの頬に、これでもかと言わんばかりにキスし始めた。

 だめだ。サラが完全に暴走している。もはや理性は完全に吹き飛んだようだ。


 そのおかげで僕とアリアは正気に戻れたけど。

 暴走しているサラに恐怖を感じたのか、リンが助けを求めて僕に手を伸ばすが、目をそらすしかなかった。リンと同じように、僕も今のサラに恐怖を感じているからね。

 先ほどからずっとリンが本気でもがいてるのに、一向にサラの腕からは全然逃れられない。


「多分、サラは無意識で補助魔法を自分にかけ続けてる。すごい」


「確かに凄いけど……」


 今の彼女は魔術師ではなく、狂戦士バーサーカーだ。

 とても僕の手には負えそうにない、ならやる事はただ一つ。


「僕も入れるにゃ」


 彼女の狂化バーサクが解けた時が、僕の最期だろう。

 ならば僕も理性を吹き飛ばし、今を楽しもうじゃないか!


 両手を高く上げ、行進でもするようなわざとらしい足取りで近づく。

 アリアが僕の肩をトントンしてる。はっはっは、無粋な真似はやめよう。アリアも理性なんて取っ払うべきだ。

 さぁ一緒にやるにゃ!


「エルク、ドア」


 ゴキゲンな笑顔で振り返ると、アリアがドアを指差している。

 ドアがどうしたんだ? あっ……


「一応ノックはしたんだが、取り込み中だったようだ。すまない」


 そこには物凄く申し訳なさそうな顔をした、シオンさん達が居た。


「……いえ、気にしてませんので。あの、サラの暴走止めるの手伝ってもらって宜しいですか?」


 この後、冷静になったサラとリンに涙が出るほど殴られた。

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