第22話「父親」
今回の騒動を話す前に、もう一人話しておかないといけない人物がいる。
その人物の名は、ティラ=ブレイズ=レイア。サラの父親である。
彼はレイア家の3男として、この世に生を受けた。
幼少の頃に母は他界したが、優しい兄2人に愛され、幸せに育った。
だが、その優しい兄達は、レイア家を継ぐ事も無く家を出た。
2人の兄はとても優秀で、生真面目で、優しかった。それ故に父が許せなかったのだ。
レイア家は代々領主だけでなく、奴隷市場を牛耳っている家系だ。
ティラさんの父が当主だったころは、取り引き相手は平民から上級貴族まで幅広く、またたとえ奴隷であっても、手を差し伸べる程の聖人君主として、民衆からも貴族からも信頼されている人物だったそうだ。
その証拠に、上級貴族のみが許される火・水・土・風の4大元素を名前に入れられており、その4大元素でもファイヤよりフレイムと威力が上がるほど位が高いのだが、彼はブレイズという火の最高の位を名乗ることを許されるほどだった。
しかし、ティラさんとその兄たちは知ってしまった。可哀そうな奴隷に手を差し伸べているのではなく、可哀そうな奴隷を作って手を差し伸べるパフォーマンスをしていたのだと。
2人の兄と違い、家を出ることがなかったティラはこう考えた。
「父親の最期に、積み上げたものを目の前で全部潰してやろう。富も名声も名誉も全て」
しかし、それは永遠に叶う事は無かった。
老化し弱ると同時に、ポックリ逝ってしまったのだ。復讐をされる前に。
あまりのあっけなさに、少々荒れることはあったものの、どちらかと言うと喪失感の方が多かった。
父の葬式に、兄達は当然のように来なかった。当たり前だ。死んだからといって全てが許されるわけではない。
ティラ自身も葬式に出る気はなかったが、「ご家族の方が誰も出席がされない場合、私の首が飛ばされてしまいます」と神父に泣きつかれ、仕方なく出た次第だった。
彼が父の遺品整理をするのに、そう時間はかからなかった。あまり物を持たない性格だったのか、父の周りには仕事道具以外は必要最低限の物ばかりだったからだ。
家を継ぐ気もなく、このまま家ごと売り払い、自分も兄達と同じように自由に生きようか考えている時だった。
「話があります。ついてきてください」
父に助けられたという元奴隷。古い獣人の使用人に呼び出され、訝しみながらも付いて行く。たどり着いた先は父の書斎だった。
普段、父は書斎に籠もると中から鍵を閉めるため、入る機会はそうなかった。
「こちらへ」
書斎にある父の机。使用人は椅子をどかすと、床を外し始める。
床の下には隠し扉があり、開けるとそこには下る階段があった。
「ここは?」
「見ての通り、地下室への隠し通路でございます。お父上の本心がこちらにあります」
促されるように、使用人の後を付いて行くティラ。
考えてみれば、彼は厳しかった父とあまり話した記憶がない。死ぬ間際までほぼ会話がなかったのだ。
記憶の中の父は、厳格な性格でいつも怒ってばかりだ。
だから、彼は父の本心が気になった。あれだけ家に執着してたはずの父なのに、その多大な財を使わずに逝ってしまったのだから。
そこは、地下室の割には埃っぽさを感じない部屋だ。普段から掃除が行き届いているおかげだろう。
使用人が中に入り、ランプに明かりを灯すと、辺りには棚や本棚が並べられている。
好奇心のままに、棚を開けるティラだが、彼の目に飛び込んできたのはガラクタばかりだった。
子供用の服や、よくわからない石、ヘタクソな絵や汚い字で書いた手紙など、とても価値があるようなものには見えない。
だが、それらの物を何故かティラは気になった。
「こちらをどうぞ」
使用人が本棚から一冊の本を取り出し、ティラに手渡す。
『〇月×日。この日はティラが川辺で奇麗な石を見つけたと、私に持ってきてくれた。本当は嬉しくて抱きしめてあげたいくらいだが、この呪われた家をこの子に継がせるわけにはいかない。叱咤し捨てるように言っておいた。背中ごしにティラの泣き声が聞こえる。こんなダメな父親ですまない。愛しているよ』
『〇月△日。長男が家を出て行ってしまった。これで良い。悪いのは私だ。私を恨んでくれ。そして、出来れば幸せになってくれ。愛しているよ』
見慣れた文字でティラは理解した。本棚にある本は、全て父の日記だと。
彼はそれから時間があるたびに、この地下室に訪れ父の日記を読み返していった。
どれも文章の最後に「愛しているよ」と書かれている。まるで口に出来ない代わりに、日記に思いをぶちまけるように。
日記には、レイア家の成り立ちも記されていた。
代々奴隷商で成り上がり、父より前の代の当主は、聖人君主のような立ち振る舞いをする事で信頼を得てきた。レイア家の負の部分である。
ティラはここで思い知った。父は本心で奴隷にも手を差し伸べていた。
しかしレイア家を知る者には、それが代々行われてきたパフォーマンスに思われ、そしてそれを知らされた自分たちは、疑いもせず父に嫌悪を覚えてしまった事を。
父は自分の代で家を終わらせ、息子達には不自由なく幸せに生きられるよう、最後の最後まで必死に働きかけ、その末に亡くなった。
その事を、父が亡くなってから知ったのだ。
兄たちにこの事を手紙で伝えるが、色よい返事は来ない事にティラは絶望した。
自分たちが、どれだけ父に愛されていたのか知ってしまったから……。
せめて父の不名誉だけでも取り除きたい。そう決心した。
それが彼の過ちだった。
結婚し、子供が生まれた。その少女はサラと名付けられた。
成長するに従い、幼いながらも美しくなっていくサラ。それを卑下た笑みで見つめるエッダはこう言ったのだ。
「息子が居ないのだから後継ぎが居ないだろう? あの子は私の許嫁にしてやろう。そうすれば我ら両家は安泰だ」
エッダの家も、貴族としてそれなりに大きい。故に断れば、それ相当の報復が待っているだろう。
彼はそこでようやく気付いたのだ。あぁ、私は父の思いを無駄にしてしまった。と……。
”せめて、娘のサラには自由に生きて欲しい。この命に代えてでも”
7章はちょっと長いので、まだ続きます。




